ただ一緒に下校したかっただけなんだが
そんなことがあって放課後を迎えた。そこで俺は一つの疑問に行き当たる。一般的に付き合っている男女は一緒に下校するイメージがあるが、俺たちはどうすべきなのだろうか。昼休みも内海はさりげなく自分の彼氏の話題をそらしていた。ということはやはり俺と付き合っていることは伏せているのだろう。俺もバレただけで隠そうとしてはいたのでそれは別にいい。
しかしばれないようにする以上、やはり校門の外で待ち合わせた方がいいのだろうか。だが、俺が校門の外で待っていた場合内海はそれに気づかずに普通に友達と一緒に下校してしまうかもしれない。そこで出くわしてしまうと最悪だ。特にあのギャル子の耳に入れば情報は一瞬で拡散されそうな雰囲気がある。偏見だけど。
そんなことをあれこれ考えていると不意に俺のスマホにラインの通知があった。そうか、ライン交換してるんだから普通に連絡すれば良かったのか。
『学校の裏の金物屋の前で待ち合わせましょう』
『了解』
下校時、校門の前は多くの生徒が通りかかるが、学校の裏は多分誰も通らないだろう。俺も通ったことないし、金物屋があったことすら知らない。それならそこで誰にも見られずに落ち合うことなど訳ないだろう。
そんなことを思いつつ俺はいつも通り校門を出ようとする。が、そこで内海の姿を見て反射的に身を隠す。内海は周囲をこそこそと伺いながら駅へと向かう大通りを反れて学校の裏手に向かおうとしている。危ない危ない、今俺が出ていったら内海を追いかけたと思われるところだった。ちょっと時間を空けてから追いかけるか、などと思っていると。
「ねえ葵ちゃん、今日は一人? それなら俺と一緒に遊びに行こうぜ」
おそらく三年と思われる茶髪にピアスのチャラい先輩が内海に声を掛けている。
「いえ、ちょっと今日は用事があって……」
「いいじゃん、駅前に出来たパフェの店行こうよ。もちろん奢るよ」
「え?」
おい、今一瞬心動いただろう。しかしこのチャラい先輩、全然引く気がなさそうだな。面倒くさそうなので俺は内海にライン電話をかける。
「あ、すみません、着信がかかってきたので。お母さんかな。またお使い頼まれるのか、面倒だなー」
「ちっ」
内海の咄嗟の芝居にチャラ先輩は舌打ちして去っていく。先輩が消えたのを見て内海はスマホを耳に当てる。
『もしもし、ナイスタイミングでした!』
「ああ、ちょうど困ってそうだったからな」
『え、もしかして私のことストーカーしてたんですか? そう言えば昼休みも先輩らしき人影を見たんですが』
「いや、それは違くてだな、その、あ」
が、そこで不意に俺の手からひょいっとスマホが離れていく。見るとそこには体育の熊田が立っていた。四十代半ばのいかつい中年。万年独身と噂される不人気教師である。
「校内でのスマホの使用は禁止。分かっているよな?」
熊田はねっとりとした声で告げる。
「は、はい」
そう、当たり前のように皆使っているだけで実はスマホの使用は緊急時を除いて禁止されているのだ。もちろん普通は机の下に隠してラインやツイッターする程度なので見つかることもないのだが、大っぴらに通話してしまった上に熊田に見つかったというのが良くなかった。
「つまり分かっているのに電話していた訳だ」
「すみません」
「すみませんじゃなくて分かっているのに使っていたのかと聞いているんだが」
まずい、これは面倒くさいモードに入ってしまったぞ。しかもスマホは熊田の手の中にあるから連絡することも出来ない。とはいえこうなったときの熊田は面倒くさい。内海を待ちぼうけさせるのも悪いな。いや、待てよ? 待ち合わせの金物屋は多分学校のすぐ裏手だったはずだ。それなら。
「すみません、ちょっとトイレに行ってもいいですか?」
「では職員室で待っている。言っておくが、スマホは俺の手にあることを忘れるなよ?」
熊田はこれみよがしにスマホを見せつけるとニヤリと笑った。こいつ絶対この状況を楽しんでいるだろう。くそ、と思いつつ俺はトイレに走る……振りをして学校の裏手に向かう。
うちの学校には一応塀があるものの、かなり低くて中から外が見える。そのためその金物屋はすぐに見つかった。店頭で店番と思われるおばちゃんが近所のおばちゃんと談笑している。
俺は手早くノートをちぎると『内海へ 熊田に捕まったからいけない』とだけ書くとそれを丸めて金物屋に向かって投げつける。急に紙屑が飛んできたのを見たおばちゃんは訝し気にそれを拾うと広げる。よし、後はおばちゃんの善意に期待だ。とりあえず内海への連絡がつきそうになったので俺は職員室へと向かったのだった。
一時間後。
「ああ、死ぬかと思った。何だよ反省文って。令和の時代にまだ存在していた概念なのか」
ようやくスマホを奪還した俺は死んだ魚のような目で校門へ歩いていく。たった一時間のことだが、熊田の陰湿な嫌がらせにより俺は疲れ果てていた。もう今日は帰って寝るか。
そんなことを思いつつ校門へ向かうとあれほどたくさんいた下校の生徒はすっかりいなくなっている。確かにすぐ帰る生徒はもう帰宅を終えて、部活に入っているとまだ帰る時間ではない。そんな誰もいない校門に一人佇んでいる奇特な後輩がいた。
「内海?」
「いやー、金物屋のおばちゃんに捕まって根ほり葉ほり聞かれましたよ。この紙屑を投げた男とは付き合っているのか、どういう関係なのか、て。それでたっぷり一時間も経っちゃいましたね」
確かにあのおばちゃん話長そうだけどそれで女子高生を一時間も捕まえる訳がない。ということは待っていてくれたということなのだろうが、内海は不思議と上機嫌であった。
「悪いな、待っててもらって」
「別に待ってないですよ? そう言えば先輩、駅前にパフェの店が出来たらしいですよ」
そう言って内海はにっこりと笑う。それを見て俺はお説教の疲れが吹き飛ぶのを感じた。
「じゃあ行くか。今度はちゃんと俺が奢るから」
「仕方ないですね、そこまで言うなら奢られてあげます♪」
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