第44話

 どうやら、名前が似ているアリサという魔法師の小娘が、シューバッハ騎士爵の子供に魔法を教えにいくらしい。

 そんな話、私のところに上がってきていないけど、たぶん後日確認で話が降りてくるんだろう。

 そういう案件が時たまあるし。


 小娘共2人がアリサに問いただしているとアリサという小娘が「――う、うん……。アルセス辺境伯爵様からの依頼なの」と頷いている。すると小娘の一人が「すごい! 魔法があれば領地を一気に拡大できるじゃない? シューバッハ騎士爵って辺境だけど、辺境伯領に負けないくらいの広大な領土があるわよね? もし開拓できたら、将来はすごいんじゃないの?」と、力説していた。


「それで、シューバッハ騎士爵の当主とは会ったの?」

「ううん、明日に、セルセタ魔法談話室で、二人で顔会わせすることになっているの」

「アルセス辺境伯は立ち会わないの?」

「うん、何でも忙しいから私とシューバッハ騎士爵当主と二人でって言われたの」

「……」


 貴族、男の子、将来性のある土地……。

 そして辺境……。

 私の二つ名が轟いていない可能性がある!

 さらに言えば、同じアリサという名前。

 まだ、先方には名前以外には伝えられていない。

 これはチャンスかも知れない。


「マスター」

「何だ?」

「これを彼女に……」


 私は、入れてもらったエールの入ったカップに、素早く睡眠薬を入れる。

 いい男が居たときに持ち帰るために用意しておいたもの。

 今日、偶然! 持っていただけだ。

 毎日持って居るわけではない。

 断じてない。


「お前さんが、人に酒を奢るだと?」

「――ええ。新人だもの、新しい地で魔法を教えてくるなら魔法師団長としては部下の事を激励するのは当たり前でしょう?」

「お、お前……」


 酒場のマスターが身体を震わせている。

 少しは感激したのだろうか?


「頭、大丈夫か? そんなに優しい奴じゃないだろ? 俺はてっきり……小娘共が! 男共にチヤホヤされるなんて若いうちだけだよ! せいぜい、今を謳歌しておきな! とか考えていると思ったぞ?」

「わ、私が……。そんなことを思うわけがないでしょう?」

 

 痙攣しそうになる眉を必死に表情筋で押さえながら酒場のマスターの言葉に返答を返す。


「そうか……、お前も成長しているのだな……」


 マスターは、寝たら1日は起きない睡眠薬入りのエールを、新人の魔法師アリサへ届けに行った。

 しばらくしてから「アリサ団長」と、新人のアリサが目を輝かせなら話かけてきた。


「どうしたの?」

「あ、はい……酒場のマスターが、アリサ団長から差し入れだと……」

「そう……、辺境で貴族の子供に魔法を教えるのよね?」

「はい! 私、戦うよりも子供に何かを教える方が好きで! ――で、でも魔法師としては最強の力を持つ【殲滅のアリサ】さんにも憧れていて……」

「そ、そう……」


 なんだか、すごく純粋そうな小娘じゃなくて娘な気がしてきた。

 それに憧れていると言われると悪い気はしない。


「私! 憧れの【殲滅のアリサ】さんに、祝ってもらって嬉しいです!」


 そういうと、彼女は私が差し入れたエールを一気飲みしてしまった。

 止める間もなかった。


「私、絶対にいい教育者にな……る……すぴー……」

「マスター! 今日は、もう帰るわ。この子はお酒に酔ったみたいだから送らないといけないし……」


 不審な目で見てきていた酒場のマスターを何とか掻い潜り酒場から出る。

 通りに出て、辻馬車を拾い兵宿舎に向かっている間に私は頭を抱えた。

 

「やばいわ。この子、すごく! いい子だけど……どうしよう! 明日って言っていたわよね? シューバッハ騎士爵と顔合わせするのって……」


 睡眠薬が切れるのが1日後。

 絶対に間に合わない。

 

「こうなったら……、私が代わりに辺境のシューバッハ騎士爵の地に行くしかない!」


 


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