迎え撃つ力

 夜も更けもうすぐ日付けも変わろうかという頃に、真は大阪市内に居た。

 田尻と紀夫にいざなわれる形で本田鉄郎ほんだてつおの元へ参じ、智明が関わっているであろう事件や騒動などを調べた結果、バイクチームWSSウエストサイドストーリーズは真をバックアップしてくれると約束してくれた。

 ただその条件として大阪へと向かうことを提示された。何のために大阪へ向かわなければならないのかまでは説明されなかったが、テツオは以前の会談で智明に対抗する手段や武装の準備があるようなことを話していた。

 そういったものを見せてもらえるのだろうと考え、真は疑うこともなく大阪行きを承服していた。

「大丈夫か?」

「気分、悪くなってないか?」

 バイクから降りヘルメットを脱いですぐ、その場にしゃがみこんでしまった真に声がかけられた。

 またもや真に付き添ってくれている田尻と紀夫だ。

「大丈夫っす。ちょっと、疲れただけですから」

「初めての高速だったもんな」

「無理ねーよな」

 テツオとその右腕でもあるWSSの幹部瀬名隼人せなはやとと、同じく諜報部とあだ名されるフランソワーズ・モリシャンを含めた六人でのロングライドだったのだが、この中で真だけが初めて高速道路を利用して初めて淡路島以外の道を走ったため、普段以上の緊張を感じたし、淡路島では滅多に使わない四速で100キロ以上のスピードを出したので体力を消耗してしまったのだ。

 田尻と紀夫は真と同じ400ccだが、何度も高速道路を走った経験があるのか、疲れた様子はない。

 テツオに至ってはHONDAVF750マグナという大型のクルージングバイクなので、スピードもパワーも余裕が感じられ、二本出しのマフラーとシャンと伸びた姿勢が格好良く、真は彼の後ろ姿を見て更に憧れを募らせたものだ(スポーツタイプと違って長距離ライドを想定しているので、乗車姿勢が前傾せずどっしりと乗れるので当たり前ではある)

 少し驚いたのが瀬名のバイクで、小柄な瀬名が大排気量のオフロードタイプに乗っていたことだ。HONDAのCRL1100Lと教えてもらったが、明らかに真のバイクよりシート位置が高いのに、真より小柄な瀬名はいとも容易くまたがり悠々と運転していた。

 フランソワーズ・モリシャンのバイクにも度肝を抜かれた。真が顔を出していたWSSの集まりで沢山のバイクを目にしてきたが、そのほとんどは国産メーカーのバイクで、海外のメーカーのバイクは珍しい。中でもフランソワーズの操るドゥカティは高級で、独自の機構や国産にはないデザインに真は見入ってしまったし、フランソワーズの風貌もハーフよりの彫りの深い顔で、背も高くドゥカティがよく似合っていた。

 ただフランソワーズ・モリシャンは謎の多い人物で、フランソワーズ・モリシャンは通り名で本名は誰も知らない。何歳でどこに住んでいるのか誰も知らず、その割に様々な人物と交流があり知識や情報も豊富だ。それゆえに『諜報部』などという扱いを受けているのだが、話してみるとフランクでやけにフレンドリーだったりもする。

『ヤツには気を付けろ。こっちで一線を引かないとどこまでも入ってくるぞ』

 高速道路に不慣れな真のために何度かサービスエリアで休憩をとった際、田尻はそんなふうに注意してきていたくらいだ。最も、その横で紀夫は『本名は守山もりやまらしいぞ』とふざけてみせた。

 どうやらモリシャン→モリサン→森山と予想したらしく、本人に尋ねたら『モリは守るの方デス』と返事があったらしい。

 どこまで本当のことが語られているのか分からないが、真の体力を考慮してもらいながら六時間以上をかけて大阪市内の目的地へと辿り着いた。

「落ち着いたか?」

「あ、はい。大丈夫っす」

 田尻たちの後ろからテツオが現れ、まだしゃがみこんだままだった真に声をかけた。慌てて立ち上がって答えた真にテツオは笑顔を見せながら、背後の倉庫らしき建物を指し示す。

「こっからが本題だからな。行くか?」

「はい。お願いします」

 ハッキリとした返事にテツオは一つうなずき、きびすを返して建物へ向かって歩き始める。

 真はテツオ達に案内されるがまま大阪まで走ってきた。

 正確には大阪市此花区の西端の辺りで、USJユニバーサルスタジオジャパンを通り過ぎて商店やホテルなどのない工場や倉庫などが密集する地帯になる。街灯も少なく、背の高いビルが無い代わりに建物の向こうには海外から運び込まれるコンテナなどの港湾荷役に使用されるのであろうクレーンが影となって見える。

 周囲の建物は広くて大きな四角のものばかりで、窓のないのっぺりとした壁だけの建物ばかりだ。

 テツオの歩みを追いかける真は、夜の暗闇と静けさに妙な緊張を感じつつ、見知らぬ土地の見知らぬ建物へと向かっていく。

 建物が近付いてくると、一階部分にはトラックの荷台の高さに合わせたホームが張り出し、番号の振られたシャッターがいくつも並んでいた。自分達が歩いてきた駐車場のようなだだっ広いスペースは輸送車両の通路と搬出入スペースだと分かり、二階より上は倉庫スペースだから窓がないのだと理解した。

 プラットホームの隅っこに小さな常夜灯が点いていて、付近に窓が並んでいることから事務所だろうと予想がつく。

「ちょっと待っててくれ。モリサン、頼む」

 テツオは真らに振り返って断りを入れてからフランソワーズの方を向いて電話をかけるジェスチャーをする。

 フランソワーズは軽く右手を上げて応じ、すぐさま目を閉じた。

「……オーケーダヨ」

 どこか外国人が覚えたての日本語を話すようなイントネーションでフランソワーズがテツオにサムズアップする。どうやら誰かと電話を通じて何かが許可されたようだ。

「ん。……ああ、今のうちにタバコでも吸っとくといい。中は禁煙だし、多分話が長くなるからな」

 常夜灯の辺りを指差されて目を向けると、吸い殻の浮いたバケツが置かれていた。

「あざっす」

 躊躇なく紀夫がバケツへ向かったので真と田尻も遠慮がちに便乗する。

 バケツを囲んだ三人は特に会話をすることもなく、敷地の隅っこに停めっぱなしにした愛車を気にしたり、七月らしく常夜灯に群がる羽虫を追っ払ったり、街の明かりでくすんだ夜空を見上げたりしつつ、タバコを吸って灰を落としていた。

「来たよー」

 瀬名の声がして振り向くと、さっきまで真っ暗だった事務所らしき部屋に明かりが点いている。

 田尻が躊躇なくタバコをバケツに投げ入れたので、彼に倣って紀夫と真もタバコをバケツに投げ入れて消火した。

 常夜灯の真下の鉄製のドアが開き、背の高いスラッとした体型の影が現れた。逆光なので顔や服装はよく分からない。

「…………大人数ですね」

 ドア付近にたむろする少年たちの人数を数え、感情のない声で非難するでもなく歓迎するでもなく人影はつぶやいた。声の感じから二十代の若い男性かな?と真は感じた。

「こっちにも事情があってね。問題ないでしょ?」

「ああ、構いませんよ」

 テツオとのやり取りを短く済ませ、人影は手招きをして室内へ入ってしまう。

 続いてテツオも入っていき、瀬名が真たちにうなずきかけて続く。

 フランソワーズが続いたところで、田尻が真の背中を小突いたので、真は慌てて進み出て田尻と紀夫が建物に入った。

 明かりが消されていたり物音がしないことから就業時間を過ぎているのは明白なのだが、気の利かないことにエアコンが停まっていて室内は暑く、やや空気が重い。

「鍵を締めてください。部屋を出たら電気も消して下さい」

 事務所から廊下への出入り口で立ち止まっていた男に指示され、紀夫は急いでドアノブのツマミを捻って施錠した。

 先程の人影がこの男だったならば、声の印象通りの二十代で、やはり声の通りの真面目な髪型に偏りのない平凡な顔に思えた。ただ、ワイシャツにスラックスだがネクタイは巻いておらず、社名の入った半袖ジャンバーが鮮やかな青色で妙に派手で似合っていない。

 事務所を出ると学校か病院のような殺風景な通路をひたすら進み、こじんまりしたエレベーターホールからエレベーターに乗り込む(ここでも紀夫は廊下の電灯を消すように指示された)

 階数表示は五階まであり、どうやら五階まで上がるようだが、通常のエレベーターより時間がかかっている。

 さすがに汗が流れ始めて全員一度は汗を拭った。

「足元に気を付けて下さいよ」

 エレベーターが到着して扉が開くと、男は当たり障りのない注意をしてさっさと歩き出してしまう。

 テツオらに続いてエレベーターを下りると左手側の壁沿いを進んだ先に明かりが見え、どうやら天井の高い広い空間にプレハブのような別室を後付けしてあるようだ。

 小部屋の窓から漏れる明かりを頼りに進んでいき、なんとかつまづいたりせずに全員が小部屋へと入った。

「お久しぶりです」

「ああ。一年、二年ぶりかな」

「そんなもんですね」

 密閉された建物の息苦しさと、七月の気温の高さのために吹き出てきた汗を拭いている間に、テツオは小部屋の主人と挨拶を交わしていた。

 案内してくれた男と同じ制服を着ているが、年齢は四十にならないくらいか。独創的にカールした髪の毛だが、オシャレではなく天然のようだ。

「木村君。少しエアコンを強めにしてあげてくれ」

「……はい」

 真らの様子を見て小部屋の主人は先程の男・木村へと命じ、木村は仕方なく承服する感じでリモコンを操作した。

 室内に涼しい風が回り始め、真の緊張は少しばかり解れる。

「紹介しとかなきゃだな」

 テツオは真や田尻のためにスペースを開け、部屋の奥に並ぶ制服の二人を指す。

「右が今回お世話になる篠崎さん。ここまで案内してくれたのは篠崎さんの助手で、木村さん」

 天然パーマの四十歳くらいの男性がアゴを引いて挨拶し、続いて案内してくれた二十代男性が軽く腰を折った。

 真・田尻・紀夫はこういった紹介に慣れておらず、曖昧に会釈を返した。

「さて、本田君。彼らが協力者ということかな?」

「まあ、そうだね。俺と瀬名も参加するよ。モリサン……彼は正規のH・Bハーヴェーを使ってるから今回はパスだけど、後々実験が進んだらそっちを試してもらうことになってるよ」

 テツオの言葉を受けてフランソワーズは苦笑いを浮かべて申し訳なさそうに軽く頭を下げた。

 だがここまでで真には意味の分からない言葉が列挙され、期待や緊張が徐々に不安へとシフトしていく。

「テツオさん、すんません。ちょっと何の話をしてるのか分かんないんスけど」

「協力とか実験とか、なんのことっすか」

 田尻と紀夫も同じ気持ちだったようで、真よりもテツオに対して気安い分、先に声をあげたようだ。

「なんだ、説明していないのか?」

「本田さん。そういった手法は法律で厳しく禁止されていますよ」

「分かってますよ。……すまない。今日、ここに至るまでの段取りに追われてて説明してなかったな」

 篠崎と木村の厳しい表情を受けてか、テツオは素直に真たちに頭を下げ、再び篠崎らを紹介するように彼らを手で示す。

「篠崎さんと木村さんは有名企業で研究開発を行っている専門家なんだけど、会社の名前を明かせないのは勘弁してくれ。今回はある意味で人間の将来を変える実験というか検証に参加する形で、俺達の中の問題をクリアしようという考えで無理を聞いてもらっている」

 真と田尻が理解できずに顔を見合わせていると、紀夫が口を開く。

「俺達の中の問題ってのが、智明が暴れてるのをどうにかしたい、という事っすか?」

「もうちょっと踏み込んでるな。智明が暴れてるのをどうにかしたいけど、実力差とか能力差があるって部分だよ」

 答えたのは瀬名だが、テツオは瀬名の説明に大きくうなずいた。

「それは確かに」

「でも、どうやって?」

 智明の人外の能力は実際に目にした田尻が以前の会談で納得している部分なので肯定した。が、その手段が明かされないので紀夫は再び同じ問いを重ねる。

「まあ、順番に行こう。……篠崎さんと木村さんは、H・Bの次の世代を研究している人達なんだ」

「H・Bの、次?」

 聞き慣れない言葉に思わず真は聞き返していた。

「そう、次の世代だ。そもそもを辿れば、H・Bがなぜ生み出されたか? そこからの話になるが、いいかな?」

 篠崎が嬉々として語りだそうとしたが、木村が手を上げて制した。

「長い話になりますから、手近な椅子に座って下さい」

 小部屋には四方の壁にパソコンが乗ったデスクが並んでいるので、そこから適当にキャスター付きのチェアを引っ張ってきて全員が着席した。

「オホン。……まず、人間のみならずこの地球上の動物や植物には寿命というものがある。ごくごく一部の樹木や種類は寿命がないかのような長命種が存在するが、一般的にはそういうことになる。二十世紀に入ったあたりから人間の平均寿命は延びる傾向にあって、日本に限らず世界の平均寿命が年々延びている。このあたりは社会の授業なんかで聞いたことがあると思う」

 篠崎が少年達を見回すと、何人かがうなずいた。

「ではなぜ寿命が延びたかとなると、理由は単純にして明解。戦争が減り医療が進歩したからだ。若いうちに死ぬ人が減って、病気や怪我を治す技術が高まっていけば、平均寿命は延びる。当然のことだ。そこから更に人類は寿命を延ばすことになる。ナノマシンの実用化だ。二十一世紀初めに考案されたナノマシンは、まだまだ限定的な仕事しか与えられていなかったので、怪我や病気の治療ごとに投与し、役割を終えれば消化され排出されるタイプだったが、それでも寿命は大幅に延びた。そうなった時に一つの希望と二つの問題が脚光を浴びた」

 篠崎と木村以外は首を傾け、理解が及ばない旨を示す。

「希望とはすなわち不老不死。ナノマシンと高度に進歩した医療によって、人は死を迎えなくても良くなるのではないか。これは大昔からの人類の悲願とも言えるものだ。だがナノマシンは希望と同時に絶望的な問題を二つ示してしまった。……脳ミソの老化と、体の老化だ」

 真は考えもしなかった部分が明かされ驚いたが、テツオと瀬名はウンウンとどこか納得顔で、意外にも紀夫も同様の顔をしていた。

「老化とは即ち、日々の代謝が鈍り、十な食物から五摂れていたエネルギーが一しか摂れなくなったり、十発揮されていたエネルギー効率が五にも一にもと減退してしまうことだ。脳の機能で言えば、物忘れや理性の幼児化、アルツハイマーのような誤認や連続性を欠いた記憶の錯乱など、成長期に対する老退期とも言える能力低下が起こることだ。これを避ける手段は一つだけ実用化されている」

「H・Bか!」

「その通り!」

 思わず叫んでしまった田尻に篠崎がサムズアップを送り、全員から注目された田尻は照れ笑いを浮かべた。

「自然のままの脳ミソでは、減退して朽ちるだけだと考えた学者が、ナノマシンで脳ミソの機械化を施すことで、脳ミソの寿命を延ばす方法を考案した。それだけでは売りが弱かったんだが、通信業界が第七世代の通信機器を模索している時勢と合致した結果、H・Bが生まれたというわけだ。そうなると残る問題は一つ」

 得意げな顔になった篠崎は木村を指し示し、後の説明を委ねる。

「……当初、脳機能の延命や持続は不可能と考えられていました。それは、記憶や情緒、計算能力や判断能力、もっと大きなところで言えば人格や自我といった、人が人として人たらしめる部分が損なわれては最早人ではないとの考えが主流であったからです。しかしH・Bは脳細胞や脳神経が代謝によって数十日から数ヶ月で置き換えや入れ替えが為される性質を利用し――」

「おいおい。そこは特記事項だし、子供にゃ分からないよ」

 木村の専門的すぎる解説を篠崎が制止し、少年達から小さく笑いが漏れた。

 木村は咳払いを一つしてから軌道修正して話を続ける。

「……つまり、一定期間で細胞が作り替えられる機能を利用して、H・Bという脳の機械化が成し遂げられた訳です。……ならば第二の問題点。体の老化や延命は可能か?と考えるのが医学学者や科学者が考えることで、脳のような複雑で重要な部位の作り替えが可能であれば、臓器や骨、筋肉、神経や血管も可能であろうと考えられました」

 真はひどく納得した。よく漫画や映画などで、クローン人間や死者の蘇生などで記憶や人格といったコピー不可の科学ネタがモチーフになることがある。コピーで復元されるはずの記憶や人格が新しい体に反映されなかった事件が起こり、そこに陰謀が絡んで恋愛やドラマが描かれるというやつだ。

 こういった創作の中でも肉体よりも脳の復元やコピーに重点が置かれている点でも、脳の作り替えが可能であれば、体の作り替えは容易いのではと思えてくる。

「ですが、それらは人間の驕りであり、調査と研究が不足していた事が明らかとなったのです。人間の体は、骨が骨格を形成して、骨の回りに筋肉と神経と血管を張り巡らせ、口から肛門まで内蔵を繋げているだけの動物ではなかったのです。アンドロイドやロボットが自我を持ちにくいのと同じ様に、人体の機械化には大きな問題が立ちはだかったのです」

 二十二世紀を目前にした現在、AIは人間と遜色のない知能や計算能力を身に着けているが、未だに自我というものを持たない。同様にロボットは単純作業の域を出ず、アンドロイドが人の代わりを行ってもいない。

「それは、なぜ、ですか?」

 たどたどしく問うた紀夫に真っ直ぐ視線を合わせて木村は答えた。

「魂や精神は無機物に宿らない」

 急なオカルト路線に田尻がズッコケたが、木村だけでなく篠崎も真面目な表情を崩さない。

「これは霊的な話ではありませんし、世界中の科学者が実験し検証した確実な成果です。魂や精神といったものを立証出来ていない事実がありながらも、魂や精神を留められないから失敗をしてきた事実があるのです。あまり有名ではない話ですが、H・Bもこの理屈に当てはめられているくらいです」

 少年たちが全員ハテナ顔になったので篠崎が補足する。

「H・Bの実行の条件が成人であることは知ってると思うが、その理由の主な所は脳が成長していないからとなっている。だが実際は人格や自我が定まり、魂や精神がその人個人の固有のものであるという自意識が定着していることを条件としているんだ。つまり、人格や自我の整っていない脳は入れ替えに向かないということだ」

「それはそのまま体の組織にも当てはめることが出来ます。実は骨も筋肉も内蔵も、人間の体組織は生まれてから死ぬまで常に変化しています。成長や減退のみならず、怪我や鍛錬や本来の代謝機能を行うだけでも肥大や収縮をしているくらいです。……少し話が逸れましたね。少々荒っぽく言ってしまえば、身体的に不老不死を望むことは不可能に思われてしまったのです」

 今度は篠崎が木村を制して話を引き継ぐ。

「ここからは内密の話になるんだが、私と木村くんはその概念をひっくり返して考えてみた。脳ミソが魂の定着とともに入れ替えてごまかせるのならば、体もゆっくりと入れ替えていけば、あるいは魂すら勘違いさせるほど素早く入れ替わったなら、人間の肉体は強靭な物へと入れ替われるのではないか、とな」

 篠崎の重々しい言い回しに、田尻と紀夫は顔を見合わせて肩をすくめる。子供相手だからと言葉を簡単にし過ぎて余計に分かり難いのだろう。

「そろそろ本題に……」

「ああ、そうか。そうだな」

 木村に促される形で篠崎は咳払いをして続ける。

「オホン。……私と木村くんは一つの考え方として、成長過程の脳を問題なく機械化できれば、そこにある種の信号やプログラムを忍ばせることで体の機械化が可能ではないかと考えた。さっきの説明でいう『ゆっくりごまかす』の部分がこれだ。そして成長期と機械化が順調なタイミングで、体細胞に潜ませたナノマシンを発動させ、脳の信号に潜ませたプログラムとリンクさせる」

「これが私達がたどり着いたH・Bの次世代モデル」

「名付けてハードボディー。HD《ハーディー》だ」

 見栄を切った篠崎と木村に対し、テツオ・瀬名・フランソワーズは軽い拍手を送ったが、田尻と紀夫は驚きとも呆れとも取れる表情で固まっている。

 真に至っては懐疑的な目で篠崎らを見つめている。

「ハーディー、っすか」

「体が機械になるってのが、いまいち、なぁ?」

「そんなに深く考えることか? H・Bの時と一緒で、『種』飲み込むだけだし、痛くもなけりゃ障害が起きることもない」

「俺は身長が伸びるかもって言われてるくらいだ。損はしないぞ」

 やや否定的な紀夫と田尻に対して、テツオと瀬名が囃し立てるように冗談めかしてメリットを語り、篠崎に後押しをふる。

「もちろん、実験や試験という呼び方になるが、理論も検証も済んでいる」

「無いのは国の認可と販売の許可くらいです」

 木村の余計な一言に篠崎は厳しい視線を向けたが、少年たちは気付いていない。

「真、お前はどう思う? なんか難しい顔してるけど、興味あるだろ?」

 今回大阪にまで出張ることになった原因は真の嘆願によるものなので、テツオは真にウンと言わせれば田尻と紀夫も乗り気になると踏んで、真に声をかけた。

 だが当の真の表情はかなり渋い。

「……これで、勝てますかね?」

「あん?」

 テツオの想定とは違う返事が返ってきたので、テツオは眉をひそめて真の次の言葉を待つ。

「体を機械化したら、智明に勝てますかね? アイツは空飛んだり物を自在に動かしたりできるんすよ? 機械化しただけで勝てるんすかね……」

 小部屋の中が一気に静まり返った。

 全員の頭の中に漫画や映画で表現されてきたエスパーの所業がよぎったからだ。

「なんだね、本田くんはエスパーと戦っているのかい?」

「興味深いですね」

 真の発言を一笑にふしてしまいそうな科学畑の大人二人が、意外にも興味のある発言をしてきた。

「前に少しだけ話しませんでしたっけ? 超能力って実在するのかって。その話の大元が、今アワジで暴れまわってるコイツの友達のことなんすよ」

 テツオは真を親指で指しながら大まかにあらましを説明し、改めて問い直す。

「真の希望通りに、超能力者と戦えるほどになるんスカ?」

 テツオの問いに木村はアゴに手を当てて考え込んだが、篠崎はもう少し楽観的に即答した。

「ある程度可能性のある話だな。さすがにテレポートやテレキネシスは出来ないが、それらに近い道具や武器を扱えるだけの肉体にはなるはずだ」

 テレポートは瞬間移動の別の呼び方であり、テレキネシスは手を使わずに物体を動かす念動力の別の呼び方だ。

「そうですね。H・Bの時点でテレパシーに近い物は備えていますし、相応のアプリやプログラムでクリヤボヤンスやイントロスコピーを実現させることは出来るでしょう。ただ、問題点としてナノマシンの体内での培養や動力を補填するエネルギー摂取が、通常の生活よりも過剰に求められるでしょうから、戦闘や日常的な活用は内臓や代謝に負荷がかかるでしょうね」

 クリヤボヤンスとは遠く離れた光景を透視する千里眼のようなもので、イントロスコピーは密閉された入れ物の中身を透視することをいう。

 ずいぶんと科学者離れしたオカルト知識に田尻と紀夫は引いてしまったが、反対に真は興味を引かれたようだ。

「出来るってことですね!?」

「まあ待て。可能性の話だろ。それよりも、デメリットやリスクも聞かなきゃだろ」

「あるんですか?」

 興奮気味で前のめりになる真を田尻と紀夫が両側から押さえるが、真は降って湧いた希望に抑えが効かなくなり始めているようだ。

 問われた篠崎が苦笑するほど、真は力を求め始めている。

「少なからず、ある。一つは個人差があるということ。通常の成長で得られる筋力や体格以上の結果が得られるのは間違いないが、必ずしもプロレスラーやオリンピック選手のような洗練された肉体になるわけじゃない」

 紀夫が少し残念な顔をする。

「もう一つは、先程も言ったようにエネルギー摂取が激変することです。単純に人間が食物として摂取すべきものだけでは足りなくなり、場合によっては金属や危険物質を定期的に取り入れなければならない可能性もあります。無論、H・Bと連動してるので何を摂取すべきかは把握できるし、その分量も知識や情報として知覚出来ます」

 今度は田尻が引きつった笑いを見せた。「鉄クズを食えってのか?」と考えてしまったらしい。

「他には?」

 篠崎と木村が口をつぐんだのでテツオが念の為に問いただす。

「成長と入れ替えが済むまでに一定の休息が必要になる。そこはまあ、骨折や腫瘍のナノマシン治療と同じで、体にかかった負担を取り去るのに必要なものだから。人で言えば風邪で寝込むようなものだよ」

「デメリットやリスクの範疇とは捉えなくていいくらいのものです」

 篠崎と木村の返事を聞き、テツオは瀬名とフランソワーズの表情を伺う。

 瀬名はニヤリと不敵な笑顔を見せ、フランソワーズは『自分は無関係だ』と言わんばかりに肩をすくめて笑った。実際、彼だけは今回HDハーディー化しないのだから、意見や疑問はなくて当然かもしれない。

 信頼する幹部の後に年下の三人に目を向け、テツオは確認の声をかける。

「どうだ? やるか? やめるか? お前達がやらなくても俺と瀬名はやるけどな」

 テツオの視線に田尻と紀夫は覚悟を決めた表情を返すが、同時に真の様子を気にかける。自分たちはあくまでも真のサポートに徹する姿勢を変えないようだ。

「……例えばですけど、武器とか道具で補えるかもって話でしたよね。……そういうのも有るってことですか?」

 真は篠崎の言ったテレキネシスに近い現象もしくはそれに対応する方法の例え話を気にしているようだ。

「可能性の話だよ。ここには武器はない」

「そうですか」

 篠崎の明解な返答に真は肩を落とし、迷いの表情を浮かべる。

 と、テツオがキャスター付きのチェアをズイッと進めて真に顔を寄せる。

「俺が協力するって言ったんだぜ? これだけで話が終わると思うか?」

 ハッと顔を上げた真の目の前で、テツオは右手の人差し指を伸ばして鉄砲の真似をし、九十度上向かせた。

「あるんですね!?」

「ああ。俺のとっておきだ。どうだ? やるか?」

 テツオは田尻と紀夫がゾクリとするほどの冷たい笑いを浮かべて真に迫る。

 だが真はハッキリとした意志を視線に乗せて答える。

「やります!」

 真の返事を聞いてテツオと瀬名は快際を叫び、ハイタッチで盛り上がったが、篠崎と木村が不敵な笑いを浮かべたのを田尻は見逃さなかった。





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