今様武術秘伝哀話

冷門 風之助 

巻之壱

 その道場は茨城県のつくば市近郊にあった。


 人口が二万いるかいないかの小さな町であるにも関わらず、何故か妙に賑わっていた。


 道場とは言っても、普通の日本家屋の離れのようなところを改造した造りになっており、広さは凡そ二~三十畳ほどはあるだろう。


 その道場の中に、黒い道着に黒帯を締めた者、白帯、茶帯・・・・と、色々だったが、一つだけはっきりとしているのは、門弟の殆どは外国人で、日本人なんかちらほらとしかいない。


 黒人、白人、背が高いの、低いの、男性、女性・・・・様々である。


 しかも驚いたことに、指導員(とでも呼ぶんだろう)にも外国人がいたことだ。


 道場の入り口には分厚い木の看板に太い字で、


『神明無敵流兵法道場、心武館』と書かれてあった。


 俺は道場の沓脱の所に立って、一応礼儀として、正面に祀られている巨大な神棚に向かって一礼をすると、(こう見えても礼儀正しいんだぜ)すぐそばに立って指導をしていた、がっしりした体格で髭面の白人男性に、認可証ライセンスとバッジを提示し、来訪の趣旨を伝え、

『宗家にお目にかかりたい』旨を伝えると、彼は片言の日本語で、

『シバラク、オ待チ下サイ』といい、門人たちの間を縫って、奥へと進んでいった。


 道場の一番奥の、神棚の下あたりで、一際目立つ白い稽古着に袴姿の男性が、外国人の門弟に稽古を付けていた。


 背丈は俺より少し低いくらいで、髭を生やし、総髪にした半白の髪の毛を首の後ろで束ねている。

 歳は、見たところ凡そ六十代半ばといったところだろうか。


 先ほどの門弟が礼をして、その人の耳元で何やら話しかけると、彼は稽古をつけていた門弟と礼をして別れ、俺の方を見ると、大きく手を叩き、

『では、本日の稽古はこれまで』と声を掛けた。


 すると、道場で稽古をしていた大勢の門弟(五十人はいたろう)が、動きを止め、全員訓練されたように整列をし、床に正座をする。


『黙想!』


 俺に声をかけてきた髭面の白人が大きな声を出す。


 全員が約一分ほど目をつぶり、

『直れ!』の掛け声と共に目を開ける。


『先生に礼!』

『お互いに礼!』


 と、まあ、武道の道場にありきたりの光景が繰り広げられ、それから先生が何やら訓示のようなものを垂れ、そして稽古は終わった。


 清掃、後片付けと一連の流れが終わると、

『先生』が俺を手まねで呼ぶ。


 俺は言われた通り道場に上がる。


 板張りの壁には、何やら物々しい武具が掛けてあり、その上には欄間に沿って、門弟の名を記した木札が、ずらりと並べてあった。


(道場の風景なんて、どこも同じだな)そう思いながら、俺は『先生』に近づく。


『お待たせしてしまって申し訳ない。乾宗十郎いぬい・そうじゅうろうさんですな?』


『先生』が俺の目を見ながら、軽く頭を下げた。


『まあ、奥でお話をしましょう』


 彼は先に立って歩きながら、神棚の直ぐ脇の板戸を開けて、先に立って歩き出した。


 何も言わなかったが、俺もその後をついてゆく。


 しかし廊下の光景は壮観なものだった。


 どこかから贈られたものなのだろう。


 表彰状やら、感状やらの類。


 どこかで見たような偉そうな人物と写したような写真が、額に入れて両側の壁沿いにずらりと並べてある。


2~3メートルほど歩いたろうか。


そこにはソファをしつらえた、畳の上に絨毯を敷いた応接室があり、そこに通されると、彼は俺にソファを勧め、自分は俺に向かい合うように座ると、間もなく中年過ぎと思われる白人女性が、湯気の立つ紅茶を二つ載せて運んできた。


 頭を下げ、彼女が下がってゆくと、彼は傍らの朱塗りの箱から名刺入れを出して俺に渡した。


 そこには、


『神明無敵流第四十二代宗家、森尾繁忠』と、名にでかい活字で書いてあった。


『安藤二尉をご存知ですね?彼も私の弟子なんですが、彼が貴方を紹介してくれたんです』


 といい、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。


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