第120話

 川を渡った後、俺は真っ直ぐ家に向かう。

 この世界に転生してきてから何度も往復した道。

 川岸を越えて間近に家が見えてくると、自宅に戻ってきたという実感が沸いてくる。

 自宅と言っても、俺が暮らしたのはせいぜい数週間程度であったが、それでも住めば都。

 

「お母さん、ただいま!」


 俺は家の扉を開けながら言葉を紡ぐ。

 

「……ん?」


 俺は、まったく反応が無かったことに首を傾げながら家に入る。

 土間を通り、居間を経由して寝室を見ていくが母親の姿がどこにも見当たらない。

 そこで俺は最悪の事態を考えてしまうが、すぐに首を振って頭の中に思い浮かんだ嫌な予感を掻き消す。

 

「まだ、魔王城は出現していない。つまり……、魔王が復活して何かをしたということは考えにくい」


 どうしても考えが纏らない。

 やはり俺も旅の疲れが出ているのかも知れないな。

 俺は靴を履いて外に出る。


 母親が、ずっと家に居るとばかり思っていた。

 ただ、それは子供である俺の身を案じて居たからこそ、ずっと居たのかもしれない。

 その俺が居ないとなれば普段と違う行動パターンを取るかもしれない。


「村の方に居るかもしれないな」


 俺は、自分自身を納得させながら村の方へ視線を向ける。

 村の家々からは白い煙が見えてきた。

 一瞬、火事かと思ってしまったが、もうすぐお昼時だったことを思い出したところで「アルス!」と、 俺の名前を呼ぶ声が聞こえたと同時に草むらから母親であるライラが姿を現すと俺を抱きしめてくる。


「――お、お母さん!?」

「そうよ! お母さんよ! ああ、アルスの匂いがしたから頑張って戻ってきたのよ?」

「に、匂い!?」

「そうよ! 麦狩りの手伝いをしていたらね、アルスの匂いがしたから急いで戻ってきたの!」

「……麦畑まではかなりの距離があったような……」

「大丈夫よ! 私は、アルスの匂いなら山2個か3個くらい越えても分かるから!」

「……」


 母親が意味の分からない言葉を言っていたが、俺は誇張だと判断する。

 いくらなんでも、山を1個2個越えた距離の匂いが分かったら異常を通り越しておかしい。


「あの、それで……」

「――あっ!? ごめんなさいね。こんなところでハグをされても困るわよね?」


 母親は、反省の色を浮かべると俺の事を両脇から抱き上げる。


「あ、あの……お母さんに説明したいことがあるのですが……離して貰わないと上手く説明が出来ません」

「んーっ、とりあえず居間に行きましょう!」

「お母さん!?」


 母親は俺を抱き抱えたまま家に入ると靴を脱がせて居間へ下ろした。

 そして、すぐに煮沸した湯を木のコップに注ぐと、テーブルの上に置いたあと、俺を膝の上に乗せてきた。

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