吐露—私の犯した罪の告白

私は、許されない罪を犯しました。

それは、大切な、大切な友人を殺してしまったことです。

私が直接、手を下したわけではありません。

だけど確かに、あの子を殺したのは、私なのです。


あの子と私は、幼い頃からの親友でした。

出会った頃のことは、正直もう、あんまり覚えていません。

だって、物心ついた時から、あの子は私の隣にいたから。私の隣で、不機嫌そうな無表情で、佇んでいたから。

幼稚園や小学校は勿論、中学も、高校になっても。

あの子はずっと、私の隣に居たのです。


「ルームシェアしたいな」

高校生活も中盤に差し掛かり、進路の話をしていた時。私がぽつりと零したその言葉に、あの子は真っ先に反応を示して、そして、こう言いました。

「それなら私とする?」

ほら、私とアンタなら、志望校も一緒だし丁度いいじゃん。

「いいの?」

そう言って、きっと目を輝かせていたであろう私に、あの子はこくりと頷いて、そしてどこか不安そうな顔で、こう言ったのを覚えています。

「……アンタが、それでいいなら」

いいに決まってるよ!だっていちばんの友達のあなたと、一緒にいられるんだもの!

嬉しさのあまり、そう叫びそうになりました。

だけどなんだか少し恥ずかしくって、私は、「うん」と答えることしかできませんでした。

そのやり取りのとおり、お互い志望校に合格した私たちは、ルームシェアを始めました。

ずっと一緒にいた私たちだから、特に大きな喧嘩をすることもなく、平穏な日々が過ぎていきました。

私は、幸せでした。

あの子とこんなに長い間、一緒に居られるなんて。夢みたいだと、そう思っていました。

私は、あの子のことが、友達として大好きだったから。

だから、あの子はずっと、私と一緒にいてくれるんだと、そう思っていました。

たとえ私とあの子の間に、物理的距離ができたとして。

それでも、あの子は友達でいてくれると、そう、馬鹿みたいに、信じ切っていたのです。


「私ね、結婚するの」

あの子にそう言った時、あの子は、ふわりと微笑んで、こう言いました。

「ふうん、良かったじゃん。幸せになりなよ」

それは、とってもとっても、優しい声音でした。

あの子はいつだって、私に優しかったけれど、だけど、あんなに優しい声を聞いたのは、あれが初めてのことでした。

私は、その言葉のとおり、あの子の言葉を祝福の言葉として受け取りました。

私は、幸せでした。好きな人と結ばれて、、大好きな友達にも、こうやって祝ってもらえて。

この世でいちばん、私が幸せなんじゃないか。そう思ってしまうくらい、幸せでした。

だけど、そんなふうに幸せを噛み締めいた私とは裏腹に、度々あの子は、なんだか悲しそうな表情をするようになりました。

結婚式には絶対来てね、と。そう言えば、泣きそうな顔をして。それでも涙は零さないまま、笑っていました。

彼女は、泣きませんでした。

だけど一度、たった一度だけ、堪えきれないと言ったように涙を零していた彼女が、いました。

部屋に積み上げた段ボールを見て、寂しそうに泣いていた彼女の姿に、私も、胸が苦しくなって、気がつけば彼女の瞳に浮かんだ涙をハンカチで拭って、こう言っていました。

「大丈夫。たまには遊びに来るから」

彼女は、何かを言いたそうに、口を開いたけれど、だけど何も言わないまま、口を閉ざしました。

あの日、あの子が言いかけた言葉。それを私がきちんと聞けていたなら、何かが変わっていたのでしょうか。

今となっては、もう、分からないけれど。

だけどあの時の私には、ああすることしか出来なかったし、あの子の心情を、察することも出来なかったのです。


そうして私は、無事に結婚式の日を迎えて、そして、長年彼女と一緒に暮らした部屋を出たのです。


結婚生活は、順調でした。

時々喧嘩もして、あの子と暮らした時ほど穏やかではなかったかもしれないけれど、それでも、幸せでした。

あの子は元気にしてるんだろうか、生活が落ち着いたら会いに行きたいな。そんなことを考えていた矢先のことでした。


彼女が、自殺したと聞いたのは。


最初に、どうして?と思いました。どうして彼女が自殺なんかを、そう、思いました。

そんなに何かに悩んでいたなら、私にも、相談してくれたら良かったのに。

それが、とんだ見当違いだと知ったのは、私の家に、彼女からの手紙が届いた時でした。

手紙には、彼女の綺麗な字で、私への、執着にも似た恋心が、綴られていました。

好き、愛してる。そんな言葉で満たされたそれは、彼女の遺書のようであり、私への恋文のようでもありました。

そして、それを読んだ時、私は解ってしまったのです。

あの子が死を選んだ理由を。

あの子がどうして、こんなことをしたのかを。

ぜんぶ、ぜんぶ、私のせいでした。

私のことが好きだったから、あの子は、死を選んだのです。

私が、あの子を追い詰めて、殺したのです。

私は私が、とてもおぞましい存在のように思えて仕方ありませんでした。

夫も、それから、話を聞きに来た警察の方も。君のせいじゃない、あなたのせいじゃない。そう言ってくれたけれど。

私の中から、罪の意識が消えることは、終ぞありませんでした。

どう考えても、あの子を殺したのは、私なのです。

あの子のことを知ろうとしなかった、私のせいで、あの子は死んでしまったのです。


嗚呼、私は一体、どうすれば良かったのでしょうか。

あの子の気持ちを、受け入れられたら良かったのでしょうか。

いいえ、それでは駄目だった筈。

だって私は、あの子のことを、そういう意味で好きになることは、きっと、ないのだから。

あの子の「好き」と、私の「好き」は、似て非なるものだから。

私にとって、あの子は大切な、私にとっていちばんの友人でした。

いちばん大切で、いちばん大好きな友達だったけれど、だけど、それ以上でも、それ以下でもなかった。

私があの子に恋をすることは、一生、ないのです。

だから、同情からあの子の想いを受け入れたとして、きっとあの子は救われない。

何より、真剣に私を愛してくれたあの子にも、不誠実だと、そう思ったのです。

だから余計に、分からなくなりました。

私が、あの子のためにしてあげられることは、なかったのでしょうか。

あの子に、あんな結末を選ばせないために。

私は、どうすれば良かったのでしょうか。

ずっとずっと、考え続けました。

考え続けても、答えは分からなくて。

結局あの子のお通夜にも顔を出せないまま、お墓参りにも行けないまま、静かに、時は流れていって。

いつしか季節は一巡りして、あの子が死んだ夏が再び訪れました。

結局、どうすれば良かったのかなんて、分からないままでした。

だけどきっと、そんなの分からなくて当然なんだって、そう思うようにもなってきました。

言ってくれなきゃ解んないよ、なんて。心の中で、あの子に不満をぶつける余裕も、出てきました。

きっと私は、ようやく、あの子の死を受け入れられるようになったのでしょう。

死んでしまった彼女が、私の隣に戻ってくることは、もう、二度とない。そんな当たり前の現実を、ようやく、見据える覚悟が出来たのでしょう。

当たり前のように続くんだと信じていた彼女との交友は、彼女の死によって、呆気なく、潰えてしまった。

私の人生には、当たり前のようにあの子の存在があったのです。

友人として、私の心のやわらかい部分を預けられる、あの子の、存在が。

あの子の死によって、それが私の甘えだったのだと、嫌という程思い知らされたのです。

ずっとずっと、あの子の優しさに守られて、甘えていた。

それにようやく気付くことができたから。

だから、もう何もかもが手遅れだとしても。

せめて、あの子の最期の告白に返事を返そうと。返してあげたいと、そう思うようになりました。

これが、ずっと私を愛してくれたあの子にできる、精一杯の手向けだと、そう思ったのです。

だから、ね。


長い間、待たせてごめんね。

私、ようやく、覚悟ができた。


明日、キミに逢いに行くよ。


それは暑い暑い、とある夏の夜のことで。

そして偶然にも、あの子の命日の、一日前の出来事でした。





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