我輩は猫である(短編)
哲学徒
我輩は猫である
雨の日は退屈だ。雨粒がガラスに当たって落ちていくのをぼうっと眺める他はない。毛並みも身体に張り付いたようで鬱陶しい。顔を前足で軽く洗う。
ガラス越しに見える道に、「しもべ」より小さい人間が走って行った。しもべはよくこんな中を歩けるものだ。なんとなく肉球を舐めてみる。
一定の間隔で硬い音が聞こえる。きっとしもべだ。我輩のおやつを買ってくると言っていたしもべが、帰ってきたのだ。どらどら、久しぶりにお出迎えしてやるか。
にゃーん!と甲高い声を上げてしもべを迎えた、はずだった。ドアが開けられた瞬間、なにかが違うと気づいた。全身の筋肉を緊張させ、喉奥から唸り声を上げる。
「ただいま」
しもべに似た人間は、こともなげに上がってきた。
「ほらトム、おやつだよ」
その人間は、我輩の大好物であるちゅー●を差し出した。しかし、物に釣られる我輩ではない。一瞥したあと、窓際のクッションの元へ戻った。
クッションに戻ったあとも、その人間は我輩のことが気にかかるようだった。
「トム」とか「食べないの?」と何度も話しかけられたが、無視を貫き通した。なにしろ、その人間はしもべではないのだから。
落ち着かない。毛並みがゾワゾワする。何度も毛繕いする。
整理しよう。あの人間はしもべそっくりだ。だが、しもべではない。臭いもしもべだし、話すトーンもしもべだし、我輩の名前も好物も知っているがしもべではない。気配が違うのだ。
人間は我輩をじっと見つめる。
「トム、食べないのか」
人間は開封済みのちゅー●を見る。
「じゃあ、食べちゃうよ」
人間はちゅー●を吸う。
我輩が知る限り、しもべは絶対にそういうことをしない。毛並みがゾワゾワするどころか、全身の毛が立ち、震えまで出てきた。
「これでも地球の大学で学んだんだけどねえ」
人間はポリポリ頭を掻く。
「僕の身体は、君のご主人様と全く同じ肉体を再現したものだし、性格も結構長く観察して再現したんだけどなあ。やっぱり第六感とかかな?」
何度も威嚇するが、人間の手は容赦なく我輩を持ち上げる。
「不思議な生き物だ。人間の研究じゃなく、君みたいな動物を研究してみたいな」
何度も何度も噛み付いて引っ掻くが、全く効かない。
「ははは、いくら傷つけてもいいよ。卒業研究が終わったら捨てる身体だし」
人間はニコニコ笑いながら、我輩をケージに詰め込んだ。我輩はそのまま白い光に包まれた。
我輩は猫である。名前は忘れた。どこで生まれ育ったか見当もつかぬ。ただ、ご主人は我輩を非常に可愛がってくれていることはよく分かる。最近、ご主人が我輩のお嫁さんを連れてくると言い出した。我輩はとても嬉しくて、にゃーんと甲高い声で鳴きながらご主人の脚にまとわりつくのであった。
我輩は猫である(短編) 哲学徒 @tetsugakuto
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