晴れの日は外に出たくなる
越野 来郎
晴れの日は外に出たくなる 雨
「本日も四日連続の雨です。午後からは激しく降るでしょう。洗濯物は部屋干しにしましょう。梅雨明けまでもう少しかかりそうです。」
朝から雨が降っていると気分が憂鬱になる。朝を知らせてくれる雀の歌も、笑顔の太陽もなく、そこにはザーっという壊れたテレビのような音と、どんよりとした雲があるだけだ。
テレビでは、いつものニュースキャスターが日本列島のモニターに背を向けて天気予報をする。しかしその日本列島にはまったくもって私たちの島は見えない。
『
海と山に囲まれて自然も豊かであり、観光客もなかなか多い。コンビニも常に品薄だが存在するし、カラオケもある。しかもネットが通じるのだ。まあ使う人が限られるが。島だからと言って不便に感じたことはあまりない。
「ハルー!そろそろ食べないと間に合わないわよ、高校に。」
甲高い声が一階から響いた。枕もとの時計を見る。時計は8時を指そうとしていた。
はーい、と下の母に返事をし、急いで着替え始める。ちなみにハルというのは無論私である。本名
これで良し、と胸元のスカーフをそろえる。鏡の前でくるりと一回転し、勢いよくドアを開け、階段を下がってく。
私は今、猛烈に同じクラスの
***
目が覚めると窓の外から、ここずっと続いている雨の音がした。雨の日特有の香りが鼻にくる。休日ならもうひと眠り行くところだが今日は学校があるためそのまま上半身を腹筋をつかって持ち上げる。やはり雨の日は体が重い。まだ眠い目をこすりながら廊下を渡り、洗面所にいく。手を洗い、顔も一緒に洗う。リビングに移動すると朝食が置いてある。うちの両親は月の初めに本土のほうに行ってしまう。今日は7月1日なのを見て納得した。そっか、もう7月なのか。時の速さをしみじみと感じる。
俺は倉野アキ。女の子みたいな名前だが男だ。俺はこの島にずっといるわけではない。4月にこの島にやってきた。両親の仕事の都合でよく転々としていたが、島というのは初めてである。初め来たときは虫も多いし、塩で目が痛いと散々だったが、この島には優しい人や、美しい風景があるとてもいい環境であった。この島の高校生がみんな通う、神明高校は全校生徒100人くらいの小規模な高校である。転校初日は緊張もしたが、いまでは友達もでき、楽しく高校生活を堪能している。
だが俺にも好きな人ができた。いわば一目惚れなのかもしれない。三井野ハル。
彼女が俺の好きな人なのだが、たぶんあっちは何も思ってないだろう。俺はまだ彼女の何も知らないのだから。
学校までは徒歩で行く。30分くらいでつくこの道のりは少し遠いが、いい運動である。それにこの道は近所の人たちのあたたかい挨拶に満ち溢れている。都会ではまず見ない光景だった。とはいっても、雨の日はやはり気分が上がらない。重い足取りで学校に向かう。地面にできた水たまりには自分の影が揺れていた。
学校に着くと門の前で
「おはよーアキ。今日は親御さんいない日だったっけ?大変だねぇー」
「おはよ。まあそうでもないけどな。よく一人でいたし、それに困んのはお昼ご飯くらいだしな。」
「あっはは。それは違いないや。なんて言ったってこの高校には学食なんてないからね。道中で買ってきたのかい?」
そう、俺が歩くもう一つの理由がこれだ。この高校には学食はなく、周辺にはコンビニはない。よって、買ってから学校に行かなくてはならない。手に下げた、道中の品薄のコンビニで買ったおにぎりとパンを片手で上げる。トウマはそれを見ると、よかったね、まだあって。といって笑って見せる。そんな感じでいつものように二人で教室へ向かう。
***
私は自転車で学校に向かう。毎日15分近くの道のりを自転車でこいでいると、自然に脚力はついてきた。女子にとっては足が太くなるのは嫌だけど。夏に入りそうなこの時期は蒸し暑く、雨のせいでカッパの中は汗ばんでいる。特に雨の日の自転車は嫌になるほど最悪だ。フードに包まれている髪もぺったりしている。せっかくセットしたのに。
「雨きらぁぁい!!」
誰もいないのを確認して叫んだ。自転車に乗っていると無性に叫びたくなる。よし、急ごう。思いっきりペダルを踏む。ぐんぐんと加速していく。この辺は信号機が少なく、スムーズに学校まで行ける。最後の坂道を抜けると大きな海と学校が見えてくる。神明高校は海の見える高い場所にあり、毎年夏は花火をしたりする。
「おはよ、ハル。今日もぎりぎりだね。」
ふいに後ろから話しかけられる。振り返ると、歩いて手を振る女の子がいた。
「おはようナツキ。今日も遅刻しなくてよかったよー。」
「あ、そういえば昨日アキ君がうちのお店にきたよ!なんかそろそろ暑くなるからって。」
ナツキの家はこの島唯一の服の専門店である。もちろんTシャツ程度なら売っている場所もあるが、パーカーやカーディガン、コートなどは全部ナツキの家が売っている。そして私の好きな人を知っているただ一人の友達である。
「べ、別に普通のことじゃない。いちいち私に言わなくていいからぁー。」
「えー、おそろいの買えるチャンスじゃん。」
「おそろいなんて私にはめっそうもない。」
都会では流行っているペアルックを島でやってもそれはただの偶然だろう。
「ホントにハルは自分のこと謙遜するよね。まあそれがハルのいいところだし、私の尊敬しているところだよ。」
ナツキにも好きな人がいる。井原トウマ。よく3人で小さい頃から遊んでいた、幼馴染の一人である。多分トウマもナツキのことを気にしていると思うがその距離は一向に縮まない。ナツキは何度かアタックをしているし、トウマも誘っている。しかしかみ合わない。そんな二人をずっと見てきた私は早く言えばいいのにと思っていたが、いざ自分のことになると結構奥手になってしまう。恋バナに花を咲かせ、いつか実ってほしいねと言いながら教室に入る。
***
一時間目が終わった。朝からの数学は眠たくなる。数式がびっしり書かれた黒板を満足げにうなずく先生とは逆に撃沈している生徒も少なくない。俺はその一人の席に向かう。
「おきろ、トウマ。次は体育だろ。」
ポンっと近くにあったノートで頭をつつく。
・・・うーんけっこう寝てんなぁ。仕方なしに脇に手を伸ばして思いっきりくすぐる。ガタンっと派手な音を鳴らして顔を上げた。しかし攻撃の手は緩めない。
「ス、ストップぅぅふふ、あっはははは。ちょ、ちょっと待ってよぉぉん。」
「お前がなかなか起きないからだぞ。」
「おぃ、起きるかぁらぁああ!」
スッと脇から手を引く。笑いつかれたのか、ゼーハー言っているトウマに体育着を渡す。サンキューっといって立ち上がった。
「さっさとここから出よう。女子が着替えられないからね。」
俺は小さくうなずき、教室から出た。
今日は雨のため体育館に集合であり、男女混合のドッチボールである。人数が少ないから混合はいつものことである。小走りで校舎を後にし、別館の体育館に出る。部活動もあまりないため、そこまで大きくない体育館だが、バスケットコートや卓球場はある。昼時には遊んだりもするため、なかなかにいい。
「おーい!コート作んの手伝ってくれぇ!!」
体育科の教師が俺たちを呼ぶ。はーい、と返事をし体育小屋から、ラインテープを取り出す。まだまだ厚みもあり大丈夫そうだった。それを薄く下書きされているコートへと持っていく。ジャン負けがコートにテープを張り、勝ったほうが曲がっていないかを確認するということになった。別にどっちでもいいのだが、ゲーム性があったほうがおもしろいだろう。
結果は、俺が”グー”でトウマが”チョキ”だった。勝った俺はそこまでうれしくなかったが、負けたほうのトウマは結構悔しがっていた。そんなにテープをひきたくなかったのだろうか。しかし勝負であるからには、やってもらうしかない。休み時間中曲がっていくラインテープを注意し続けた。
「できたぁ!」
テープ自体はガタガタだが、全体としてみれば、しっかりとしたコートであろう。トウマは下書きが悪いとだだをこねていたが、放置して集合場所に集まる。準備体操をして、チーム分けへと入った。
***
アキ君とトウマがコートを作っていた。手伝おうかなと思ってナツキに声をかけたけど首を横に振られたから、やめておいた。横目で見てて楽しそうにやってたからいいけど。なんやかんやで引き終わったのを先生が確認すると、私たちは軽く体操してからチーム分けだ。男女でまず二つに分けてから合体させてA,Bチームを作る。つまり男女で同じチームになるから、アキ君とも同じチームになれるかもしれないということだ。ナツキも意気込みはばっちりだ。アキ君とトウマも何やら話しているけど聞こえない。どうしよう、なりたい人でもいるのかな。
チーム分けの方法はいたってシンプルであり、名前の順でA,B,A,B…という感じだ。私はチームAで、ナツキはチームBだった。離れてしまったが、互いに手加減はなしよっといわれているので真剣勝負だ。けどお互いそんなことよりもやはり男子の結果が気になる。
「うん!アキとの勝負は初めてだね。負けないよ。」
「ああ。最初にあてに行くからな。」
「ふうん。芸がないねぇ、アキは。最後の一騎打ちが盛り上がるんじゃないか。」
「なら外野から復活してきな。」
そんな会話が男子のほうから聞こえる。あの二人は離れているらしい。
するとちょんちょんっと肩をたたかれる。ナツキが残念そうな顔で耳打ちした。
「残念だけど、アキ君がBで、トウマはAだって。変えたいねチーム。」
そっか、残念だ。二分の一をこうも外すなんて、雨はやっぱ嫌いだ。
***
チーム分けの結果、俺はBでトウマはAだった。いつも同じチームだったトウマと戦うのはワクワクしたが、残念ながら三井野とは違うチームらしい。その代わりトウマの好きな菅野とは同じチームだった。
「よろしくねー。わたし菅野ナツキ。ほら昨日君が買ってくれた服屋の子供だよ。ちょっとだけ話したよね。」
確かに昨日見かけた気がしたがそうかやっぱりあの店にいたのか。もちろんトウマの好きな人なので顔は知っていた。俺は軽く挨拶をし、あっちのチームにいる三井野のほうを見る。トウマと仲良さそうに話していた。幼馴染だと以前言っていた。嫉妬というわけではないが少しうらやましかった。なにせまともにしゃべったことなど一度もないのだから。
開始直前みんながコートに散らばり開始の合図を待っている中、俺の後ろで菅野はいった。
「いいとこ見せないとね。ハルに。」
えっ?と振り返った瞬間、おおきな笛の音が体育館に響いた。男子の二人が空中でボールにめがけて飛ぶ。一方が前にはじいた球は相手のコートに渡った。転々とするボールをいち早くつかんだのは、トウマだった。そのままとった勢いで俺めがけて思いっきり投げる、ギリギリよけれそうな球だった。が、俺の後ろには今間違いなく菅野がいることに気づく。キャッチに行くしかない。そう決めた時にはもう遅く胸に当たり大きくボールは弾かれていく。先生の笛がまた鳴る。一番最初に当たってしまった。トウマは弾かれた球をとり、もう一度取り投げる。ピーっとまた鳴る。俺はゆっくりと外野に行った。トウマはそんな俺を満足げにグっと親指を立てた。
試合は一方的になっていった。運動神経のいいトウマがあてて、ほかの人たちは逃げたりする。こちらは固まって動くため投げれば誰かが当たってしまう。いつの間にかBの内野は4,5人になっていた。対してAは10人近くまだいる。俺は外野でやつを当てる機会をうかがうが、なかなかボールが来ない。しかしそんな絶望的状況をひっくり返す救世主が。トウマが投げた球を両手でキャッチし、そのままほかの男子に向かって投げる。その球は正確にその生徒の方に当たり、変に弾かれた球は逃げている女子に当たる。ダブルだ!そして一気に歓声が起こる。
「うぉぉぉ!さすが菅野ナツキだぁぁ!!」
「10戦まけなし!負けることを知らない女!!」
「このまま一気にひっくりかえせぇぇ!!」
次々と起こる歓声は無論菅野ナツキに降りかかる。よっしゃぁ!といって彼女はどんどん当てていく。これはどっちが勝つかわからなくなってきた。するとボールが外野に、俺の足に転がってくる。つかんでコートを見る。残りは3人。
トウマ、野球部の少年、そして三井野だった。一番近い三井野が狙いやすい。俺は投げるモーションに入る、がその瞬間に俺の前にトウマが近づく。もう考えていられない、トウマに向けて精いっぱいのボール、渾身の一撃をぶつける。
今日一番の笛と、歓声が体育館に鳴り響いた。
「どうして自分からあたりに行ったんだ?」
あの後、俺たちBチームの勝ちで終わった。いまは教室へ戻る途中である。
「いや、別に僕が外野に行ったほうが勝てる確率が増えると思ったからね。」
「嘘をつくな。実際負けてるじゃないか。」
「負けたのはくやしいんだけどなぁ。」
聞いておきながらなぜあたりに行ったのかわかっている。多分最初のプレーのお返しだろう。あの時代わりに当たったので、同じように代わりに当たったのだろう。こいつは試合中そんなことを気にしながらプレーをしていたのだろう。
井原トウマとはそういうやつである。本人はかっこつけてはぐらかすが。
「ありがとうな。」
「だからなんのことだい。」
俺はそっぽをむくこいつにぽかっと頭をつついた。
教室に入り、次の授業の準備をしていると、ドッチボールの初めに言われた菅野の言葉を思い出す。すると疑問というか疑惑のようなものが浮かぶ。
***
試合が終わった。私たちAチームの負けだった。トウマはアキ君に当てられていたけど、当たりに行ったという感じだった。あのトウマは相変わらずとして、アキ君も強かった。でもやっぱりナツキが強かった。あっという間に逆転までもっていってしまう彼女にはプロドッチボーラーの素質があるのかもしれない。そんなことを言っているとナツキのデコピンをくらうから言わないけど。とにかく何事もなく終わったけど少しだけ疑問ができた。疑惑のほうが正しいのかも。
もしかしたら
***
***
もしかして
―――三井野はトウマのことが好きなのかもしれない。
―――アキ君はナツキのことが好きなのかもしれない。
二人の恋は見事に交錯する。
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