第121話

 その動きは、洗練されていてまるで武術のようであった。

 抗うことも出来ず、頭をなでなでされるポジョンへと強制的に持っていかれた。

 俺は心の中で溜息をつきながら、説明する内容を頭の中で精査していく。

 一つは魔王城の攻撃ために一度、村人には村から離れてもらうこと。

 200人の村民とは言え、絶対的な強者の前でパニックになられても困るからだ。


「あの、お母さん。実は……」

「そう……。魔王を倒すためにアルセス辺境伯から軍隊を連れてきてもらったのはいいけど、村のみんなが驚くと困るからハルス村から避難させて、その間に魔王を倒すのね?」

「――え? あ、はい……」

 

 俺は、まだ何も言っていないのに母親は俺が思ったことを当ててきた。

 まるで俺の考えが読まれたようだ。


「お母さん、僕はまだ何も話をしていないのですが……」

「大丈夫よ! 私には全部分かるから! 息子の考えが分からなかったらお母さん失格だからね!」

「……あ、はい……」


 まぁ説明が省けるのは助かるんだが……。

 少し、俺の母親はオカシイような……。


「アルスの匂いよ! 3週間近くぶりのアルスの匂い! 息子の匂いだわ! くんくんくんくん。スーハー、スーハー。ああ、いいわ! やっぱり息子は最高よね!」


 いや、元から母親はおかしかった。

 今更、俺の心が読めようと、「あっ、そうですか……」と、くらいにしか思えないくらいだ。


「お母さん、そろそろ離れてくれないと」

「駄目よ! 3週間分のアルスの匂いを充電しないと死んじゃうから!」


 ますます訳が分からない。

 俺は、自分が置かれている現状を確認する。

 母親の左腕が俺の腹部を後ろからガッチリとホールドしてきていて、解こうにも万力のような力で動くことが出来ない。

 さらに右手で俺の頭を撫でている。

 そこから導きだされる客観的な答えは、逃げ出すことが出来ないということであった。


 俺が解放されたときに第一声に聞こえてきた声と言えば――。


「ふう、やっと軍議が終わったな。うお!? ライラ! アルスの瞳に色彩がないぞ?」

「あら!? 夢中になってアルスを撫ですぎたわ!」


 両親の何というか場違いな会話であった。

 その日は、久しぶりに良く眠れた。

 やはり我が家というのは、安心するものだ。 

   




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