第58話目の前の惨事(ウイリアム視点)

(ウイリアム視点)

 領主のオルガノ殿が、今日の報告を聞きに、この建物にやって来た。また昨日までの、酒場などの摘発の事も、報告もかねている。

 摘発したお店のほとんどが、やはり闇ギルドと関わりを持っていた。店主が闇ギルドから金を貰っていたり、店主本人が、闇ギルドのメンバーだったり、なかなかの収穫があったらしい。

 その中でも、ある1つの酒場が、問題だった。闇ギルドと関わりがあったのは、確実なのだが、店を調べたところ、それだけでは済まなかったようだ。どうも奴隷売買にも関係があったらしい。

 冒険者ギルドや、商業ギルドで違反行為をし、その罰としての奴隷。略奪や殺しなど、国が決めた法律を、犯した場合に罰せられる、犯罪奴隷などは問題ない。


 しかしそれ以外に、人を拐い売りつける、闇奴隷が存在する。奴隷の首輪をつけられてしまうと、簡単には逃げる事が出来なくなってしまう。

 奴隷の首輪には魔力が通してあり、逃げようとすると、その首輪が締り、首が締まってしまい、最悪命を落としてしまう。

 解除するには、魔力を流した人物が外すか、魔力に反応しない、専用の器具を使うしかない。

 今回摘発に入った時、店の地下には、5人の子供が捕まっていた。5歳から8歳までの子供だった。全員まだ首輪を付けられる前だったため、すぐに家へ帰す事が出来た。

 予定外の摘発だったが、家族の元に帰す事ができて、本当に良かった。家族は泣いて喜んでいたらしい。気持ちは分かる。私達もユーキが帰って来て、あれ程嬉しかったんだ。


 お互いの報告が終わり、オルガノ殿が帰るさい、ユーキには会いたいと言ってきた。自分の子供の小さい頃を思い出し、ユーキが見つかったと聞いた時、とても喜んでくれたようだ。もともと子供も好きらしい。純粋な子供を見ていると、いつものギスギスとした、大人相手の時間を忘れられる、と言っていた。領主には領主の苦労がある。


 会わせるため、ユーキが待っている部屋へ向かう。

 部屋に近づくと、きゃっきゃっ、と言う、ユーキの笑い声が聞こえてきた。ずいぶん楽しそうにしている。ちゃんと待っているみたいで良かった。

  部屋の前に着き、ドアを開ける。ユーキに声を掛けようとして、部屋とユーキを見た瞬間、そこには思わぬ光景が広がっていた。私はオルガノ殿が居るのも忘れ、思わず大声をあげていた。

「ユーキー!何をやっているんだあああ!!!」

 小さな手の跡と、小さな足跡、さらに小さいテンテンが、カラフルな色で床に付けられていた。そしてマシロは、毛が白ではなく、やはり床と同じくカラフルに。エシェットの服も同様だ。

1番びっくりしたのは、ユーキの達の顔だ。どこかのサーカスの出演者か?元の色が分からないくらいの、絵描き道具による化粧だった。

「何だその顔は!それにこの部屋をよく見てみろ!」

 ユーキはよく分かっていないようで、部屋の中をキョロキョロした。そして、やっと気付いたようだ。

「おお~…。」

 まったく、この部屋の状況に気付かずに、夢中になって遊んでいたらしい。しかしやり過ぎだ。私はユーキには近づくと、ゲンコツでユーキの頭を叩いた。

「ふええ…。」

 ユーキが頭を押さえて、しゃがみ込んだ。目には涙を溜めている。そんな私達を見ていたオルガノ殿が、大きな声で笑い出した。

「わはははは!!こればかりは、怒られてもしょうがないな。しかし、良くこれだけ、部屋の中と自分を、カラフルに変えたものだ。わはははは!」

「オルガノ殿申し訳ない。せっかくこの建物を貸して頂いたのに。ユーキ、この方は、この街を守って居られる、そう、この街で1番偉いお人だ。ユーキの為に、力を貸して頂いたし、この建物も貸して頂いた。それをお前は。ちゃんと謝りなさい!」

 ユーキが立ち上がり、トボトボ歩いてきて私の隣に立った。そして。

「おへやよごちて、ごめんしゃい…。」

 そう言って頭を下げた。オルガノ殿が近付き、ユーキの頭を撫でる。

「ちゃんと謝れるのは良い事だ。だが、今回ばかりはやり過ぎだな。今度からはもう少し、大人しくお絵描きしないといけない。良いね。」

「…はいでしゅ。ごめんしゃいでしゅ。」


 さて、この部屋を綺麗に掃除して、マシロの毛を元の、まっ白に戻さなくては。エシェットの洋服はどうしたものか。はあ、いろいろやる事が増えてしまった。

 それにユーキとシルフィーの顔だ。良くここまで自分の顔に、描く事が出来たな。

 この塗料は、水で簡単に落とせる物だったか?しかも顔に気を取られて、気付かなかったが、洋服も大変な事になっていた。

私がさらにため息をつくと、オルガノ殿が、

「小さい子供とは、こんなものだ。私の子供も小さい頃、妻の化粧を悪戯して、自分の顔と、部屋中に化粧させて、怒られていた。皆が通る道なんだ。上の兄達で覚えがないか?」

 そう言えば…。オルガノ殿に言われて、思い出してきた。確かアンソニーは、私のペンを持ち出して、大事な書類全部に、悪戯書きをした。ジョシュアもやっぱり図書館室の本に、筆で悪戯して、大事な本を何冊も、使い物にならなくした。

 子供というのは、こうやって大きくなっていくものか…。自分の興味のある事に、真剣になってしまうのは、仕方のないことか。あの時2人は、怒られて大泣きしてたな。懐かしい…。思わずあの頃を思い出し、顔が綻ぶ。

「ふふ、ははは、あはははは!何だその顔!どうしたら、そんなになるんだ!」

「いやあー、可笑しい、我慢してたが、ダメだこれは、わはははは!」

 後ろに立っていた、リアムとマシューが、大笑いし始めた。その笑いに、部屋の中にいた、ユーキ達を除いた全員が笑い出した。

 ユーキは、きょとんとした顔をして、私達を眺めていた。…あの色々な色で塗り潰された、面白い顔で。

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