魔女は忘却の彼方から

ジップ

第1話 魔女の目覚め

 着陸したヘリコプターから簡易ストレッチャーが降ろされた。

 応急処置を施した隊員が待ち構えていた医療スタッフに状況を早口で説明する

 医療スタッフたちがストレッチャーを移しかえると手早く処置を施していった。

 彼女は大量の出血で危険な状態に陥っている。

 処置には緊急を要していた。


「輸血の用意を」

 彼女には、そう誰かの声が聞こえた

「それが、非常に特殊な血液なんです。今、提供者がいまこちらに向かっています」

 特殊な血? 私の?

「心拍数と血圧が低下!」

 周りが慌ただしくなっていくが彼女の耳にはそれも届かなくなっていった。

 意識は遠のいていく。

 何も届かない。何も聞こえない。

 彼女の意識は暗闇の世界に落ちていった。



 それからどのくらい時間が経ったかはわからない。

 彼女に聞こえてきたのは人の声ではなく何かの警報音だった。

 ゆっくりと目を開けると真っ白な天井が見える。

 目だけで周囲を見渡すと自分の身体に何かが繋がれているのが見えた。左腕には点滴用と思われるチューブが挿されている。

 ここは病院なのか……?

 軽く手を握って身体が動くか試してみる。どうやら身体は動くようだったので身体を起こし、周囲を見渡してみた。どうやら病室らしかったがどこにも窓が見当たらなかった。枕元の枕元の横にある何かの機械が置かれている。モニターにグラフと数字が表示されていたが何を示すのかは分からなかった。

 機械の上に置いてあったバインダーを手にとって見る。

 バインダーには挟まれていたのはカルテらしきものだった。


 "ヴェスナ・ヴェージマ"


 そう書かれたカルテにはいくつものチェック枠が並んでいる。

 ヴェスナ……それが私の名前なのか?

 顔写真を見ると茶色い髪に赤い瞳。それに左目から頬にかけて酷い火傷があった。

 そっと自分の顔の左を触ってみる。けれど肌の感触におかしなところはなく、傷跡がある感じはしなかった。試しに右側にも触れてみたが感触は同じだった。

 装置の金属面に顔を映して見るとやはり火傷の跡は見当たらなかった。

 火傷跡はないな……

 それに写真の人物の炎の様な赤い瞳をしていたが、映り込んでいる自分の瞳は黒かった。

 この写真の人物は本当に私なのか、と疑問が浮かぶ。

 だとしても、別の患者のカルテを置いておくとも思えない。

 極めて記憶が曖昧だ……若干めまいもする。

 彼女は今の状況を把握しなくてはと必死に考え、もう一度、カルテに目を通した。

 コルテーキシン50ミリグラムの服用が必要と記されている。

 これがそうなのか?

 そばに置かれた赤いカプセルの入ったアルミパックを手にとった。

 カルテには一日一度の薬が必要だと書かれている。

 これがコルテ―キシンとしたら一日分しかないのだな……。

 覚えていないがこの薬を定期的の飲んでいたらしい。ということは、ずっと意識を失っていたわけではなさそうだ。

 ベッドから降りようと身体を動かそうとしたとき、酷い頭痛に襲われた。

 まるで何か硬いもので殴られ続けるような痛みだった。身体を揺らすのもきつい。

 もしかしたらと思い、赤いカプセルを飲み込む。

 しばらくすると頭の痛みが引いていく。やはり赤いカプセルは鎮痛剤だったようだ。

 痛みが収まると左腕に挿されたチューブを無理やり引き抜いた。血が少しにじみ出たがすぐに止まった。痛みもほとんどない。

 軽く左腕を動かすベッドから降りて壁にかかった内線電話まで歩いていった。

 先程まであった目眩もほとんどなかった。これも赤いカプセルの効力のようだ。

 受話器を耳に当てたが無音だった。適当にボタンを押してみたがやはり反応はない。部屋に電気は通っているから恐らく回線の問題なのだろう。


 今いる建物に何かが起きているのは間違いない。このまま部屋にいるのは危険かもしれないと彼女は思った。スライド式のドアには電気式の施錠装置が設置されていたがロックはされていなかった。彼女は、カルテをまるめて薬を患者衣のポケットにしまいこむと部屋から出た。

 通路に出ると耳障りな警報が相変わらず、鳴り続けている。

 床に赤いものが見えた。近寄るとそれは血溜まりだった。その血溜まりから何かを引きずったような跡が通路の先に続いている。

 あまり良い予感はしないな……

 彼女は方向を変え、もと来た通路を戻り始めた。


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