第128話

 気がつけば、布団に入ってきた母親に自然と近づいて抱きついていた。

 これから、寒くなる季節ということもあり、母親の体温は心地良いし、何より匂いを嗅いでいると落ち着いてくる。

 そして、甘えている自分を、今は自然と変だとは思わない。

 それは、睡魔という強大な敵の前では俺の自尊心やプライドなどはまったく意味がないからだ……たぶん――。


 俺は母親の傍で眠りに落ちた。



 

 翌日、目を覚まし服に着替える。

 昨日は、何かとても安心した気持ちで寝ることが出来たが、寝る間際ということもあり殆ど記憶に残っていない。


「――さて……」


 洋服に着替えた俺は居間に向かい部屋に入る。

 すると、そこには父親であるアドリアンと、アリサに母親であるライラが難しそうな顔をしてテーブルを囲って座っていた。

 俺が居る時は微笑みを絶やさない母親が、眉間に皺を寄せているのを見て何かがあったのか? と、思わず思ってしまう。


「アルスくん!? 丁度いいところに!」

「丁度良くありません! アルス、こっちにいらっしゃい」


 俺は母親の言葉に首を傾げながら近づく。

 すると、母親の細く健康的な両手が俺の体を抱き抱える。

 そして気がつけば母親の膝の上に乗せられていた。

 一体、どうなっているのかまったく想像がつかない。


 俺は膝の上に乗ったまま振り返り母親の顔を見ながら「お母さん、一体……、どうかしたのですか?」と、問い掛ける。


「どうもこうもないのよ? 魔王城まで案内してほしいって言ってきたのよ?」

「――? それは至って普通かと思いますが……」

「駄目よ! アルセス辺境伯軍がいるのでしょう? それに、いくつかの策も用意してあるのでしょう? ……それなら、もう関わらなくもいいのよ?」


 母親は、後ろから俺を強く抱きしめると父親とアリサを強い眼差しで睨んでいた。

 たかが魔王城に案内するまでなのに、少し過保護すぎるのではないだろうか?

 それに一つ疑問に思ったことがあった。


「アリサさん、魔王城に辿りつくことは出来なかったのですか?」

「――ええ、シューバッハ騎士爵様にも同行してもらったのだけどね中腹には城が存在していなかったの」

「ああ、それは私も確認済みだ。以前にアルスに案内された場所へ赴いてみたが、そこには魔王城の影も形も確認できなかった」

「……そうですか。わかりました、後ほど編成して頂いた軍と共に一度、魔王城へ行くとしましょう」

「だめよ! また死んだらどうするの? 死んだら……」


 父親の顔を見ると首を横に振っていた。

 その様子から俺は理解する。

 どうやら、母親は俺が魔王城に行くことには、ずっと反対しているらしい。

 だから、居間の空気が微妙だったのか……。


「魔王城までの案内は、アルセス辺境伯の意思でもあるんですよね?」

「――ええ、そうね。それに、実際の場所を確認しておくのも軍の編隊に関わってくるからね」

「そうですね……」


 正直、断る理由はない。

 この作戦が失敗したら、ここまで上手くいっている作戦が全て無駄になってしまう。

 

「お母さん、ごめんなさい。僕は、魔王城に行ってきます。ただ、怪我はないようにしてきますので――」

「……わかったわ。絶対に無理をしないでね」


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