第22話 柚木天音という少女


結局一睡もできなかった俺は学校へ行くために制服を着て、見出しなみを整える。

メイドに抱きしめられた俺は離れたくても力が敵わずそのまま抱き合ったまま寝ようとしたのだが、当然寝れるはずもなかった。

メイドは寝れずに奮闘する俺のことを気にすることもなくすやすや眠るのだからこいつの無神経さが欲しいとこれほどまで願ったことはない。


俺が靴を履いて、いざ学校へと行こうと部屋を出ようとした時インターフォンが鳴った。


「やほ〜ゆうさん」


ドアを開けるとそこにはゆるふわ茶髪ロングでマイルドな笑顔を俺に向ける柚木が居た。

マイペースな性格でいつも制服を着崩している。


「柚木だったよな」


彼女は他の黒崎、西園寺、メイドよりもほとんど会話したことがないのでどのような人かよくわからない。


「そうだよ〜。ゆうさん私を忘れているんだ〜。酷いな〜。でも記憶喪失だから仕方ないか〜」


「それで何で俺の家がわかるんだ?」


「私たち付き合っていたからだよ〜。本当忘れているんだね〜。ゆっくり私たちの時間を思い出そうね〜」


今にも寝そうな雰囲気が漂う少女。可愛い顔で朝インターフォン鳴らしてくれるのは有り難いが俺たち付き合ったことはないと思うんだが。


「そ、そうだな」


否定してもめんどくさそうなので素直に同意しておく。すでに他の三人でもこういうやりとりは経験済みだ。


「ゆうさん一緒に学校行こ〜」


「わかった。でも本当休めないな」


一日中彼女たちの相手をしているのだから一人になる時間が欲しいものだ。


「私がそんなに嫌〜?」


「いや、そんなことないけど。昨日寝れてなくて」


「ゆうさんお疲れ様だね〜。なら私が癒してあげようか〜?」


「い、癒すって?」


「電車に乗ってる間。私の膝使っていいよ〜。ゆうさん専用の特別だよ〜」


「い、良いのか?」


「そのかわり。ゆうさんの横に居る女狐が消えてくれればね〜」


気づけば俺たちのやりとりを不満顔で見ていたメイドが横に居た。


「柚木さん。それは出来かねる申し出でございます。ゆう様を膝枕するのはメイドである私の役目であります」


「ルールはどうなったの〜?私楽しみにしてきたのに何で異物がついてくるのかな〜?早く消えて」


「メイドはご主人様の所有物です。ご主人様に付き添うのはメイドの義務です」  


「え〜?それって長峰さんの勝手だよね〜?ゆうさんと離れたくないからって適当な理由つけてついてくるのやめてくれない〜?」


「私はゆう様の身の回りの世話をしなければなりません。なので片時も離れることはできません。どうかお分かりしていただきませんか?」


柚木との会話の中でもメイドは表情を崩さないのだから凄いものだ。


「いやそうじゃなくて〜。もういいや。だったらゆうさんは長峰さんがついてきてもいいの〜?」


「え、えーと」


「ゆうさんが長峰さんをメイドにしているなら私も立候補しようかな〜。そしたら片時も離れなくて済むんでしょ〜?」


「わ、わかった。メイド...先に学校に行っててくれ。それとややこしくなるからルール守ろうな」


これ以上メイドを増やしたくない。

俺は優しくメイドに言い聞かせる。


「ゆう様...。また私を1人にするのでしょうか?」


俺の言葉を聞いたメイドは悲しげな表情をする。


「ご、ごめん。俺でできることなら何でもするから...。お願い」


「申し訳ありません嫌な言い方でした。ゆう様に謝らせるつもりはなかったです。ですがゆう様がそう仰るなら従います。それと今言ったことは絶対忘れません」


「あぁ。悪いな」


「ではゆう様。柚木さん。お先に失礼します。また学校でお会いしましょう」


「また学校でな」


メイドは俺たちの横を通り過ぎ、1人学校へと向かった。


「ゆうさん〜。いつの間あんなに長峰さんと仲良くなったの〜?」


「べ、別に仲良くなってないぞ」


「そう〜?私にはそう見えたけど〜。まぁ良いや〜。私もゆうさんと仲良くなれば良いだけだし〜」


「そ、そうだな」


「何その返事〜?私と仲良くなりたくないの〜?」


「なりたいです。仲良くしてください」


俺はこの柚木という少し毒舌な少女に逆らうことはできそうになかった。

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