第104話
「アルスくん、どうかしたの?」
「いいえ、少し思うところがありまして……」
アリサさんは、俺を抱っこしながら歩いている。
その表情には嫌な様子などが微塵にも感じられない。
おそらく、本当に子供が好きなのだろう。
そして勉強を子供に教える確固たる何かがあるのだろう。
「アリサさんは、軍隊で働くのはどうなんですか?」
「どういうことなの?」
「軍隊というのは、何かと戦うためのものです。それは誰かを傷つけるかも知れないし、自分も傷つくかも知れない。そういう軍隊で戦うのはアリサさんとしては、あまり好んではいないと僕は思うのですが……」
「そうね……。でも、それを承知で学院に入ったからね」
「そうですか……」
彼女の俺への接し方から感じ取ったのは、アリサさんは、戦いには向かないほど優しいということだ。
――もし、全てが上手くいって魔王を倒した後、魔法王も倒せたとしよう。
その後、シューバッハ騎士爵領――つまり、父親の後を継いで領地を運営するのは俺の仕事だ。
領地を富ませる上で必要なのは何だ?
それは、日本の歴史を紐解けばわかる。
明治政府の富国強兵により瞬く間に、西欧諸国に経済力でも軍事力でも追いつけたのは何が要因だ?
――それは識字率の高さだ。
【読み書きそろばん】が出来たからこそ日本は、当時最強と言われたロシアに勝つほどの力を手に入れることが出来た。
つまり、国民の読み書きなどは強力な武器となり学力の高さは国力に直結する。
そして、それは戦闘時の暗号だけではなく、領地を運営する際の書類のやり取りなど代筆を他の者に任せることで、人海戦術を取ることが出来るのだ。
つまり、領地を富ませる上で文字の習得は必要不可欠と言っていい。
日本では、江戸時代の識字率は9割を超えていたという。
それに対して当時、栄華を誇っていたイギリスの識字率は大学があったのに関わらず25%程度。
フランスに至っては学校に通う者すら殆ど居らず識字率は極端に低かったと言われている。
意思の情報伝達は口伝では劣化することがあるが、紙媒体に書かれた文字は劣化することがないし一度でも書けば、それは正確に相手に意味を伝えることが出来る。
「これは……」
「アルスくん、どうかしたの?」
「いえ……」
ぜひとも彼女が欲しい。
領地運営をするに当たって勉強を教えられる教師というのは喉から手が出るほど求めて止まないものだ。
魔王城の話を切り出す時に、アリサさんのこともアルセス辺境伯へ伝える必要があるな。
「そういえば、アルスくん。いま向かっている場所だけどね……軍議室だけど大丈夫?」
「大丈夫とは?」
「ほら、大人の人がたくさんいるし多分、とても重い空気になっていると思うから」
「なるほど……」
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