メリル&シープドッグ
よもぎパン
天使と悪魔
人は死んだらどこへ行くのか。どうやらそれは人類の永遠のテーマらしいが、言わせてほしい。どこかへ行けると思うな、と。
それこそ永遠に続いているのではと錯覚する階段を下りながら、私は溜息をつく。
薄暗い階段。あの世とこの世を繋ぐ橋。
人は、その生命を終えれば天国か地獄へ行くのが通例だと思っている者がほとんどらしい。確かに、肉体が朽ちればその魂は審判を受け、それぞれ天国と地獄へと割り振られる。
しかし、そうならない魂が少数ではないことを、彼らは知らなさすぎる。
「やあ、メリル」
「こんにちは、シェルウィン」
「なんだい、畏まって。シェルティって呼んでくれよ、きみと僕との仲じゃないか」
二股に別れた階段の、その先から姿を現した黒髪の男。男、というのもおかしな話だ。我々には性別など存在しない。
「きみと組むのも久々だな。嬉しいよ」
そう、シェルウィンはダンスのステップでも踏むように私の隣へと並ぶ。そうして、鼻歌を歌いながらその長い脚を蹴り出した。
シワひとつない漆黒のスラックス。相変わらずきっちりと着込んだ同色の背広とネクタイに、苦言を漏らさずにはいられない。
「また、そんな格好で」
「死者に会うんだ。正装でないと」
「
「それはきみに任せるさ、メリー」
「…………」
「ああ、可愛い顔が台無しだ、僕の天使」
人は死んだらどこへ行くのか。天国、もしくは地獄へと行けた者は成功者だ。ほとんどの魂は現世に留まり、苦しみを繰り返す。しかし、それでは天国と地獄、果ては現世のパワーバランスが崩れてしまう。
そこで作られたのが、
天国も、地獄も、エネルギーを持った魂を逃したくないのは同じだ。そして、得てして現世に留まるのは強い思念を持った魂である。
昔は狩り獲ったもん勝ちの無法地帯で、地上も荒れ放題だったとか。だからこそ、天国と地獄は手を組んだのだろう。
迷える子羊案内所。その名の通り、現世に留まっている死者の魂――我々は『
バディと言えば聞こえはいいが、結局のところ、互いが互いの見張り役なのである。
「今回の羊、あなたはどう見る?」
「んー、若い女の子だっけ。恋人、両親、あとはー……やり残した仕事とか?」
「最後のはないでしょう」
「メリー、今や時代は21世紀だぜ。女性だってキャリアを積む時代だよ」
部署から持ってきたファイルをめくりながら、シェルウィンは呆れたように言う。
今回、我々が担当するのは22歳のアイリス・グッドマンという女性だ。三週間前に飲酒運転のトラックに撥ねられ即死。それからずっと現世に留まり、周囲に様々な影響を及ぼしている。
「品行方正、心優しく、見た目も美しい。こんな子、映画でしか見たことないよ、僕」
「裁判にかけても間違いなく天国行きでしょうね。説得がラクで助かるわ」
「やる気失うよねぇ、出来レース」
そう、ファイルを投げ捨ててシェルウィンはぼやく。
「仕事はきっちりして貰わないと困る」
「もちろん。神の名のもとに、メリル&シープドッグの名に恥じない仕事を。アーメン」
演技がかった仕草で十字を切る男を無視し、行きついた鉄の扉を開ける……も、激しいクラクションの音に思わず腕を引いた。
ああ、もう。これだから現世って嫌い。
「今回はどこに出た?」
「大通りのマンホール。最悪ね」
「前回の地下鉄に比べたらまだマシだろ」
「いつかの死体安置所よりもね」
「下がって、僕が開ける」
我々、迷える子羊案内所職員は地上に下りるとき、人の姿を借りることが多い。
白人男性の姿を借りたシェルウィンは、女の姿をしている私より身体が丈夫らしい。私を庇うようにドアの前へと進み出た広い背中に、小さく溜息をついた。
「人種差に男女差。人間って本当に不便ね」
「自分だって昔は人間だったくせに」
「何百年も前の話よ」
「そこを忘れちゃいけないよ」
僕らは特にね。そう言って、先にドアを抜けたシェルウィンは私に手を差し出す。それに掴まれば、ぐい、と引き上げられた。
「横向きから縦に出る感じ、慣れない」
「僕らも万有引力からは逃れられないのさ。さっさと行こう、このままじゃ僕達が迷える子羊になっちまう」
確かに、と答える前に横抱きにされる。そのまま道路から歩道へと駆け出した男に、街の誰かが「撮影?」と囁いたのが聞こえた。
確かに、ニューヨークの大通りをお姫様抱っこで走る男なんて、私も映画でしか見たことない。
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