休日
アール
休日
「さぁ、お目覚めください。
お勤めの時刻に遅れてしまわれますよ……」
私はその機械的な声で目を覚ました。
目覚まし時計はいつも正確だ。
ちゃんとぴったり6時に私を起こしてくれる。
体をベットから動かし、リビングへと向かった。
そして軽く朝食を取る。
ふとその際、私は気になったことがあったので声に出していった。
「おい、今日は何曜日だ」
するとコンピューター音声は私の疑問にすぐさま回答を出し、答える。
「はい。
今日は金曜日。
明日は土曜日で、お勤めはお休みの日です」
「そうか、分かった」
私は朝食を食べ終わると、歯を磨いて髭を剃った。
そしてスーツを着て出勤。
途中で会社の上司と一緒になった。
「きみはいつまでも昇進しないな。
いつもあくせく働いてはいるが、パッとした功績を残していない。
もっと結果を意識して働きなよ。
勤務態度は100点満点なのだから……」
「ははは。
まぁ、努力をしてはいるのですがね……」
数年前までは部下であった年下の上司にそんな風に好き放題言われているが私は気にも留めなかった。
「あ、そうだ。
聞いたか?
今年から明日の連休、5連休になるのだそうだ。
思いっきり羽を伸ばせて最高だな。
僕は久々に、妻とリゾート地にでも行こうと思っているよ。
……きみは何か予定があるのかい?」
「いや、特には……」
私は力なく答えた。
休日の話は出来ればして欲しくないものだ。
そんな私の様子を違う意味で汲み取ったのか、上司は哀れむような目で見つめてきた。
「…………そ、そうか。
まぁ、きみも早くいい人を見つけられればいいね」
そう言うと上司は先に私を置いて会社の中へと入っていった。
その様子を見ながら私は大きくため息をつく。
「逆だよ。
永遠に休日なんてこなければいいのに」
私はいわゆる指示待ち人間だ。
言われた仕事は100点満点でこなすが、それ以外の事はやらない。
何をすればいいか分からないのだ。
優柔不断、積極性皆無。
こんな私に友人や恋人など出来るはずもなく、休日は家で残った仕事をこなすなどして潰す。
だが最近、それもだんだん苦痛に感じてきた。
その人が好きに過ごしていい日だからこその休日。
なのに周りの友達以下である知り合いは、
「せっかくの休日なんだ。
外に出ないともったいないぜ」
という風に好き勝手言いやがる。
自分の考えを私に押し付けるなってんだ。
そんな考えが今の社会に蔓延しているからこそ、私のような人間が居づらく感じてしまう。
まるで喫煙者にでもなったかのような気分だ。
だからその反面、私は仕事が大好きである。
階級は一番下の平社員。
給料も少なく、残業も押し付けられ、好き勝手上司に命令される。
だが、私にとってはそれが最高なのだ。
仕事に、自分の感情は持ち込まなくても良い。
いわば心なきロボットのようになれるのだ。
私のような重度の指示待ち人間にとって、これほどまでにぴったりな環境は他にない。
そんな事を考えていると、腕に身につけている腕時計が小刻みに揺れ始めた。
いけない、そろそろ行かなくては。
私も上司に続いて中へ入った。
そして自分のデスクの席に座る。
……ふぅ、この座り心地。
そしてこの眺め。
仕事にしか喜びを見出せない私にとって、これほど素晴らしいものはないのだ。
そんな事を思いながら書類をめくっていると、
先程の上司がただ事ではない顔をしてやってきた。
「おい、社長が呼んでるぜ。
一体何をやらかしたんだ」
私は上司に連れられて社長室に向かう途中、過去の行いを頭の中で巡らせた。
はて、いったい何の件なのだろうか。
何か仕事にミスがあったのか?
いや、それは考えられない。
私の仕事はいつも完璧。
ミスなどした事がないからだ。
じゃあ一体何なのだろう?
しかし一向にその答えは出ぬまま、社長室に到着した。
上司が扉をノックし、
「失礼します。
連れてまいりました」と大きな声で言う。
すると、
「入りたまえ」と返事が中から聞こえた。
私は上司と共に中へ入り、姿勢を正して頭を下げる。
それをみて社長はうなづいた。
「よく来たな。
きみの話はよく聞いているぞ。
パッとした結果を残した事はないが、勤務態度は悪くなく、仕事に対する情熱は確かだとね」
「はぁ……」
「だからきみに、いい話を持ってきた。
昇進だ。
君を主任に任命する。
すぐにデスクを移りたまえ」
……なんだって!?
私は耳を疑った。
それではこの私に部下ができるという事ではないか。
指示待ち人間である私が誰かに指示を下すなんて。
そんなこと出来るわけがない。
「わ、私には無理です。
主任だなんて恐れ多い……」
私は必死で拒否したのだが、それを違う意味のように捉えた社長は感心する。
「ははは、君は謙虚なやつだな。
だが必ずなってもらうぞ。
これは命令なのだ。拒否はできない」
その言葉に私は絶望した。
植物人間のように心を持たず、仕事に従事する。
それが私の幸せであり、
未来の理想でもあったのに…………。
だが上司も社長と同じく、
そんな私の気持ちとは裏腹に笑みを浮かべている。
「おい、良かったな。
待ちに待った昇進じゃないか。
これで君もようやく主任だ。
係長である僕の一つ下だよ。
これからもしっかり働い…………」
彼はその言葉を最後まで言い終える事はできなかった。
私の怒りに満ちた拳が顎にクリーンヒットしたからである。
そのまま彼は、泡を拭いて社長室の床に倒れ込み、ぴくりとも動かない。
気絶したようだ。
その様子を見た社長は呆然としていた。
そんな彼に向かって、私は言ってやる。
「……おい、ハゲ。警察を早く呼びやがれ。
刑務所にでもなんでも今すぐ行ってやる。
主任になんてなるくらいなら、囚人になった方がマシだ……」
こうして私は捕まった。
裁判にかけられ、懲役2年の禁固刑を受ける。
護送車に乗せられ、刑務所へと連れて行かれた。
そして現在、私は塀の中で暮らしているが
ここでの暮らしは悪くない。
むしろ、今までのより最高だ。
刑務所なので休日はなく、刑務官という絶対的上の立場の人間がいる。
またそれだけではなく、刑務所は会社よりも上下関係が厳しい。
早速、新人である私をシメようと、何人もの屈強な囚人たちがトイレでぐるりと取り囲んだ。
そして私をやりたい放題に殴ると、頃合いをもって引き上げていく。
私は血を吐いて倒れ込みながら、笑顔でこんな事を呟いていた。
「裁判長は懲役2年だと言っていたな。
こうしちゃいられない。
刑務所の中で出来る限りの悪をやらなくては。
刑期がうんと伸びるほどの悪を……」
休日 アール @m0120
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