恋と火薬とチョコレート

岩井喬

【第一章】

【第一章】


 最近、随分と日が長くなってきた。西日が眩しい。

 それでも頬を撫でる風は冷たい。こうしてマフラーに顎を埋めて立っているだけでも、全身の表皮がピリピリしてくる。


 とまあ、そんな年寄り臭いことを思っていただろうな、きっと。今日がこれほど特別は日でなければ。

 今日は、待ちに待った作戦決行日だ。遅延は許されない。どうしても、今日という日でなければならないのだ。


 制服のポケットに突っ込んでいた左手が、異様に汗をかいている。

 もうじき。もうじきだ。間もなく目標と接触する。

 この作戦が成功するか否かは、完全に神のみぞ知るところ。今更ジタバタしても仕方がない。


 右手に握りしめた『究極兵器』。その入った箱が、軽く震えだす。


「くっ……」


 何を弱気になっているんだ、新山詩織。何事もやってみなければ、上手くいくものもいかないだろう。

 西日を背後にして、真正面から目標に突撃を仕掛ける。それが、私たちが考えた最終にして最高の攻撃プラン。


 それを思い返していると、胸が早鐘のように高鳴り出した。急な運動したわけでもないのに。ごくり、と唾を飲む。

 その時だった。左手に握らせていたスマホが振動した。


 さっとポケットから抜き取り、耳に当てる。


「こちら詩織」

《こちら綾。目標、校門通過。距離、約三百メートル。予想進路を進行中》

「了解」


 綾というのは、同級生にして幼馴染の北村綾のことだ。今は、目標の監視任務にあたっている。恐らく、校舎屋上から双眼鏡か何かで観察しているのだろう。


《無理はするな、詩織。イメトレ通りにやればいい》


 ごくり、と唾を飲んで再び『了解』と告げる私。

 否応なく緊張感が高まってくる。私は一度、ぎゅっと目を閉じて深呼吸を一つ。胸に手を当てる。


 すると、再びスマホに着信。


「こちら詩織」

《あ、しおりん? 真由美だよ~。さっきから綾っちが怖い顔してるんだけど、大丈夫だよね? 難しい台詞はよく分からないけど、生きて帰ってきてね~》


 この呑気な声に、私はペースを崩される。だが彼女、富坂真由美も、綾と共に私を見守ってくれている。その存在だけでも、今の私には大きな救いだ。彼女もまた、私と綾の幼馴染である。


 微かなノイズの後に、再び綾の声がする。


《こちら詩織、目標がそちらの目視範囲に入った。健闘を祈る》

「……了解」


 私はスマホを切って、盾にしていた電信柱から飛び出した。目標――佐藤望に向かって。


 こうして、『オペレーション・バレンタイン新山詩織ver.』は決行された。

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