第144話

 俺は台所から外に通じる扉を開けながら二人に声をかける。


「お母さん、フィーナと何を揉めて……」

「何のこと?」

「いや、何でも――」


 どうやら、母親がフィーナの頬を抓っていると思っていたが、彼女との間に距離があったから俺の勘違いのようだな。


「アルス君! アルス君のお母さんが、アルス君は寝ているって嘘ついたの! いつも、私がアルス君に会いに来ると寝ているって言うのよ?」

「――そ、そうなのか?」


 俺は首を傾げる。

 これは新しいパターンだ。

 正直、どうやって対応していいのか分からない。

 ただ、フィーナの澄んだ青い瞳を見ていると嘘をついているようには……。


「ヒッ!?」

 

 何やらフィーナが慌てて俺にしがみ付いてきた。

 よく分からないが心なしか体が震えているようにすら見える。


「フィーナ、大丈夫か?」

「――う、うん……、私怖くて――」

「なるほど……」


 さすがに鈍感な俺もティンときた。

 つまり魔王というか、アルセス辺境伯の手伝いをしていて、貴族に粗相があったらと考えると怖くて仕方がないのだろう。

 

「大丈夫だ、何かあったら僕に言えよ? フィーナのことは僕が守るから! もし君に害を与えるような人がいたら――」

「……いたら?」

「僕の敵ってことだから!」


 まぁアルセス辺境伯なら、元から敵対認定だし今更だろう。

 

「――う、うん……」


 俺の言葉にフィーナは頬を染めて頷いてくる。

 代わりに後ろで何かが崩れる音が聞こえてきた。

 振り返ると「アルスが……、私の息子が――、許せないわ!」と、母親が地面に崩れるように伏せてブツブツと呟いている。

 どうやら、家事はかなり疲れる仕事のようだ。

 今日は肩揉みでもして労わるとしよう。


「――あ、あの! 妹のレイリアを助けてくれてありがとう……、先生の話だと一ヶ月くらいで病気が治るって――」


 フィーナが、俺の服袖を掴んで瞳を潤ませながら話しかけてきた。

 なるほど、どうやらフィーナは妹の病が改善したという報告をしにきたようだ。


「そうか、それなら良かった。僕もアルセス辺境伯にお願いした甲斐があったというものだ」

「……うん、本当にありがとう。それでね、妹がアルス君にお礼を言いたいって――」

「レイリアが?」

「うん……」


 ふむ……。

 別に、お礼くらいどうでもいいんだが。

 まぁ、それで本人が納得できるならいいのかも知れないな。


「分かった。案内してくれるか?」


 彼女は、俺の言葉に頷くと俺の手を握って「うん、ついてきてね」と話しかけてきた。

 ちなみに母親はと言うと、「息子に、彼女が出来てしまった……」と、何やら言っていたが、声が小さくてよく聞こえなかった。



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