東京喰種SS 0番隊外伝

HIASOBI

第1話 和修家の本当の長男

 和修家はの一族だ。私は和修 タケル、現CCG局長和修 吉時のである。といっても、正室の子ではない。側室のうち吉時が最も寵愛した女喰種の子である。私は父が正室との正式な婚姻を結ぶ前にこの世に生を受けた、いわば存在であった。正室と違い、側室はヒトであったり喰種であったりするわけだが、たまたま私の母は喰種だった。母は父を誑かす危険な存在として、私を生んだ直後にこの世から消された、と聞かされれている。私に残されたのは、母から受け継いだ美貌だけだった。

 

 私は吉時の産んだ子供の中で誰よりも赫子の扱いに長けていた。赫子の技術だけでなく、その大きさ、汎用性など、ここ数年の和修家の中で最も優れた才能を持っていた。和修本家の子どもの一部は皆「人間として生きるための教育」を施される。いわば和修家における「エリートコース」だ。私はそこでも優秀な成長ぶりを発揮した。そこに整った顔立ちも相まって、私は使用人らに可愛がられて育った。

 そんな私が6歳の時に、吉時は正室との間に子供を授かった。名を政といった。政にははっきり言って戦闘の才能がなかった。初めて赫子が発言したのは彼が5歳になってからだっだし、赫子も小さく、動体視力もよくない。おまけにお世辞でもイケメンとは言えない凡庸な顔立ち。訓練で私が政の相手をしたこともあったが、私の幼いころとの力量の差は誰の目にも明らかだった。このような状況を見て、使用人の中には「武こそが吉時の後継にふさわしい」というものまでいた。私もそう思っていた。長男であるのだから。


 しかし現実は厳しいものだった。本妻の子ではない私は15を過ぎたころには人間としての英才教育から外され、「V」として和修の血統を守る役割に回った。英才教育は政に集中的に施されるようになった。「V」ではかつて経験したことのないような年功序列社会が待っていた。今まで受けてきた誇らしい待遇からの転落。私は納得できなかった。自分のほうが政よりもすべてにおいて優れている。それに和修分家の血を引いているわけでもない。若き頃の吉時に過ちがあったとしても、私は正真正銘、吉時のなのだ。どうして私がこんな不当な扱いを受けなければならない。数年後、私は反抗の意を込めて「掟破り」を繰り返すようになった。和修家にはヒトとして生きるために幼少期から「掟の順守」を徹底させられる。例えば、「許可のない性行為の禁止」。和修家はその血縁の中で厳格に婚姻関係を管理しており、その相手や側室の数も和修の本流の血を持つ者によって決定される。私にも決められた正室が与えられることになっていたが、私が持つ美しさに魅せられる女は山のようにいた。それらを皆自室に招き入れ、ヒトも喰種も関係なく犯した。避妊はしない。女はいつも喜ばしそうに帰っていったが、一度抱いた女が私の前に姿を現すことはなかった。私の愚行を見かねた年長の「V」どもが集団で私を咎めようとすると、「訓練以外での赫子を使用の禁止」を犯し、その卓越した才能で全員血祭りにあげた。特等クラスとはいえ、クインケだけで私を抑えることはできなかったのだ。それくらいに私は強かったのだ。


 私が吉時に召喚されたのは時間の問題だった。局長室に入ると10数人の「V」の幹部連中が刀状のクインケを手に私を取り囲んだ。は私に問うた。

「Vとしての待遇がそんなに不満か」

「ああ、不満だね。あなたの長男は私でしょう?政は頼りないという声もあります。そんなにが重要ですか」

父は表情を変えない。

「和修本家にとって戦う力はそれほど重要ではないのだよ。政はお前にはない状況分析能力を持っている。時期局長としてはそちらのほうが重要だ。将来的には海外の局で経験を積んでもらうことになるだろう」

「本家は温室で守ってもらえますからね」と皮肉を込めて反撃する。

「このまま愚かな行為を続ければ、お前は和修家の血縁からも抹消される。それでもいいのか」

「そうですね、実の父親を殺すのも悪くない…!」

にやりと微笑むと私はその場で高く跳躍した。そのタイミングで床に仕込んでおいた鱗赫の分離赫子が「V」どもの膝から下を真っ二つに切り裂いていく。上手く躱した一人の攻撃も私にはスローモーションに見えた。

「普段から赫子を使わないと、動きが鈍るだろう!お前らは弱い!」

クインケを赫子でへし折り、切っ先を赫包に突き刺すと、たちまち血を吹き、おとなしくなった。

「どうです、父上!そんなところに座っていないで、私の相手をしてくださいよ…」

その時だった。背後から目にも止まらぬ速さで近づいてくる気配。しかし殺気は感じ取れない。どこだ!私が振り返るタイミングでは私のさらに背後に回っていた。

「はやッ…!」と私がつぶやく間に、は私の太い鱗赫と両腕を切り刻んでいく。たまらず私が跳躍すると、ようやくの全貌を視界にとらえた。紺色の髪に、黒縁の眼鏡。

「子どもか…ッ!?」

空中で守る術を失った私の決死の攻撃に対し、彼は顔色一つ変えず、で応じてくる。攻撃をいなした彼はそのままユキムラを私の赫包に突き刺す。

「クソッッッッッッッッッッッ…!」

着地した私は出すが早いか、その場からの逃走を試みる。吉時が座るデスクの背後にしか窓ガラスはない。

「どけッッッッ!クソ親父ィィ!」

私の予想に反して吉時は何の抵抗も見せず、その勢いのままガラスを突き破り、私は和修邸を飛び出した。

「…初陣にしては上出来じゃないか」

「…」


 流血が止まらない。再生と思考を同時に行わなくては。

がくるまえに、どこか、どこかとおくへ。

こうして私は「V」から抜け出し、和修家から存在を抹消された。

私が17の時だった。そして、これがのちに「CCGの死神」と呼ばれる、有馬貴将の初陣だった。



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