第72話 トレーダー1
「マスター、わたしは食事は必要ありませんから、食事へどうぞー」
「いや、この時間高校生が街を出歩いていると面倒ごとが起こるかもしれないし、アイテムボックスに何か食べ物はあるだろうからここで食べておく」
「だいぶ私も慣れてきましたから、午後からは、信用取引でレバレッジを効かせていきますー。リスクは上がりますがその分収益性は上がりますー。
「ますますわからんが好きにしてくれ」
「了解しましたー」
証券取引所が昼休みの間、俺はアイテムボックスに入っていたサンドで昼食を済ませた。ドライは食事はできないので、なにやら横で目をつむって座っている。時間を無駄にするようなドライではないので、おそらく午前中の取引について何かの分析的なものを行っているんだろう。
食後、それほど間を置かずノートパソコンの画面に映し出された数字が変わり始めた。午後の取引、
早い段階で、保有株の合計評価額が保有金額を超えて行った。しかも、銘柄によっては、株数がマイナスで表示されているものもちらほら出はじめている。
「マスター、後場から信用取引での売買を始めています。保有金額の約3倍まで売り買いできますー」
俺は見てるだけだしー。ドライの言っていること、わけわかんないしー。
それでも、損益を表す表示だけはコンスタントに赤い色の表示で増えているから、着実に利益が上がっているようだ。
後場が始まって30分ほどで、
「ドライ、利益がもう1000万を超えてるぞ!」
「はい。午後から全般的にボラティリティーが上昇していますー。うまく泳ぎ切ることができば収益のチャンスですー」
「もう、ドライはいっぱしの株屋だな」
「マスター、わたしのことはトレーダーって言ってください。でもマスターもそう思いますかー? ひょ、ひょ、ひょ」
「だって、元手の2000万がいまじゃ1.5倍なんだろ? かなりすごくないか?」
「いやー、マスターに褒められ慣れていないもので、照れますー」
そう言っている間も、ドライは発注を続けているらしく利益の増加が止まらない。
「マスター、いま使っている証券会社の回線スピードですとこれが限界なんですー。でも、プログラム売買といって、相場を見ながら自動で発注している市場参加者が結構いるみたいで、ちょっとひっかけ注文を出してやるとすぐ飛びついて来て面白いように利益がでますー」
ドライの言うように、利益の増加スピードが午前中に比べかなり速くなってきている。
「3時で株の取り引きが一応終わりますから、そこで全部の株を
「FX?」
「為替の取引ですー。これだとレバレッジが20倍はいけますから、相場さえ動けばかなり稼げそうですー」
「任せたから、存分にやってくれ」
「任されましたー。ひょ、ひょ、ひょ」
それから、しばらくして、株の取引が終了した。この時点で、すべての株が現金化されたようで、資産は現金のみ。その額は4950万ほどだった。
そのあと、FXのトレードを始めたようで、円がどうとか、ユーロがどうとかドライが解説を始めたが一向に理解できないでいた。俺はただ単純に損益の変化を追っていくしかやることは無いのだが、赤い数字が増えていくのが魔法を見ているようで不思議な気分になって来た。
そのうち、俺の代わりに高校に行っていたコピーが帰って来たので、今日1日の高校での出来事の情報を送ってもらい、俺は家に歩いて帰ることにした。気がかりだったのは、また秋山が村田にちょっかいを出していたらしいということだ。明日学校に行って確認するとしよう。
「俺はそろそろ帰るが、ドライ、お前は夜の間もずうっとトレード続けるんだろ?」
「もちろんですー。マスター、今夜10時にアメリカで経済関連の発表が有りますから、そこで結構為替相場が動くと思いますー。明日を期待しておいてください」
「ああ、期待しておく。それじゃあな」
「はい。マスター、あと、私にも何とか戸籍が作れませんかー。現状の取引はマスターのお父さまの名義の口座で行っていますが、問題が有るようなんですー。ですので、トレードは明日の朝まで行ってそこで全部手仕舞って現金化してしまいますー」
「戸籍か。さて、どうするか。なんとなくそういったもののブラックマーケットが有りそうだよな。分かった。何とかしてみよう」
俺は、そう言ってドライの部屋を出た。
「社長さんいる?」
『なんだ、お前さんか。どうした?』
「どっかに戸籍を売ってないかな?」
『心当たりはあるが結構高いぞ。2、300万ってところか。何に使うのかは聞かないが、まあ、お前さんなら大丈夫だろう。いま場所を教えてやるからいいか……』
「サンキュー、社長さん。社長さんは何でも知ってるな」
『何でもは知らねえよ、知ってることだけな』
森本のおっちゃんに教えられた場所の近くには転移可能な場所はなかったので、転移で行けるところまで行った。後は電車に乗って最寄りの駅まで行き、そこからは歩きだ。適当なところで、『ステルス』を掛けている。
繁華街の裏道をしばらく歩くと、間口の狭い細長いビルがあった。ここが教えられた場所だ。ビルの中は照明が少ないせいで薄暗い。雰囲気のある場所だ。エレベーターの脇の階段で2階まで昇り、狭い廊下を奥の方に進むと、行き止まりになっていて、そこにちいさな窓口が空いていた。
『ステルス』を解いて、
「誰かいるか?」
「ナンダ? 用ガ有ルナラサッサト言エ」。少しなまりのある声が答えた。
「ここで、戸籍を売ってるって聞いてきたんだけど、売ってくれるか?」
100万の束を3つほど窓口の前に置いたやったら、すぐにその束が目の前から消え、
「ドウイッタ戸籍ダ?」
「歳は20歳、女、係累は無し。できるか?」
「21歳ノ女ノ戸籍ノ出物ガ有ル、ソレデイイカ?」
「ああ」
すっと、窓口から紙袋が差し出された。
「袋ノ中ニ一式入ッテイル。マイナンバーハ通知カードダカラ、手続キハ自分デシナヨ」
俺は窓口から差し出された紙袋を受け取りアイテムボックスに仕舞ってそのビルを後にした。
【用語解説】
信用取引:3割程度の現金があれば買う時はお金を借り、売るときは株を借りて株を売り買いできる制度。
ボラティリティー:値動きの強弱などを指します。狭義ではもう少し面倒な定義もあります。
レバレッジ:てこの倍率。ここでは元本1のリスクに対し、何倍までのリスクを取れるかを表します。とったリスクに比例して利益または損失が大きくなります。
ポジション:売り建て、買い建てした株や為替などの売り買いの方向性と量などを言います。売り建てている場合はショートポジション、買い建てている場合はロングポジション、何もない場合はスクェアと言います。
ポジションを閉じるまたは手仕舞い:売り建てたものなら同額買い戻し、買い建てたものなら全額売却して、現金に変えることをいいます。結果ポジションはスクェアになります。
[あとがき]
親の口座を使っての借名取引ですが、実際は禁止されているようです。
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