深海のバレリーナ

レミ

第1話/夢のような残響

 何者かになりたいと思ったことがあったでしょうか。

 ない、とは言えないはずなのです。けれど、その実はとてもふわふわしていて、まるでわたあめみたいで、舌の上で甘く溶けてしまうのです。

幼稚園の頃は、お嫁さんになりたくて、だけど、相手が決まっている訳でもなくて、だから、○○君のお嫁さんになるんだーとかそういうことではなかったのです。ただ漠然と、お嫁さんに憧れていたのです。

小学校の頃は、それはそれはよく変わったものでした。テレビに影響されてフィギュアスケート選手になりたくなったり、ピアノを弾いてみたくなったり、かと思えば先生になりたくもなったのです。私の心は、あちらへ行ったりこちらへ行ったりと、右往左往の繰り返し。その度に両親を困らせていたのだろうと思います。だって、そのどれもが長続きはしなかったのですから。

中学生の頃は、こうなりたいというよりは、こんなのは嫌だという気持ちが強かったのです。何となく学校に行くのが嫌で、家にも居たくなくて、自分の居場所がどこにもないような気がしていたのです。理由もないままイライラしていて、充てもなく独りだったのです。友達はいたのに、一緒にいるのは楽しいのに、どこかその関係に白々しさを感じていたのです。両親に対してはもっと酷くて、自分は愛されていないなんて本気で思っていました。原因は自分にあるのに、見ない振りをして、だれかれ構わず傷付けて、自分が泣いているのにも気付かなったのです。

高校生の頃は、少しだけまともになったけれど、世界が嫌いなのは相変わらずで、自分のことはもっと嫌いでした。いつまで経っても素直になれなかったのです。自分に自分で嘘をついていたのです。どうして。それは自分でもはっきりしなくて、多分、怖かったのだと、あの時も今も思うのです。

本当の自分。

嘘偽りのない自分。

ありのままの私というものは、世界の全てが私に覆い被さってくるかのような錯覚を抱かせるのです。ずっとずっと言い訳をし続けているのです。"本当の私じゃないから""みんな本当の私を見てくれないから"そんな弱さにすがるしかなかったのです。こんな頼りない私では、私の全てを受け止めることなんて、とてもじゃないけど出来そうにもなかったのですから。

自分を受け入れられないのが怖くて。

自分を受け入れてくれる誰かも怖くて。

私はずっと、私を演じている。



 私はきっと、私になりたいんだ――――。 

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