第58話 ここが製薬会社か、いいじゃないか
家に帰って美登里の話を聞くと、服部の言った通り、友達と別れて隣町からうちに帰る途中、チンピラに絡まれているところを、知らないおじさんに助けられたという。同じ方向だからと言うことで近くに停まっていたそのおじさんの車で家まで送ってもらったそうだ。
「見ず知らずの人の車にホイホイ乗ったらダメだろう。この家のことを知っている時点でおかしいとは思わなかったのか?」
と諭し気味に言ったのが悪かったようで、
「お兄ちゃん、すごくチンピラが怖かったんだから仕方がないじゃない」
と逆にキレられた。
なんとか、美登里をなだめ、忘れずに2型の蜘蛛を取りつけておいた。これで、ひとまず安心だ。
食事の後、自室で武山薬品の本社の位置を調べたりしてその日は終わった。
翌日の月曜。学校に行く途中、喫茶店を覗くと朝から結構人が入っている。順調のようで何より。
今週は週の半ばからゴールデンウィークが始まるので、休み明けとも相まって学校の方は何だか浮ついたような雰囲気が漂い、授業の合間など仲の良いもの同士ではしゃいでいるようだった。俺は自分には別に関係のない話なので無視し、授業中も窓の外を見ながら武山薬品への対応をじっくり考えて高校での1日を終えた。
そういえば、昼食時に食堂で何かと映画がどうとか中川と村田で盛り上がっていた。俺には全くついていけない内容だったので、適当に相槌を打っていたら、中川からジト目、村田からは諦めたような目で見られてしまった。村田も連休中吉田と映画に行くと言っていたようなので、村田のリア充化が心配だ。女子と付き合うのは勝手だが、村田には正統派オタクとしての
放課後スマホを確認すると、午前中に服部からメールがあったようで、武山薬品の研究所で俺の喫茶店のジュースの分析結果がほぼ出揃ったそうだ。有効成分と思われるものは何も検出されなかったが、実際飲んでみたところ明らかに効果が有るようなので、更にサンプルとしてジュースを購入するそうだ。頑張ってくれ。
武山製薬の板野とかいう副社長にこの連休中にでも挨拶に行こうと思っていたのだが、よく考えたら、向こうが連休中に出社している可能性は限りなく低い。自宅へ押しかけていくことも不可能ではないが面倒だ。
そういう訳で、今日の学校帰り、駅前で中川と村田と別れ、先日港の近くまで電車で行ったときにチェックしていた転移場所のうち武山薬品の本社ビルに一番近い場所まで『転移』で跳んで行った。もちろん『ステルス』からの早着替えで戦闘服に着替えてからの『転移』である。
転移場所からしばらく歩いてたどり着いた武山薬品の本社ビルは、上場製薬会社の本社ビルだけあり立派なものだ。高さでは先日崩壊した上海の高層ビルには及ばないがこちらのビルの方が壊すのには骨が折れそうだ。
いかん。つい、壊すことを前提にものを考えてしまっている。今回は壊しに来たわけじゃないことを忘れるところだった。
ステルス状態のまま、大きな玄関から自動ドアの開いたところを見計らってビルの中に侵入してやった。
中に入ると正面は受付のいる玄関ホールで、すぐ先にはエレベーターホールがあった。ちょうど誰も乗っていないままドアが開いていたエレベーターが有ったので、それに乗って一番上の階に行くことにした。『何とかの高上り』という言葉もあるくらいだから、一番上の階に社長以下の役員室が並んでいるんだろうと目星をつけてのことである。
ピン。ポン。
チャイムが鳴ってドアが開いたので、エレベーターから降りると、最上階は社員用のラウンジになっているようだ。役員室が並んでいるようなフロアではなかった。並んだ丸テーブルに向かって打ち合わせだか話し合いだかをしているグループが何組もある。
役員室はもう1階下かな?
今降りたエレベーターがドアを開いたまま停まっていたので、そのまま乗り込み、1つ下の階に下りてみた。ドアの開いた先の通路には高級そうな
誰もいない通路を進むと、重そうなドアがいくつも並んでいる。○○常務、△△常務、××専務……、部屋の主の名を書いた札がドアの脇に貼られているのでそれを頼りに進んで行くと、奥から3つ目くらいのところに板野副社長という札が貼られた部屋を見つけた。
部屋の中に人の気配がするので、在室中なのだろう。そのままドアを開けて中に入ってみたところ、中にいた板野副社長と思われるおっさんが、いきなりドアが開閉したことに驚いたようだ。
勝手に開閉したドアを確かめようとしてか、おっさんが座っていた椅子から立ち上がってこっちにやって来たので、代わりに俺がおっさんの座っていた椅子に座ってやった。当たり前だが非常に座り心地がいい椅子だ。目の前の机は副社長の机だけあってやけに立派だ。
立派な机の上に両足を投げ出して、俺は『ステルス』を解いた。
「よう、あんたが、板野っていう副社長さんか?」
いきなり自分の椅子に真っ黒い服を着てフルフェイスのメットを被った男が座っており、自分に話しかけてきたのだ。まあ普通なら驚くところだ。
あれ、あんまり驚かないようだな。
「誰だ、きみは?」
さすがに大企業の副社長くらいになると場慣れしているのか落ち着いたもんだ。
「俺はな、おっさんにちょっかいをかけられた喫茶店の経営者だと言えばわかるかな?」
「喫茶店? なんだ? 喫茶店といわれても心当たりなど私にはない」
「しらばっくれる訳か? ほう、良い度胸をしてんな」
机の上に放り投げていた右足を上に上げて机に向かって叩きつけてやった。
バシャーン。机が真ん中で割れて、机の上にあったモニターやそのほかの小物などが机の破片と一緒に床に転がって行った。
「物は壊さないでくれ」
「おっさん、ずいぶん落ち着いてるが、下手すると、あんたの胴体も、この机みたいになることだってあるんだぜ」
「フン。私はキサマのような暴力しか取り柄の無い人間をよく見ているからな」
「ほう。そいつはずいぶんな言い様だな。何か奥の手でもあるんなら早いうちに出した方が良いぞ」
「それではお言葉に甘えて、そこの床にひっくり返っている電話を使わせてもらおう。
もしもし、板野だ。金田特任係長をすぐに私の部屋に寄こしてくれ。
助けが来るまで少しばかり時間を頂けるかな」
「ああいいぜ。助けが1人みたいだったがそんなのでいいのか? 呼びたかったらもっと呼んでくれていいんだぜ」
「いや、1人だけで十分。なにせ、あの男は異世界で勇者だった男だ」
[あとがき]
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異世界ファンタジー・コメディー『真・巻き込まれ召喚。~』
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