第50話 怖かったよー


 村田がチャラ男たちに立ち向かっていった。ここまでよく頑張った。


 そろそろ、俺の出番だな。膝の痛みで大騒ぎのチャラ男Bと俺が近づくのを何事かと見守るチャラ男A。


「妙な黒い服を着て、俺らに何するんだ?」


 妙な黒い服を着たやつだと? そんなやつどこにいるんだ? まさか俺のことじゃないよな。そろそろこいつらは退場させるか。すぐそこに停めてる連中の車の中に投げ込んでやるとしよう。そしたらどっかに行くだろう。



 襟元を掴んで吊るし上げたチャラ男Aがやたらと手足をばたつかせて耳元でうるさく叫ぶので、腕の1本でも切り取ってしまおうかと思ったが、女子の目の前ではさすがにためらわれるのでやめておいてやった。全く運だけはいい連中だ。


 目の前に停まっている連中の車のフロントガラスを叩き割ってやろうとしたが、両手が塞がっているので前蹴りで蹴りつけてやった。車のガラスは普通のガラスと違い妙に頑丈で、脚の形に孔があいて孔の周りにひびが出来ただけだった。2、3回蹴りつけてようやく孔が広がったので、出来た孔から吊るした二人を車の中に投げ込んでやった。


 窓枠に残ていたガラスも、二人を投げ込んだおかげできれいに外れたようだ。小さく砕けたガラスの破片が車内一杯に飛び散ったが、俺の車じゃないし大したことはないだろう。ついでにアイテムボックスの中に一時退避させていた飲みかけのコーラを取り出して中身を燃料タンクに転送しといてやった。効果があれば面白いのだが。


 しばらくしたらチャラ男Aが動けるようになったようで、後輪をスリップさせてタイヤの焼ける嫌な臭いをさせながら、フロントガラスの無い車がすっ飛んで行った。チャラ男Aが最後に俺を一瞥したようだが何も言わなかった。


 俺にお世話になったんだからお礼ぐらい言って行けよ。残念だが普通に自動車が走ったところを見るとコーラは今のところ影響が出ていないようだ。なかなか難しい。エンジン破壊道は奥が深い。



「怖かったよー」


 自動車が走り出す音で、やっと吉田が口をきけるようになった。その吉田は今も半泣きで中川にしがみ付いている。俺が、チャラ男たちを車の中に投げ入れたところは見ていなかったらしい。もう少し早く俺が対処していた方が良かったか。


「吉田さん。村田くんがあの連中を追い払ってくれたわよ。だからもう安心して」


 ナイス、フォロー。中川に頭を軽く下げておいた。


「村田、ヒーローのお前が吉田を慰めたほうがいいんじゃないか」


 村田を吉田の方へ押し出してやった。本人はよくわかっていないようだが、半泣きの吉田に対して、


「吉田さん。変な連中はもういないから大丈夫だよ」


「村田くん。本当にありがとう。村田くんがいてよかったー。だけど、春菜も全然怖がってなかったし、やっぱりあなたたち少し変だわ。それに、初めのうち霧谷くんなんかは半分笑ってたみたいに見えたし」


「吉田、よく見てたな。俺は村田がいたから安心してたんだ。村田が居ればあんな連中なんともないからな。

 今日はもう、トレーニングって気分じゃなくなったからぶらぶら歩いて駅前まで帰るか」


「吉田さん、そうしましょ。霧谷くんは、あんなふうに言ってるけど、彼は何でもできるのよ。おそらく、さっきの人達なんて目じゃなっかったと思うわ。最初から、村田くんに吉田さんを護らせようとワザとしてたみたいだから」


 吉田がジト目で俺の方を見る。


「吉田、悪かった。だけどちゃんと村田が吉田のことを護ってくれたのはほんとだろ」


「それはね。できれば怖い思いはもうしたくないんだけど」


「了解した。今回のようなことは最初から起こらないよう善処する。引き返す途中でちょうどいい喫茶店でもあったら俺がお詫びにおごってやるよ」


「ヤッター! わたしだけじゃなくて、後の二人の分も奢ってくれるのよね」


「ああ、当然そのつもりだ。だけど、まだ朝の9時だからファーストフードくらいしか開いてないんじゃないか?」


「だったら、駅前のカラオケに行ってみない? 10時にはオープンすると思うからゆっくり歩いて行けばちょうど10時よ」


「吉田さん、私はカラオケはちょっと苦手なの」


「あら、春菜にも苦手なものがあったの?」


「知ってる歌なら歌えるとは思うのだけど、私は歌にはあまり興味がなくて学校で習った歌以外知らないのよ」


「それも、ある意味すごいわね。それでも、みんなが歌ってるのを聞いているだけでも楽しいものよ。村田くんもいいでしょ。言っとくけど、霧谷くんには発言権はないから」


「僕は演歌とアニソンでいいなら歌えるよ」


「演歌? まあいいけど、それじゃあ決まりね。みんなでカラオケよ」


 なし崩し的に吉田の提案のカラオケ行きが決まってしまった。俺も、中川同様ほとんど歌など知らないので、適当に他の連中の歌でも聞きながら場を盛り上げていればいいと軽く考えていたのだが。まさかあんなことになろうとは。


 10時まで1時間はあるので、ゆっくり歩きながら駅前まで戻ることになった。歩いているだけでは退屈だと吉田が言い出し、今度はこのとしでしりとりをすることになってしまった。吉田のように小学生に見えるような女の子が可愛くしり取りをしているのならさまになるのかもしれないが、俺は精神年齢22歳なのだがどうしたものか。例のごとく俺には発言権なるものがないようなので、黙って吉田の指示に従うより無かった。


「しりとり」、「りす」、「すいか」、「かめ」、……


「わに」、「にわか」、「カツサンド」、「ドーナツ」、……


……


「アセロラ」「ラッコ」「コロナ」、「なあ、そろそろこれ止めないか?」


「カーリング」、「グリ〇のおまけ」、「けも〇フレンズ」、


「頭痛がしてきた」、……、



 子供の遊びを続けているうちに振り出しのビルにたどり着いた。ちょうど時刻は10時。エレベーターに乗ってカラオケ屋に到着。店の人に言われた部屋に入り、俺と中川で簡単に飲み物を注文している間にも、村田と吉田が競うように曲を入れている。ちょっと見だけでも10曲は入ってるんじゃないか?


 まず最初に吉田が歌い、次に村田が歌った。二人とも妙にうまい。二人が歌っている間に頼んでいた飲み物がやって来たので、


「ウーロン茶が村田で、吉田はオレンジジュースだったな、ほい、中川、ジンジャーエール」


「霧谷くんありがとう」


 中川だけは返事をしてくれたが、村田と、吉田は選曲で忙しいらしく返事もない。これは放っとくしかないな。


「中川、何か食べるものでも注文するか?」


「そうね、この二人いつまで歌うつもりか知らないけれど、もうお昼だし、そろそろ切り上げてどこか他所よそで食事した方が良いんじゃない」


「だけど、どうもこれでは切り上げられそうにないぞ」


「困ったわね」


 俺と中川がそんな会話をしていると、吉田と村田の方は何だかもめている。先ほどから村田の歌声ばかり聞こえていたような気がしてたが、


「まだ3曲も村田君の歌が入ってるじゃない。何よー。私にも歌わせなさいよー。ズルいわよー」


「カラオケはスピード勝負。吉田さんが何と言ってもこればかりは譲れません」


 村田はカラオケで人が変わるやつだったようだ。目が座っている。さっき、この顔が出来ていたら満点だったのにな。それでもこのキリッとした顔を村田ができるということを知ったことは大きい。村田は鍛えれば普段でもこの顔をすることができるはずだ。


 吉田の目つきが変わった。村田、悪いことは言わないここは自分を押さえた方が身のためだぞ。



「村田君、わたしとあなたとは小学校3年生から6年生までずうっと一緒のクラスだったわよね」


吉田の声が一段と低くなった。しかも、冷たい。村田だけかと思ったら、吉田の方がカラオケで人が変わるようだ。


「村田くん、それって、幼馴染って言ってもいいくらいだわよね」


 さすがに、村田も吉田の変化に気づいたようだ。


「は、はい」


「それなら、言うことが有るでしょ」


「ドウゾ、このコントローラーでワタクシの曲をキャンセルして下さい」


「よろしい」


 これが、最近はやりの『幼馴染ざまあ』なのか? ちがうか。





[あとがき]

『まさかあんなことになろうとは』つい、使ってみたくて入れてみました。

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