第175話

「フィーナ。読んでもらえる?」


 アリサからの言葉にフィーナは頷きながら表紙に書かれている文字へと目を落とす。


「異世界アガルタ世界について……」

「この世界に書かれている本ということか?」


 アルセス辺境伯の言葉に、フィーナは神妙な面持ちをしながら頷く。

 そんなフィーナの表情を見て取ったアルセス辺境伯は、顎に手を当てながらアリサやリンデールの方へと視線を向けた。


「アリサ。本には魔法などは……」

「掛けられておりません。そもそも、この文字を読める人間が居るのかどうか……」

「エルフでも読めないのだから必要ないということか」


 リンデールの言葉にアリサは無言で頷く。

 エルフは長寿で知られた種族であり純血種のエルフに至っては人間よりも遥かに長い時を生き続ける。

 そのエルフにすら知られていない文字。

 本来、本に掛けられる魔法というのは他人に読まれないようにする為の物であり、害する魔法が掛けられている。

 ただ、それは魔法感知に引っかかってしまう恐れがあり、逆に見つけやすくなる。

 つまり文字の記号パターンを個人単位だけでなく特定の他人が見られるのなら、魔法を掛ける必要が無くなり見つけにくくなることに繋がるのだ。

 それが、どれだけ優れているのか少しでも本を読んだ事がある人なら理解できるはず。


「フィーナ、中を見てくれ」

「分かりました」


 アルセス辺境伯の命令に、フィーナは頷きながら分厚い表紙を開く。

 そこには無数の文字が描かれている。

 

「これは……」


 アルセス辺境伯だけでなく、他の3人も顔色を変える。

 日本人から見たら漢字やカタカナ、ひらがなで構成された文章であったが、異世界人から見たら3つの異なる言語を組み合わせた文字列にしか見えない。

 フィーナ以外の人間の顔色が変わったのも仕方ないと言えるだろう。


「シャルロット・ド・クレベルトは、ここにこの世界の真実を書き記す」

「ふむ。やはりリメイラール教会の経典に出てきた名前で間違いはないようだな」


 フィーナの言葉に頷きながらも、何かを確かめるかのようにアルセス辺境伯は頷きながらアリサの方へと視線を向けた。


「はい。アルセス辺境伯様の考えられているように魔王城の城門にも同じ名前が刻印されていました。あとはラウリィと言う名前も……」

「ラウリィ・ド・クレベルトか。たしか帝政国の勇者の名前だったと記憶しているが……」

「千年前の勇者ですか」


 黙ってきいていたリンデールが口を開く。

 さすがにアルセス辺境伯軍を纏めている者だけに、戦関係には造詣は深い。


「――それが何故、シューバッハ騎士爵領内に……」


 アドリアンの言葉は、その場に空しく響くだけ。

 今更、そんなことを言ったところで起きている現実は変えられないからだ。


「続けてくれ」

「はい」


 フィーナは本に書かれている文字へと目を落として口を開く。


「私は、クレベルト王国の第一王女として生を受けました。5歳になってから前世の記憶を思い出した私は、多くの出来事――、この世界でいう所の異世界の知識を身に付けることが出来ました。そして、それと同時に私の人生は大きく変わったのです。私やお母様を道具としか見ていなかった父親――、クレベルト王にお母様と私は奴隷のように扱われ、毎日が地獄のようでした。それを助けてくれたのが当時、北の領土を支配していた魔族の王である魔王でした」


 そこまでで全員が息を呑む。

 魔王というのは伝承では残虐非道な行いを繰り返す魔族の王だと言われていたから当然であった。


「これは……、真実なのか?」

「アルセス辺境伯様、真実かどうかは分かりませんが本にはそう書かれているのではないですか?」

「つまり真実かどうかは別として、この本を書いたシャルロット・ド・クレベルトというリメイラール教会の経典でも聖女と呼ばれている人物は少なくとも魔王は善人だと思っていたということか……」

「善人かどうかは、時の価値観が決めるものですから――」


 アルセス辺境伯の言葉にアリサは答えながらもフィーナが手に持っている本へと視線を向けていた。




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