★IF:第七話 ユージと掲示板住人たち、移住する異世界人たちを開拓地に迎える
その日、ユージとトリッパーたちはそわそわしていた。
通常であれば班ごとに活動、あるいは休んでいるものの、今日は文字通りの全休。
32人と一匹は、森の前に集まって獣道を見つめている。
「たのしみだねユージ兄! ケビンおじちゃんまだかなー!」
「楽しみ、そうだねアリス、楽しみだね。……ちょっと不安もあるけど」
掲示板にも相談して、ユージとトリッパーたちが採用を決めてからおよそ一ヶ月。
夏も終わりを迎えた今日、開拓地に移住者が到着する予定なのだ。
全員が集まるのも当然だろう。
面接の動画は見ているものの、大半のトリッパーは直接会うのがはじめてなのだから。
「ついに……ついに獣人さんと一緒に生活を……」
「ご結婚予定のカップルが二組ですか。いつおめでたがあってもおかしくありませんねえ」
「ケビンさん以外からこの世界のことを聞く機会だ。冒険者ともなれば商人とは違う知識もあるだろう」
「戦闘指南役か。まずは防衛施設を相談して、防衛計画と戦闘訓練のマニュアルを……」
「ジョージジョージジョージ! 獣人さんだって! 毛並みを参考にできるかなあ!」
「ルイス、この世界の戦闘も見られるかもしれないぞ! ゾンビ対策を聞かなくては!」
「日常に異世界人! 撮りまくるぞカメラおっさん!」
「テンション上がるな動画担当! もっと機材を持ち込めばよかった!」
「もう、はやく下着を作ってもらわなくちゃ。でもゴムもないし布も限られてるし、高品質のは難しいかなあ」
「……すっげえ不安。俺、ちゃんと会話できるかなあ」
「心配するなって名無し! 俺たちが会話しなくてもみんながいるんだから!」
「会話と言うか、俺はコイツらが心配なんだけど。クールがクールじゃなくなってるし」
異世界に来ることを望んだトリッパーたちの前に、異世界人がやって来るのだ。
それも一時的ではなく、ともに生活する開拓民として。
期待と不安でテンションがおかしくなるのは当然だろう。
アリスと手を繋ぎ、コタローに励まされるユージは落ち着いている方だ。
ちなみに今日到着予定というのは、ケビンが開拓地と街を往復して、わざわざユージたちに知らせにきたのだ。
『戦う行商人』は、辺境の大森林をソロで往復できる実力の持ち主なのである。
そわそわと騒がしいユージとトリッパーたちをよそに、静かにおすわりして彼方を見つめていたコタローが、すっくと立ち上がる。
ピクピクと耳を動かして、アオーン! と遠吠えした。
「コタロー? もしかして」
コタローの勇姿を見て、ユージは獣道の先に目を向ける。
ユージだけではなく、騒いでいたトリッパーたちも静かに。
しばらくそのまま静かな時が続いて。
やがて、声が聞こえた。
「おーい! ユージさーん! みなさーん!」
ケビンである。
先日、街から移住者を連れてくるとユージたちに伝えにきたケビンである。
「おおおおおお! ついに!」
「ああああああ! ほんと緊張してきた! 頼むぞユージ!」
「おいユージに会話を任せてどうすんだ。頼むぞアリスちゃん!」
「幼女……ま、まあアリスちゃんは人懐っこいし!」
「よっしゃ俺獣人さんを迎えにいってくる!」
「待て待て待て、もう着くから。落ち着けケモナー」
「機材よしアングルよし。んじゃおっさん、俺はこっちで動画まわすから予定通りに」
「了解、動画担当。画角に入ってたら注意してくれ」
「全員、警戒を緩めるな。襲いかかってくるとしたらこのタイミングだ」
「それはないだろクールなニート。ちょっと引くんですけど」
静かだったトリッパーたちが一斉に騒ぎ出す。
ユージがこの世界に来てから三年目の夏の終わり、トリッパーたちがこの世界に来てから半年弱。
間もなく秋を迎えると、32人と一匹の新たな生活がはじまるようだ。
この世界の住人との共同生活である。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「マルセルです。奴隷ではないのに、まとまったお金をありがとうございました。ご恩に報いるためにこれから従業員としてかんばります。畑仕事はずっとやってきました。それと簡単な大工仕事もできますが……」
トリッパーたちの暴走がおさまると、ケビンの仕切りで新たな開拓民の自己紹介がはじまった。
最初に挨拶したのは、雇用契約を結んで移住してきた獣人の一人、二足歩行するゴールデンレトリバー、犬人族のマルセルである。
居住の自由こそ制限されているが、マルセルは奴隷ではない。
マルセルは奴隷とならなかったことに恩義を感じているようだ。
もっとも、奴隷という形にしなかったのはトリッパーたちの気分の問題だったのだが。あと人身売買は日本に戻ってから裁かれる可能性があるので。
「ニニャ、マルセルのつがい。狩りをしたり家事をしたり料理が得意。よろしく」
続けて、獣人の女性が礼をする。
そっけない口調だが目は好奇心で輝き、尻尾の先が揺れている。
二ニャと名乗った獣人、獣人一家の母親は猫人族で、二足歩行する黒猫だった。
「お母さん、それじゃニニャになっちゃうよ。お母さんの名前はニナです。ボクはマルクです。あ、あの、ボクも一生懸命働きます!」
猫人族の獣人はニニャではなくニナだったようだ。
猫人族にとってナ行は言いにくいのである。いや、そもそも言語体系としてナ行……英語を話しているはずのジョージとルイスとも、この世界に来てからは言葉が通じるのだ。いまさらである。
「えーっと、開拓団長のユージです。なんで俺が団長なのかわからないけど……まあその、よろしくお願いします」
挨拶に応えたのはユージだ。
アリスとコタロー、30人のトリッパーたちの自己紹介はあとまわしにしたようだ。人数が多いゆえの判断だろう。
もっとも、間近で見る獣人たちにトリッパー達はそれどころではないようだが。
「おおっ! 毛並みが風に揺れて! 太陽の光を反射してキラキラと! なんて自然なんだ! なんてアメイジングなんだ! 毛並みの下の筋肉も見せてもらいたい! ああ、骨格も気になる!」
「落ち着けルイス。気持ちはわかるが、彼らはちゃんと存在しているんだ。気を悪くしたら見せてもらえないだろう?」
「もう、二人とも! はあ、せっかくお兄ちゃんがちゃんとしてるのに……」
間近に見たリアルな獣人に興奮している者がいる。
CGクリエイターのルイスとデザイナーのルイスである。
きっと、自分たちが表現できなかったリアルな獣人にテンションが上がっているのだ。表現のための知識であって性癖ではない。きっと。
それに「リアル」というか実在しているのだが。
「よっしゃああああああ! 獣人さん! 獣人さんが三人も! でも、人妻、人妻? に男に男の子かあ……マルクくんならアリ? ヤバい何かに目覚めそう」
「おいやめろケモナー! ケモナーでショタで性別問わずって性癖盛り過ぎだろ!」
ほかのトリッパーに羽交い締めにされながら、獣人一家に近づこうとする者がいる。
ケモナーLv.MAXである。
農業指南役としての採用と家族での移住が決まって感涙した男である。
興奮するのも当然だろう。
なにしろケモナーLv.MAXは、獣人に会いたくて異世界行きを望んだのだから。
「くっ、カメラもカメラマンも足りねえ! ユージ、そこで握手を! マルセルさんの目を見て! だあっ、下がれケモナー!」
「この世界に来なければ撮れなかった写真か……ああ、人を撮るのがこんなに楽しいなんて」
獣人一家やユージのまわりを、カメラを手にウロウロする者たちがいる。
検証スレの動画担当とカメラおっさんである。
モンスターとの凄惨な戦いではなく、獣人。
しかも、街と違って隠し撮りではなく思う存分に。
撮影を担当する二人のテンションも振り切れたようだ。
「移住を決断していただいてありがとうございました。さっそく開拓地の防衛と訓練について相談したいのですが」
「あ、ああ、それはかまいませんけど……その、ユージ殿やみなさまに挨拶して、荷物を置いてからでもいいですか?」
「落ち着けクールなニート! ああもう、誰だコイツをクールって呼び出したヤツ! ちょっとおかしな戦闘狂じゃん!」
獣人一家と群がるトリッパーたちをしり目に、引退して移住してきた
クールなニートである。
自己紹介のあとは簡単に開拓地を案内して、などと自分で段取りを組んでいたのに自分で台無しにしている。
元冒険者たちがちょっと引き気味になるほどに。
「ほら見てヴァレリー! あの服も! あの服も見たことない! あの布なんてなんかテカテカしてるし! やっぱり来て正解だったわ! ありがとうケビンさん!」
「ちょっとダメだってユルシェル! まだ自己紹介もすませてないんだから! ほら近づかないで落ち着いて! あ、ほんとだ、なんだろこの布。蠟引き? でもないし……」
「えっと、これは風を防いでくれるヤツで、その、春先にオススメだって店員さんに勧められて」
騒がしくトリッパーに近づく者もいる。
ケビンが雇用した針子の二人、ユルシェルとヴァレリーだ。
ナイロン素材が気になったらしいユルシェルは手を伸ばして、むしろ洋服組Bが引き気味だ。
正式な開拓地であるユージの家の周辺は大混乱である。
ともあれ。
ユージとアリス、コタローとトリッパーたちは、新たな住人を迎えた。
農業指導者の獣人と一家が合わせて三人。
戦闘指南役の元3級冒険者パーティと拠点管理担当、合わせて五人。
外貨を稼ぐこの世界にない服の開発担当として、針子の二人。
合計10人の、この世界で暮らしていた人々である。
これでユージの家とその周辺に住むのは、42人と一匹。
クセの強い人々によるカオスな生活は、ますますカオスになりそうだ。
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