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 冬が訪れ、帝国にも冷たい風が吹きすさぶ頃になった。ウォルテールのところに一通の招待状が届いたのは、帝都を薄らと雪が覆った日のことだった。

「兄上からか」

 封筒の差出人を見て小さく呟き、封を切る。この時期の書簡と言えば、おおよそ、年越しに関することだろう。ウォルテールの一族では、年越しの前後に家族一同が集まり、そして新年にささやかな食事会を催すのが習わしとなっていた。


 果たして招待状の中身は彼の予想通りで、今年は帝都にある長兄の邸宅にて食事会が開かれる旨が書かれていた。珍しいな、とウォルテールは眉を上げる。例年ならば、帝都から馬車で一日ほど行ったところにある本家の屋敷――ウォルテールの実家で行われていた食事会である。


「ああ、なるほど」

 同封されていた手紙に目を通して、ウォルテールは小さく頷く。どうやら、義姉上あねうえが懐妊したらしい。それは確かに、この厳しい冬に一日馬車に揺られるのは躊躇われよう。

 帝都で生活しているウォルテールに異論はない。長兄の邸宅は帝都にあるし、旅支度の必要もないのだ。むしろ、これから先は毎年、兄の屋敷で食事会を開いて欲しいくらいである。

 その場でペンを取り、出席の旨を記すと、ウォルテールは使者にそれを持たせた。



 そして冬も深まり、年が明ける三日前、ウォルテールは愛馬を駆って長兄の屋敷へと向かった。長兄――ルージェンは城で官僚をしており、城内で顔を合わせることも多い。ルージェンに会うことはそれほど久しぶりではなかったが、その他の家族、両親や次兄、妹と弟に会うのは、優に二年ぶりになる。ウォルテールは自身が僅かに胸を高鳴らせていることに気づいて、小さく口角を上げた。


「ロウダン!」

 ウォルテールが長兄の屋敷の前に到着するのと、一両の馬車が玄関先に乗り入れるのはほとんど同時だった。ウォルテールが馬から降りるより早く、馬車の中から快活な声が飛ぶ。ひとつ年上の次兄、オーゼルの声だった。


 ウォルテールは馬から下り、手綱を使用人に渡すと、馬車に向かって大股で歩み寄る。

「お久しぶりです、兄上」

「久しぶりだな、ロウダン! 元気だったか?」

「はい。兄上こそ、息災であるようで何よりです」

「ああ!」

 オーゼルは馬車から飛び出してきて、ウォルテールの肩を強く抱いた。ウォルテールが苦笑すると、オーゼルは大胆に破顔する。変わらない様子の次兄に、ウォルテールは思わず相好を崩した。


「さ、行こうぜ! クナエイアのやつは少し遅れると言っていたが、父上も母上ももう到着されているそうだ」

「――オーゼル様、」

 ウォルテールの肩を抱いたまま歩き出そうとするオーゼルの肩に、ほっそりとした手が置かれた。「あ、」とオーゼルが声を漏らし、ウォルテールの肩を解放する。

「ご自分の細君を馬車の中に放置で、ご自分だけ参上するおつもり?」

 ぎりぎり、とオーゼルの肩の辺りで布が寄った。背後に立っていた妻に肩を握りしめられて、オーゼルは「いたた」と顔を歪める。その様子に苦笑いしながら、ウォルテールは簡単に礼をする。


「これはこれは。お久しぶりです、義姉上。少し痩せられましたか?」

 オーゼルの妻、ティーラは勝ち気そうな吊り目を細めて、柔らかく微笑んだ。

「お久しぶりです、ロウダン様。ええ、心痛で参ってしまいそう」

「何が心痛だ、毎日のように人のやることなすこと全てに口を出し……いたたた!」

「――わたくしに口出しさせているのはどこのどなた?」


 オーゼルの肩を握りしめながら、ティーラは静かな表情で凄んだ。この辺りでやめておけば良いのに、オーゼルが口を滑らせて反駁する。

「悪かったって! でもさ、こないだ俺が貰ってきた子犬」

「今まであなたが何頭の犬を勝手に引き取ってきたか教えて差し上げましょうか――九頭よ! これ以上犬が増えたら、今に屋敷が犬に押しつぶされてしまうわ。しかもあれは大型犬なのよ!」


 やんややんやと兄とその妻が言い争っているのを眺めながら、ウォルテールは嘆息した。……どうやら仲良くやっているらしい。

「でも可哀想じゃないか!」

「ですから、わたくしが然るべき引取先を見つけたと言ったでしょう!」

 ウォルテールはオーゼルの屋敷を思い浮かべ、そこに犬が九頭うろついている様子を想像する。……なるほど、犬屋敷である。更に追加で大型犬が十頭目とくれば、ティーラの堪忍袋の緒が切れるのも納得だった。


 オーゼルが元気よく指を鳴らす。

「そうだ! じゃあ、猫なら良いだろう?」

「馬鹿じゃないの!?」

 悲鳴のような声でティーラが叫んだ。



 面倒になったので兄夫婦は玄関先に放置し、ウォルテールは長兄の屋敷の扉を叩いた。よく訓練された使用人によってすぐさま迎え入れられ、家令に先導されて廊下を歩く。

(そういえば、この屋敷に入るのは初めてだな)

 玄関先まで立ち寄って用事を済ませることはあっても、中まで入るのは初めてであることに気づく。ウォルテールは首を巡らせて、屋敷の雰囲気を感じるように周囲を眺め回した。

 特に予想を裏切るようなものは見当たらない。几帳面な長兄らしい、きっちりと整えられた屋敷だった。あまり絵画や花を飾る質ではないらしい。


 案内された部屋に入ると、懐かしい顔ぶれが並んでいる。長兄夫妻、両親、弟。妹のクナエイアは後から来るとオーゼルが言っていた。

「ロウダン!」と真っ先に立ち上がったのは父だった。ウォルテールは頬を緩め、頭を下げる。

「いつ帰ってきたんだ?」

「もうずっと前に帰ってきていましたよ」とウォルテールが苦笑すると、父は「そうか」と頭を掻いた。

「随分と久しぶりな気がするな」

「去年の今頃はジェスタにいましたからね。二年ぶりですよ」


 父から離れ、ウォルテールは懐妊した兄の妻に祝いの言葉を述べる。繊細な質の義姉は、やたらと体格に恵まれたウォルテールに対して、小さな声で礼を返した。

 それから軽い近況報告をしながら席につくと、弟が「兄さん」と声をかけてくる。年の離れた弟、ヘルトは、一番近い兄であるウォルテールにひときわ懐いていた。目を輝かせて見上げてくる弟と視線を合わせるように、ウォルテールは前屈みになる。


「兄さんの話はたくさん聞いています。噂によれば、あっという間にジェスタを征服してしまったんだとか!」

 ヘルトは畏敬の眼差しでウォルテールを見つめていた。どんな噂を聞いているのか分からないが、どうやら自分は弟にとっての英雄らしい。……わざわざ実情を知らせる必要もあるまい。愚鈍な王女の気まぐれのために、一国を制圧したなどと、教える必要はない。


「ロウダンはこのウォルテール家でも一番の出世頭だからな」

 長兄たるルージェンは、肩を揺らして笑った。その言葉を肯定も否定もできず、ウォルテールは狼狽する。

「俺も鼻が高いよ。――何せ、我らがロウダン・ウォルテールは、今や王女様の覚えめでたき大将軍だ」

「いや、そんなことは……」


 ウォルテールは言葉を濁す。ここでまさかエウラリカの話が出るとは思わず、思いのほか動揺している自分がいた。――官僚であるルージェンは、エウラリカのことを知っているのか? 美しいだけで能のない王女の実情のことを、把握しているのだろうか。

「そうだ! 王女様って、どんな方なんですか?」

 ヘルトはぱっと表情を明るくしてウォルテールに問う。今度こそ本当に答えあぐねて、ウォルテールは言葉にならない声を漏らした。


「こら、そんな機密情報、軽々しく言えるわけないだろう」とルージェンは末の弟を軽く叱りつける。弟は目に見えてしゅんと萎んだ。長兄と末の弟とでは、相当な年の差になる。弟はルージェンに対して萎縮しがちな様子らしかった。

「ロウダン、ちょっと良いか」

 ルージェンは妻に一言声をかけてから腰を浮かせた。呼ばれたウォルテールは、怪訝な表情で立ち上がる。小さく手招きをされ、ウォルテールは大人しくルージェンについていった。



 廊下に出て、ルージェンは声を潜めてウォルテールに囁く。

「……ロウダン、王女様はどうだ」

「どう、とは?」

 こんなやりとりを最近誰かとしたな、と思いながら、ウォルテールは何とも言えずに曖昧に首を傾げた。ルージェンは一瞬躊躇うように口を開閉させ、辺りを窺ってから、顔を寄せる。

「王女が愚鈍であるという話は、本当か」

「……はい」

 どうやら兄も既知であったらしい。しかし、こうしてウォルテールに直接確認するということは、それほど知れ渡ったことではないのかも知れない。ウォルテールが頷くと、ルージェンは額を押さえて頭上を仰ぎ、重いため息をついた。

「兄上は、どこまでご存知で?」

「噂程度だ。――美しい王女には、その器を満たすだけの中身がない、と」

 まさに事実である。ウォルテールが何も言わずとも、ルージェンは肯定の意をくみ取ったらしい。彼は「そうか……」と何やら思い悩むような表情で低く呟いてから、再びウォルテールに視線を戻した。


「新たに奴隷を側に置いたらしいな。どんな奴だ」

 その言い方に、あれ、とウォルテールは首を傾げる。ジェスタの王子を奴隷にしたのだな、という確認ではなかったのである。

(兄上は、あれがジェスタの王族であることを知らないのか)

 どのようにして話が流れていったのか、これでおおよそ分かった。恐らく、玉座の間においてのやり取り――王女が奴隷を要求し、その頬を足蹴にした下り――は伏せられている。玉座の間で見聞きしたことを軽率に話すような連中が皇帝の周辺にいるとも思えない。カナンが城内を行き来するのを見て、彼が王女の奴隷であることが広まったのだろう。


「……まだほんの子供ですよ」

 ウォルテールは数秒躊躇ってから、それだけ答えた。カナンが王子であることを話さなかったのは、何も複雑な理由があるわけではない。『何となく』、そんな程度の気持ちで、……突き詰めてしまえば、単なる同情である。


 今でさえエウラリカに散々振り回されて苦労しているであろう奴隷が、これ以上大変な思いをするのは可哀想に思えた。祖国を奪われ奴隷の地位にまで落とされた高貴な王子。それを周囲の人間がどう見るか。ジェスタ遠征で命を落とした兵もいる。そんな中、彼がジェスタの王族であることを明かすのは、あまりに酷だろう。

「男か」

「十三かそこらの少年です」

 ふむ、とルージェンは顎に手を当てて唸った。「大丈夫そうか?」とは、一体何のことだろう。

「さあ」とウォルテールは答えて、首を傾げた。



 ――部屋の中から甲高い悲鳴が聞こえたのは、その直後のことだった。

「リュナ!?」

 妻の名を呼んでルージェンが弾かれたように走り出し、扉を開け放つ。一瞬遅れて、ウォルテールもその後を追った。覗き込んだ部屋の中は、先程とは様子を一変させていた。


 ルージェンの妻、リュナは、椅子に座ったまま、身を縮めて震えている。その前には、呆気に取られたような顔で立ち尽くす少女がいた。ルージェンは表情を険しくして、妻に歩み寄りながら厳しい声を出す。

「クナエイア、何をした」

「何って、私、何もしてない……」

 少女は波打つ栗毛を揺らしながら、困惑をありありと表情に出して振り返った。

 ――クナエイア。ウォルテールたちの妹である。ウォルテール家の兄弟の中で唯一の娘であり、今しがた入ってきたところだったらしい。


「大丈夫か、リュナ」

 妻の背をさすり、額にかかる赤毛を耳にかけてやりながら、ルージェンは低く囁く。リュナは胸を上下させて大きく息をすると、小さく頷いた。ウォルテールは一旦扉を閉じると、部屋の中へ入って、ざわついている輪の中に入った。

「どうしたんだ、クナエイア」

 ウォルテールが妹に声をかけると、クナエイアは困惑気味に視線をうろつかせながら首を振る。

「私、何もしてないわよ! ……お父様たちも、見てらしたでしょう?」

 クナエイアはルージェンとリュナを除く家族たちを振り返った。次兄、オーゼルはすぐさま頷いたが、その他の人間は躊躇いがちに顔を見合わせている。



 ――事態が読めない。ウォルテールは顎に手を当て、室内の様子をざっと眺め回した。ルージェンは声を震わせるリュナの肩を抱いている。外傷はない、リュナに何か危害が加えられた訳ではなさそうだった。

 続いてウォルテールはクナエイアに視線を移した。クナエイアは唖然としたまま、何かに怯えたように啜り泣くリュナを眺めていた。その手に見慣れない花束を見つけて、ウォルテールは首を傾げた。クナエイアが花を持ってくるような女であるという印象はあまりなかった。

 ウォルテールが花束に目を付けたのに気づいたらしい。クナエイアはがさりと包み紙の音をさせて花束をもたげた。


「これ、最近、すごく可愛くて人気のお花なの。香りもそんなに強くないし、いい匂いだし……。どうせルージェン兄様はお花なんて飾らないだろうし、せっかくだから、おめでたいことだし、喜んで貰えたらって、思って、買ってきたんだけど……」

 言いながらクナエイアは少しずつ俯き、しまいには言葉も途切れ途切れになる。意気消沈したような表情には、ふて腐れたような色が僅かに混じっていた。

「お義姉様に花を渡そうとしたとき、いきなり、お義姉様が叫ばれたの」

 そう言って、クナエイアが恨みがましい目でリュナを見た。リュナはルージェンの肩越しにその視線を受け止めて、ひくりと体を震わせる。


 一体、どういうことだ? ウォルテールは頭を掻いた。クナエイアの言葉に、両親やオーゼルが口を出す様子はない。事情はクナエイアの言う通りなのだろう。

「……あの、義姉上」

 ウォルテールは躊躇いがちにリュナに声をかけた。ルージェンは訝しげな顔で妻から離れる。

「クナエイアが、何か粗相をしましたか」

 妹に背に手を添えながらそう問うと、リュナは小さな声で「花が」と呟いた。


「花?」

 ウォルテールはクナエイアと顔を見合わせる。「虫でもついていたかしら」とクナエイアが手にしていた花束に顔を突っ込むようにして覗き込むと、リュナはか細い悲鳴を上げた。

「リュナ、どうしたんだ」

 両手で顔を覆ってしまった妻に、ルージェンは不安げな声を出す。とうとうリュナは肩を震わせて泣き出してしまった。事態は更に混沌とする。両親はまるで状況が分からないように立ち尽くすばかりだし、オーゼルとティーラも顔を見合わせて何やら囁き合っている。クナエイアは見るからに苛立ちを滲ませ始めていた。


「……リュナ。泣いてばかりでは何も伝わらないよ」

 ルージェンは妻の前にしゃがみ込み、その手をそっと顔から引き剥がして握り込んだ。

「何が不安なのか、俺にも教えて? ね、リュナ、」

 不意に和らげられたルージェンの表情に、ウォルテールは何となく目を逸らしてしまう。何となく見てはいけないものを見てしまった気分である。そう感じてしまうのはウォルテール自身がそういった雰囲気に縁がないからか。オーゼルとティーラは平然とその様子を眺めているし、両親も同様だ。目を逸らした先で末兄弟の二人――クナエイア、ヘルトと視線が重なり、ウォルテールは再度別の方向に目線を移した。


 リュナはおずおずとクナエイアを窺った。

「――ポネポセア、と、仰いました、わよね」

 聞き覚えのない名称に首を傾げると、ウォルテールの隣でクナエイアが「ええ」と頷いた。

「ポネ……何とかって何だ?」とオーゼルが呟く。クナエイアは花束を掲げて「これ」と応じた。

 どうやらクナエイアがリュナに贈ろうとした花の名前が、ポネポセアらしい。あまり聞き慣れない響きである。異国の花だろうか、とウォルテールは顎に手を当てた。


 リュナはぎゅっとルージェンにしがみつきながら、震え声で囁く。

「ポネポセアは、薬にもなる花だと、聞いたことがあります」

 じわとその目頭に涙を浮かばせながら、リュナは続けた。


「用途は、避妊薬――あるいは、堕胎薬、と」


 ルージェンが表情を一変させる。「クナエイア!」とウォルテール家の長男は鋭く叫んだ。妹はびくりと立ち竦み、それまで手に握っていた花束を取り落とす。音を立てて、切り花を束ねたものは足下に転がった。

「ちが、わたし、そんなつもり……っ!」

 首を振りながら、クナエイアは後ずさった。とん、とその背がオーゼルに触れる。次兄は妹の背を受け止めながら、諫めるように「兄さん」と眉をひそめた。

「そんなつもりはないってクナエイアも言っているじゃないですか。これは単なる間違いで」

「間違いでそんな花を持ち込むか? 花屋には他にも沢山の花があるのに、――わざわざそんな、名前を聞いたこともない花を?」

「兄さん! 冷静になってください」

 オーゼルがルージェンの肩を掴んだ。ルージェンはその手を振り払い、落ちてきた前髪をかき上げる。


 息を整えるようにしばらく黙ってから、ルージェンは低い声で告げた。

「その、花を。……今すぐこの家から出せ」

「そんな、兄さん、」

 クナエイアを庇いながら、オーゼルが眉をひそめる。件のクナエイアはぎゅっと唇を噛んで黙り込んでいたが、ややあって無言で歩き出した。激しい音を立てて扉を開け閉めすると、早足で部屋を出て行ってしまう。ウォルテールたちはそれを呆気に取られて見守るばかりである。上着は持って行ったが鞄は置いたまま、……放っておいてもそのうち戻ってくるだろう。


 そうして床の上に残されたのは花束である。誰もがこわごわと、まるで爆弾でも見るかのように遠巻きにしている。ウォルテールはため息を一つついて、花束に歩み寄った。

 ――ポネポセア。堕胎薬として使われる花だ、とリュナは言った。リュナは懐妊しており、今はとりわけそういった事情に酷く敏感だろう。


 花束を拾い上げ、その香りを吸い込む。……たとえこれが本当に避妊薬の類だとしても、ウォルテールには関係ないだろう。ふわりと微かに漂う甘い花の香りに、思わず肩の力を抜いた。目に痛いほどに鮮やかな赤色をした花だった。その花弁の中央は更に色を濃くし、見る者の視線を誘い込むように深く落ちていた。



 その花の様子に、僅かな既視感を覚えた。ウォルテールは花束を覗き込みながら、首を傾げる。――こんな花、どこかで見たことがあっただろうか?



 疑問はひとまず置いておいて、ウォルテールは花から顔を上げる。

「兄上」

 花束を片手に提げたまま、ルージェンに声をかけた。ルージェンはリュナの背を撫でながら顔を上げる。

「これは、どうされますか」

 兄を落ち着かせるように静かな声で問うと、ルージェンは鋭い目を花束に向け、「どこか遠くにやってくれ」と応えた。

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