第176話

 フィーナは、アリサの視線が自分の持っている本に向いているのを見て続きを読むべく口を開く。


「クレベルト王家は代々、治癒魔法を得意とする家系でした。諸外国の中でも治癒魔法を持つ者は居ませんでした。その理由は分かりませんが、父王は、その力を外交に利用したのです。そして、治癒の魔法は使うほど自身の身を蝕む魔法でもありました」


 本を朗読していたフィーナを見ながら「なるほどな……」と、アルセス辺境伯は呟くとアリサの方を見る。


「治癒の魔法――、回復の魔法については、いまでは普通に魔法を使える者ならば誰でも使えるものであったな?」

「はい。ですが1000年前の……、アガルタの世界では回復の魔法というのは珍しかったのでしょう。おそらく体質に由来するものかと推察できますが……」

「ほう」

「おそらく使用者の生命力を他者に渡すことで人が本来持つ治癒の力を増幅していたのではないかと」

「だから、自身の身を蝕む物と書かれているのか」

「はい。ですが……」

「そうであるな。自らの妻子を外交の道具に使うなど……、どれほどの愚行であるか……。だが、それが国の長となると難しいところであるな」

「……」


 アルセス辺境伯の言葉に全員が無言になる。

 国の外交というのは綺麗事では済まないからだ。

 有利に外交を展開できるならば、妻子であっても利用するというのは為政者から見れば、自国の国民を利用しないだけ、国民から見れば英雄的行動に見えるのかも知れない。

 当事者から見れば地獄以外の何物でもないが……。


「――それでも、私はアルスを道具だなんて思っていません。それに道具にさせるつもりもありません」


 アリサとアルセス辺境伯が話している中、誰もが無言になったところで凛とした声がその場に響く。

 それは、フィーナの言葉で。


「分かっている。おそらくこれを書いたシャルロット・ド・クレベルトという人物もそれを見越して最初に自らの一族の恥を綴ったのであろう」

「――え?」

「よく考えてみれば分かる。後世に向けて一族の恥を他人に見せるなど普通はありえぬ。必ず美化するものであるが……、それを本に書かれている文章は表現していない。そこから、シャルロットという人物が何を思って書いたのかが見て取れるというものだ。そうであるな? アドリアン」

「はい」


 アルセス辺境伯の言葉に小さくだが、ハッキリとした声でシューバッハ騎士爵アドリアンは頷く。

 それと同時に――。


「そうでした。私は、息子を……、アルスを息子ではなく別の人間として見ていました。転生して一番心細く思っているのは息子のアルスだったのに……」

「仕方あるまい。かの者は我々が持つ知識を遥かに凌駕するほどの技術を知っておるのだ。だからこそ、人として――、そして親として子供にどう接していくのかを考える必要があるのではないだろうか」

「問題は、アドリアン騎士爵殿の意識の問題ですな」


 アルセス辺境伯軍の全軍を指揮する立場であるリンデールは腕を組みながら、シューバッハ騎士爵アドリアンへと視線を向けるが、話を振られたアドリアンは苦笑いをすることしかできていない。

 まだ気持ちの整理がついていないからという理由もあるからだが……。


「ところで、ライラはどうなのだ?」

「妻ですか?」


 アルセス辺境伯は静まり返った空気を換えようと話題を変えるために話を切り出す。


「ライラは、ずっとアルスを息子として可愛がっていますが……」

「ふむ……。それなら、それでよいな」


 アドリアンの答えにホッとしたような表情を見せたアルセス辺境伯。

 そんな彼の様子を見ていて、アリサは思案するような表情を見せる。


「続きを読んでくれ」

「はい」


 アルセス辺境伯ではなくリンデールに促されたフィーナは文字へと視線を落とす。


「ただし、異世界から転生してきた私には……、体を蝕む特性のある治癒の魔法は何ら害の無いものでした。それは異世界から来た人間特有の力が働いたからでした。私の身には常人を遥かに超える強大な魔力が内包されていたからです。それにより治癒の魔法を使っても体を蝕まれることがありませんでした」





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