11 英雄の風

三日目




「よっし! ぶっとばす!!」




「そんな乱暴な……」




 昨日のラトローの襲撃の後、私は心に決めていた。


そうとなれば話は早い、後はねぐらに乗り込んでボコボコにして警備隊に突き出すだけだ。といってもねぐらがどこにあるかわからない状態だったから、ラトローが働いている荷運び屋に行ってみることにした。




「酔いは収まった?」




「ん? そういや、そうだな」




言われてみれば酔いは無くなり、なんだか前より気分も良いし、体も軽い。これが飯屋のおじさんが言ってた「疲れに効く」だったのかもしれない。


 荷運び屋に入り、受付に行くと陽気に返事をする獣人ククの姿があった。




「おー! レイラちゃんまた会ったね! こんなに来てくれるなんてやっぱ俺に気が有ったり? なーんて!」




「ふふふ。ククは今日も元気ね」




 レイラは明るいククを見て少し緊張が解けたのか軽い笑みを浮かべた。


そうしてなんでもない談笑が少し続いた後、本題を聞くべく私は間に割り込んだ。




「ラトローの奴、今日は来てないの?」




「そうなんだよ!ラトローの奴、今日仕事のはずなのにすっぽかしやがったんだよ!こっちはもうそのせいで大忙しなんだぜ」




 耳をピコピコさせ子供の様に怒るクク。




「んで? ラトローになんか用かい?」




 私達は昨日の出来事をククに伝えてみた。ククはその金色の目をまん丸にして、不安そうに鼻をひくつかせた後、大声で笑いだした。




「ハハハ! ラトローが通り魔? あんたを殺そうとした?寝言は寝て言えって。俺たちは長年ラトローの仲間だがそんなことするやつじゃねえって」




「でも、本当なの!」




「いくら愛しのレイラちゃんが言っても信じらんねぇな~」




 ラトローの信用は厚く、話は平行線を辿るだけだった。


 それならと私は切り出す。




「それじゃ、ここにラトローを連れてきて白状させたらいいんだな?」




「そうだな! 出来るもんなら!」




 ククは腕を組み、椅子に腰掛け言う。




「賭けたっていいぜ! 犯人なんかじゃねぇって」




「いくら賭ける?」




「はっ! そんなの100ギルでも200ギルでも賭けてやらぁ!」




 けんか腰に鼻をふんすと鳴らすククを私は答えを知っているとばかりに「乗った!」と言いラトローの家の場所を聞いた。








 街から少し東に行った路地にある家に到着した私達はとりあえずドアをノックすることにした。コンコンと木製のドアが鳴る。しかし応答は無く、静けさだけが残る。


 敵の本拠地だけあり、いきなり入るのは危険と判断し、私はドアに耳を当てた。やはり静寂が広がっている。




「レイラ、さがって」




 ドアをそっと掴み一瞬溜めて、ナイフを構え、勢いよく扉を開けた!


 中は土壁で出来た、物の少ない質素な作りの家で、がらんとしていて、ラトローの姿はない。しかしベッドの上やタンスは物が引っ張り出されていた。




「あの野郎! 逃げやがったか!」




 後から覗き込むように入ってきたレイラはがっかりした様子で散らばった物を見つめていた。




「もうこの国にはいないかもしれないね……」




 それは最悪の想定だった。


 悔しいのもあるが、襲われたレイラが可哀そうで胸が締め付けられる。偶々あの場所に行っただけなのに殺されそうになり。今こうして犯人は逃げている。


 私は犯人がこの国にいるという根拠はなかったがなんとかレイラを慰めようと肩を叩いた。




「大丈夫、探そう」








 家から出て、聞き込みをする為に家の前でうがいをしている獣人に話しかけた。




「ねぇ。ちょっといい?」




「がらがらがらっぺっ! 何?」




「この辺でラトロー見なかった?」




「ああ、ラトローね。さっきそっちの道まっすぐ歩いていったよ」




 意外な返答だった。一発目の質問で発覚した事実だ。まだこの国にはラトローが居る。それだけでも驚いたが道までわかってしまった。少し動揺したが大きい一歩だ。




「ありがとう、じゃあね」




「ん。がらがらがら」




 それから周りの人に聞けば聞くほどラトローがどこに向かっていったかがわかってきた。聞いた人は皆「ああ、ラトローね」と当たり前のように答えてくれる。




「そこを右に曲がったよ」




「うちで買い物していったよ! それより嬢ちゃん! うちの道具買っていかない?」




「んぇ? ラトロー? ああ、あの子なら峠の方へ行ってたねぇ」




「らとろー、ほこらにいってたよ」




 流石人気者の荷運び屋って感じだ。もはやこの国の中で知らない奴はいないんじゃないか。


 そんなこんなで街の外れにある渓谷に来ていた。渓谷は錆びれた砂岩で作られた祠がある所で人は滅多に来ない。隠れるのには最適な場所だった。 


 辺りを見回すと祠には道具入れと思わしき小屋があった。私は警戒しながらゆっくりと扉を開ける。しかしそこにはラトローの姿は無い。


 他に隠れそうな所はない。ここに間違いはないが、どうにも見つけるところまでいけずにイライラしていた。








 私は内心ドキドキしていた。サアラはまるで男の人のように逞しく。助けてくれた。それに今はまるで話に聞く探偵のようなことをしている。犯人のところに行くのは怖いけど、サアラがいるから大丈夫と思えた。


 そう思いつつ、渓谷の方まで来てまず驚いたのは祠の広さだ。神殿と言うべきかもしれない広さだった。そしてそこに一つ大きな岩を切り出されて作られた像が佇んでいた。その像はシマシマのしっぽがあり、ヒョウ柄のレリーフが掘られた人型の像であった。




「わあ、凄い……」




 思わず息を飲む。像に近づき、触れてみる。ひんやりと岩の冷たさが伝わってくる。最初はあまりの大きさに見上げていたが像の下に何か書いてあるのを見つける。


 埃をかぶっていたから手で掃ってみる。そこには




「英雄 クルイーク ここに眠る――」




 どうやらこの像はお墓らしい。触れたことを謝るように少し頭を下げた。




 しっとりと静かなこの祠をゆっくりと見て回っていると、突然突風が吹いた。


 たなびく髪をかき分け、風の吹いた方に振り向く。するとその床に何か落ちてるのがわかった。


 落ちているものに吸い寄せられるように近づく。そして見てみると私がラトローに渡した手紙だった。




「この手紙……私の!」




 手紙を拾い、キョロキョロと辺りを見渡してみる。すると祠の右の壁が目についた。そこが妙に気になり、駆け寄ってみる。壁を触り押したり引いたりしてみる。びくともしないが何故が気になる。


再度周りを見渡すと一つだけ飛び出た岩を見つけた。おもむろに引いてみる。


ゴリゴリと岩が擦れる音とともに岩はレバーのように下に下がり、それと同時に目の前の壁は地面に吸い込まれるようにゆっくりと下に引っ込んでしまった。


 蝋燭の火が一つゆらゆらと揺れるだけの地下への階段が現れ、私は思わず口を手で覆った。


 恐る恐る、階段を覗きこむとその深淵奥からわずかに金属音が聞こえた。




「サアラ!!」

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