10分という時間
結城彼方
10分という時間
5年間付き合った恋人のマコが死んだ。死因は交通事故だった。
最後の会話は喧嘩だった。またお互いに頭を冷やして、話し合って、仲直りできる。そう思っていた。「また会える」そう思っていた。そう思って、一緒にいる時間を大切にせず、くだらない喧嘩に費やしてしまった。「また会える」そんな保障、どこにもないのに。
彼女の葬儀が終わっても、俺は絶望に打ちひしがれていた。仕事にも身が入らず、ただ生命活動を維持しているだけだった。普通なら、死んだ恋人の分までしっかり生きようとか思うのかもしれないが、俺にはそんな気力は無かった。頭の中を、最後にした喧嘩の思い出だけがグルグルと回り続けていた。
ある夜、仕事の帰り道に占い師が店を出していた。今までそんな店は無かったからすぐに気が付いた。俺は素通りするつもりだったが、占い師の方から声をかけてきた。
「お兄さん。何か悩みがあるね?それも、どうにもならない悩みが。」
俺は立ち止まり、占い師の方を向いた。占い師はニヤリと笑い、席に座るよう促した。別に占いを信じてる訳じゃない。ただ、今後の人生の指針が欲しかった。占い師は水晶を見ながらフンフンと頷いて言った。
「お兄さん。最近、大切な人を亡くしたね。」
驚いた俺をよそに、占い師は続ける。
「その亡くした人に会いたい。そうだね?」
俺は頷いた。すると占い師は質問してきた。
「なぜその人に会いたいんだい?」
俺は洗いざらい話した。最後の会話が喧嘩だったこと、それを謝りたかったこと、もっと伝えたい事があったこと、もっと一緒にいたかったこと。自分の想いを占い師に伝えると、占い師が答えた。
「その願いを全部叶える事はできないね。」
俺は耳を疑った。「全部」は無理?それなら「一部」は可能なのか?俺の疑問を見透かしたように占い師が言う。
「もう一度だけ会わせてあげることはできるよ。ただし、10分だけだけどね。」
占い師の予想外の返答に驚いた。そして藁にもすがる思いで、その方法を聞いた。すると、占い師はガラスの小瓶に入ったピンクの粉末を出して言った。
「これはソウルパウダー。部屋の電気を消してコレを彼女の想いが1番込もっている物にかけると、彼女の魂が姿を表す。そして10分間だけ会話ができる。1瓶10万円だよ。」
俺は落胆した。せっかく期待したのに、単なる詐欺商売だったからだ。いや、そもそも期待した俺が馬鹿だったのだ。呆れて席を立とうとする俺に、占い師が言った。
「料金は後払いで良いよ。」
その一言に俺は少し喜んだ。これで真実味が増したからだ。占い師に礼を言い、ソウルパウダーを持ち帰った。
家に帰り着くと早速、彼女の思いが1番込もっている物を探した。誕生日やバレンタイン、記念日に貰ったプレゼントなど。5年も付き合っていたので、沢山ある思い出の品の中からどれを選べばいいのか迷った。占い師は、彼女の思いが1番込持っている物にソウルパウダーをかけるよう言っていた。もし2番目に思いが込もっている物だったら彼女の魂は姿を現さないのだろうか?俺は悩みに悩んだ。彼女との思い出を振り返りながら探している最中、1つの物が目に入った。それは小さなサンタクロースの人形だ。これはマコと初めてのクリスマスを過ごした時に買ったケーキのオマケだったものだ。この時のクリスマス以降サンタの人形をとっておき、クリスマスが来る度に飾っていた。また一緒にこの人形を見られますようにと願いながら。
(これだ!)
俺はそう思った。机の上に人形を置き、準備に取り掛かる。占い師の話では、会話できる時間は10分しかない。マコに伝えたかったことをリストにした。喧嘩の事を謝りたかったこと、もっと一緒にいたかったこと、愛してるということ、大好きだということ。準備を万全にして部屋の電気を消した。そして、サンタの人形にソウルパウダーをサラサラとふりかけた。しばらくすると、カタカタと机が震えだし、人形の周りのソウルパウダーがブワッと舞い上がった。舞い上がった粉末は空中で一カ所に集まり、その後ビッグバンのように弾け球体を造った。そしてゆっくりと人の形をつくっていき、マコの魂が姿を現した。
目の前に死んだはずの恋人が本当に表れたことに驚いた。だが時間は10分しかない。急いで自分の気持ちをマコに伝えようとすると、先にマコが口を開いた。
「ごめんなさい。」
マコが喋ったことに俺は驚いた。マコは続けて言った。
「ごめんなさい。またお互いに頭を冷やして、話し合って、仲直りできる。そう思って意地を張ってたの。本当にごめんなさい。」
俺も同じ気持ちだった。だからそのことを素直に伝えた。
「俺の方こそごめん。また『次』があると思って、君との時間を大切にできて無かった。『次』があるなんて保障されてないのにね。」
マコが言った。
「残念だけど、ここには10分間しかいれないの。」
俺は答えた。
「知ってるよ。だから言いたかった事を全部言うね。俺はマコの事が大好きだし、愛してる。できることならもっと君と一緒にいたかった。君と一緒に色んなことを経験したかった。そして君と一緒に年を取って人生を歩んでいきたかった。」
マコは涙を流していた。そして涙声で言った。
「私も・・・・・・私もだよ・・・・・・」
その言葉を聞いて俺も涙が溢れてきた。二人とも泣いて時間が過ぎてゆく。いつもならあっという間に過ぎてゆく10分も、今は少し長く感じた。それでも10分は10分。別れの時間が近づいて来た。
「ごめん。私、そろそろ行かないといけない時間だ。」
マコが言った言葉に俺は思わず言うまいとしていた言葉を言ってしまった。
「行かないで。」
マコがその言葉を聞いて泣きながら言った。
「嬉しいよ・・・私も行きたくない・・・でも・・・」
俺もマコも分かっていた。本来、こんな会話をする時間すら存在しなかったはずなのに、幸運にも貴重な時間を得たのだ。その時間を大切にする以外、俺たちにできることは何もないのだ。
「そろそろ時間だね。」
俺が言った。
「うん。」
マコが答えた。
「俺もいずれそっちに行くから、待っててね。」
俺の言葉に、マコは笑顔で答えた。
「うん。」
だんだんとマコの姿が消えていく、おそらく、もうすぐ10分経ってしまうのだろう。俺は最後に一言、こう言った。
「またね。」
マコは笑顔で頷いて消えていった。
俺はまたやってしまった。「また会える」なんて保障されてないのに。でも、だからこそ、保障されてないからこそ、「今」伝えるべきだと思った。俺が想っていることを、伝えたいことを・・・・・・・・・・素直に。
数日後、会社の帰り道に、あの占い師が店を出していた。今度は俺の方から声をかけた。
「こんばんは。占い師さん。」
占い師がニヤリと笑い答えた。
「こんばんは。お兄さん。悩みは消えたようだ。それも、どうしようもないはずだった悩みが。」
俺は答えた。
「おかげさまで。これ、約束した謝礼です。」
俺は約束通り10万円を占い師に渡した。占い師はお金を数えながら言った。
「どうだい?値段は高かったかい?」
「いいえ。むしろ安いくらいでしたよ。『今』という時間の大切さを学ぶ授業料にしてはね。」
俺がそう言うと、占い師は笑ってこう言った。
「それじゃあ、もしその大切さをお兄さんがまた忘れてしまったら私はまたここに来るとしようかね。」
占い師の言葉に対し、俺は胸を張ってこう答えた。
「大丈夫です。俺はもう『今』の大切さを忘れたりしません。これからもずっとね。」
そう宣言して俺は堂々と帰路についた。
占い師は帰って行く男の背中を見ながら不敵な笑みを浮かべてこう言った。
「それはどうかねぇ。人間ってやつはスグに『今』の大切さを忘れてしまうから。」
10分という時間 結城彼方 @yukikanata001
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