初デート(の練習)

 家に帰った俺は途方に暮れていた。そもそもデートの何たるかを何も知らないから内海に協力を頼んだのだが、デートの練習に行く場所から自分で考えないといけないなんて。せめて初回ぐらい考えてくれてもいいのではないだろうか。


「兄貴、ちょっといいか?」

「おお」


 俺の兄、越水良太郎は気のない返事をする。俺にカードゲームの英才教育を施した兄貴は現在、リアルカードゲームを卒業してソシャゲにはまっている。そしてパックを買うのに使っていたお金をガチャに使うようになっていた。

 今も自室でスマホとにらめっこしていて俺には何の関心もなさそうだ。そう、血は争えないとはよく言ったものである。仕方がないので俺は勝手に部屋に入っていく。


「ちょっとデートに行かないといけなくなったんだが、どこに行けばいいと思う?」

「あの世」

 即答だった。さすが俺の兄だ。


「リア充をあの世に送りたい気持ちは分かるが、実の弟を殺そうとするな。助けてくれよ、こんなの兄貴にしか相談出来ないんだ」

 俺の必死の懇願に兄貴は超絶面倒くさそうな顔をする。

「俺に聞くな。分かった分かった、俺のフレンドに聞いてやる。今はネットの時代だからな」

 何となく嫌な予感がしたが、こちらから頼んだのを渋々引き受けてくれたのは事実である。それに、他にどうしたらいいのかも分からないので結果を見守る。


「お、早速返信が。何々? 『リア充爆発しろ』『市役所。でもって兄弟の縁を切る』『弟となり替わってお前がデート行けば?w』だって」

「同類ばっかじゃねえか……」

 ちなみに俺と兄貴は非リア陰キャオタクであることは共通しているものの、容姿はそんなに似ていない。俺はただの存在感が薄い陰キャっぽい感じだが、兄貴は無精ひげを生やし髪がぼさぼさで、ちょっと近寄りたくない雰囲気の陰キャである。


「まあ俺のフレンドだからな。……あ、『映画。映画なら映画館で座ってさえいいから失敗しようがない』だって」

「確かにそれだな」

「ついでに『寝さえしなければ失敗しない。映画デートで失敗するやつはまじでカス』とも言ってるぞ」

「天才か?」


 いくら俺にデート経験がなくても寝ずに映画を眺めることぐらいは出来る。しかもその間内海も映画を見ているだろうから、余計なことは考えなくて良い。何と初心者向けなのだろうか。

 ちなみに映画だと何を見に行くか考えるのが面倒くさいという欠点があると思われるかもしれない。だがそれについては問題なかった。今は大ヒット中の『天地の子』という映画がある。最近どこのお店に入っても主題歌が流れてるし、ここまでの安牌はないだろう。最悪面白くなかったとしても、「あの映画流行ってるけどあれを面白がってる奴らは分かってないよな」と上から目線逆張りオタク同士の会話で盛り上がることも出来る。


「ありがとう兄貴、恩に着る」

「そうか、振られたらじっくり話を聞かせてくれ」

 割とまじめに感謝したのだが、兄貴の対応は冷たかった。まあ昨日までの俺だって兄貴がデートするなんてことになればそういう反応になっただろう。そう思えば無言で部屋から追い出されなかっただけありがたい。


 その後早速俺は内海に『土曜日、15時にミラポの映画館前で』とラインした。ミラクルポートというのは近所にある大型ショッピングモールである。

 すぐに既読がついたがしばらく帰ってこないので既読スルーされてるのかと思ったら、一時間ぐらい後に

『15時から映画見て、終わってから夕飯食べたらそれで解散になるから何も考えなくていいと思ってそうしましたね? 私にばれないとでも思いましたか?』

と返信が来て焦った。こいつエスパーかよ。


 しかも俺が呆然としていると、

『図星だから既読スルーですか? とりあえず先輩がそのプランを考えたのは一つの進歩なのでいったんそれでいきましょう。終わってから反省会です』

 と謎の上から目線の追撃が来た。逃げようにも既読ついてしまったので逃げられない。ラインの既読機能考えた奴を俺は絶対許さない。

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