★IF:第八話 ユージと掲示板住人たち、移住してきた開拓民に開拓地を案内する
「えっと、ここがみなさんの家です。素人が作った仮屋なんですけど……」
「ユージさま、その、私たちが住んでいた家よりも立派に見えるのですが」
「え? 中に入ってみましたけど、すきま風を感じましたよ?」
「なあに、そんときゃ目張りでもするって! それかセリーヌに皮を獲りに行かせるかだな!」
「おうエンゾ、ウチのを使いっ走りにする気か?」
「ブレーズ、そんな、『ウチの』だなんて……」
「狩りニャら私が行く」
「あの、ボクはまだ狩りに行けないけど、がんばって解体します!」
顔合わせと自己紹介らしきものを終えたユージは、移住者たちに開拓地を案内していた。
最初に連れていったのは、トリッパーたちが四苦八苦しながら建てた住居だ。
素人の大工仕事による、三棟の仮屋である。
「それぞれ一棟ずつを予定してたんですが、その……」
「あのねえ、いまもうひとつおウチを作ってるんだよ! ふーふはいっしょに住むものなんだって!」
言いづらそうに切り出すユージをさえぎって、アリスがニコニコと元冒険者たちに話しかける。
ユージたちが建てた仮屋は、一階建ての平屋で間仕切りはなく、単なる大部屋だ。
獣人一家、元冒険者、針子、それぞれ一棟ずつ提供するつもりだが、元冒険者組には二組のカップルがいる。
家族や仲間で使う分には一部屋でも問題ないが、たしかに夫婦で分けた方がいいだろう。
アリスは理由まではわかっていないだろうが。きっと。
「ははっ、気にすんなってお嬢ちゃん。引退したって言っても俺たちは冒険者だ。別にテント暮らしでも問題ねえからよ」
「エンゾ……じゃあドミニクたちにここを使わせて、俺とセリーヌはテントにするか。エンゾは別のテントだな」
「わかってたけど! くっ、速く信頼を勝ち取ってイヴォンヌちゃんに会いに行けるようになってやる! いや文字を覚えて手紙を書くのが先だな!」
「え? それぞれ一棟ずつ? ま、待ってください、それじゃまさか、僕とユルシェルが同じ部屋で」
「もう、なにぜいたく言ってるのよヴァレリー! それとも私と同じ部屋はイヤなの? だいたい針仕事をするのは同じ部屋でしょ?」
「えっイヤとかそういうんじゃなくてその僕たちは男女なわけで若い男女が一つ屋根の下で暮らすってその」
「おいおいおいイチャイチャがはじまったぞ」
「撮れ! 撮るんだ動画担当! 通じない音声の吹き替えは洋服組Aがやる!」
「えっ俺?」
「ユルシェル役はユニク○店員さんで! あ、でもやっぱイラっとするからナシで!」
「落ち着け。この世界と元の世界、どちらかに統一しなければ吹き替えはうまくいかないはずだ」
「そこの元冒険者さん、『イヴォンヌちゃん』とはおいくつでしょうか?」
「黙れロリ野郎! 元冒険者のおっさんの想い人が幼女なわけないだろ! ないよな?」
ユージの後ろをついてまわる移住者たちは大騒ぎである。
その後ろをついてまわるトリッパーたちも大騒ぎである。
トリッパーたちが移住者に話しかけないのは、相手がなじみのない人だからだろう。恋愛の気配に怯えているわけではない。たぶん。
「えっと……」
「ユージ、気にせず開拓地を案内しよう。細かなことを気にするのはその後でいい。防衛策の強化もな」
「あっうん」
カオスになりかけたユージとトリッパーたちを落ち着かせたのはクールなニートだ。
元冒険者たちの登場で防衛と訓練の強化に前のめりになったが、少しは我を取り戻したようだ。幸いなことに。
その様子を見て、コタローはわふっと呆れたように息を吐く。もう、こいつらはほんとに、とでも言いたいのだろうか。コタローは、引きニートだったユージを見捨てられないほど情が深い女なのだ。
そのユージが立ち直りかけたいまは、トリッパーたちに悩まされているようだ。苦労性な女である。犬なのに。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「ユージさん、これは……?」
「あれ? ケビンさんに見せてませんでしたっけ?」
移住者たちに仮屋を案内したユージが次に向かったのは、ユージの家の近くに作られた施設だ。
裏手にあるトリッパーたち用の家でも、野外トイレでもない。
「当初はユージの家、もしくはホースを伸ばして水を使っていたのですが、人数が人数ですから。戦闘指南役と農業指導者を探しはじめた時点で作ったんです」
クールなニートが誇らしげに示したのは、給水のための施設だった。
といっても、それほど複雑なものではない。
「あのねえ、アリスたくさんお手伝いしたんだよ!」
「ああ、アリスはすごかったなあ。みんな、『アリスのおかげでできたんだ』って褒めてたぞー」
「えへへー! アリス、火まほーがとくいだけど土まほーも使えるんだあ!」
ふんす、と胸を張るアリス。
ユージとトリッパーはそんなアリスをデレッと見つめ、移住者たちは施設を呆然と見つめている。
給水といっても、トリッパーが暮らす平屋や新たに建てた仮屋そのものに水を供給できるものではない。
単に、ユージの家から出しっ放しにした水を溜めるだけの場所で、大部分をブルーシートで覆ったプールである。
「利便性を考えて、地面を1メートルほど押し上げてから作った貯水槽……いえ、土を固めただけですから、溜め池と言った方がいいかもしれません」
「ユージさま、溜め池にしてはすごくキレイですが、そのまま飲めるのでしょうか?」
「えーっと、元はうちの水道の水なんですけど、時間が経ってるのでそのままは止めておいた方がいいと思います。飲み水はあっちのタンクですね」
「な、なあ、あの奥の仕切りはなんだ?」
「あっちにはシャワー室があります。ただお湯を使うにはウチにいる誰かに声をかけてもらうか、アリスにお願いしないとですけど」
ユージの家の生垣とプールの間には、木の板で仕切られた場所があった。
上には、トリッパーが持ち込んだポリタンクが設置されている。
高低差を利用した簡易シャワーである。
基本は水で、お湯のシャワーにするには直前にユージの家から提供してもらうか、アリスに頼む必要があるらしい。
「おおっ、すげえなこの開拓地! 水が豊富ってだけでラクなもんだぜ!」
「おいエンゾ、ちょっと落ち着け。ユージ殿は開拓団長だぞ」
「たしかに俺が開拓団長なんですけど、そんなにかしこまらないでください。むしろ落ち着かないというか」
「お兄ちゃん……」
「ありがてえ、ユージ殿。俺たちァ冒険者だからよ、敬意を払ってねえわけじゃねえんだが、どうしてもなあ」
ユージの家は電気、ガス、水道、ライフラインが使えてネットも通じる。
新たに移住する開拓民が最も恩恵を受けるのは、水道かもしれない。
未開の地における水とは、それほど貴重なものなのだ。
10人の移住者は、水の心配がいらず、水場が近いことに喜んでいる。
「あと、飲み水は毎朝配ることにしてます。空のポリタンクやペットボトルに」
「ユージ、それは持ってないだろう。こっちでは水瓶や水を入れる皮袋だな」
「あっ、そっか。とにかく持参してもらって、そこに飲み水を配っていきます」
「ユージさま、朝もらいそこねたら、もしくは足りなかった場合はどうなるのでしょうか?」
「俺か、家にいる誰かに言ってくれればまた出しますよ」
ユージの答えを聞いて、犬人族のマルセルが胸を撫で下ろす。
毎朝配ると聞いて、配給制を想像したのかもしれない。
現実は、単にユージの家の蛇口の数が限られているために決められたルールだ。
トリッパーたちはその時間を外れても自由にユージの家の水道から水を補充している。
ひとまずユージたちは、新たな開拓民をユージの家、謎バリアの中に入れるつもりはないらしい。
「じゃあ次は、畑を見に行きましょうか!」
「忘れるなユージ、あとは訓練所と柵もだ。みなさんの職場になるわけだからな」
「おやおや、ウチの従業員、針子の二人のことも忘れないでくださいね?」
開拓民として気になるだろう住居と水場を案内したユージたちが次に向かうのは畑、その次は戦闘訓練している場所と防衛施設になるようだ。
もともと今回の開拓民たちは、農業指導者と戦闘指南役として移住することになったのだ。
いわゆる「職場紹介」である。
もっとも畑はまだ小さく、防衛施設は木の柵があるだけなのだが。
「よしよしよし、これで畑仕事を相談できる!」
「戦闘訓練かー。でもドングリ博士のアレは見せないんだろ?」
「働く獣人さん……それはそれで……」
「ねえねえジョージ! ベテラン冒険者さんに聞いてみようよ! 例のアレはいますかって!」
「そうかルイス、彼らなら知ってるかもな! よし!」
「『よし』じゃないわよ二人とも! ほら時間はたっぷりあるんだし、焦らなくても、ね?」
「サクラさんはやっぱりユージの妹だった件」
「あー、あんまりいい画が撮れないなあ。いっそゴブリンあたり出てこねーかなあ」
『フラグ建てるな動画担当! 俺、遠距離攻撃しかしないからね!」
ユージとアリス、クールなニート、ケビン、移住者に続いて、トリッパーたちもぞろぞろと歩き出す。
ユージの横を歩いていたコタローは、振り返ってくぅーん、と力なく鳴き、新たな開拓民に目を向ける。だいじょうぶ? あきれられてやっぱりやめ、とかいいださない? とばかりに。
いまのところ大丈夫なようだ。
いまのところ。
ともあれ。
ユージがこの世界に来てから三年目、トリッパーたちにとって最初の異世界の秋。
開拓地は10人の異世界人を迎え、新たな生活がはじまるようだ。
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