後輩に嵌められて告白させられた件
ライバルデュエリスト、内海葵
「ドロー、スタンバイフェイズ、何かありますか」
「いえ、ありません」
「ではメインフェイズ入ります、まず『白い旋風』を発動します」
「どうぞ」
「『WF-白煙の修羅』を召喚します」
「ではそれに対して『神々の宣告』を発動して無効にします」
「まじか……では『死体蘇生』」
「墓地確認いいですか?」
俺は越水昭、カードゲームオタクの高校二年生だ。今日も今日とて近所のカードショップ”レアリティ”に通い詰めている。対戦相手は同じ藤見高校の後輩、内海葵だ。
小動物のような愛らしい表情、時折こちらを見上げてくる上目遣いが可愛らしいが、騙されてはいけない。物心ついたときから兄貴にカードゲーマーとしての英才教育を受けてきた俺と唯一互角に戦える立派なゲーマーである。今も素早く俺の墓地を確認して『死体蘇生』を通すかどうかを考えている。
明るく染めた髪や化粧っ気のある顔、かばんにじゃらじゃらとついているキーホルダーを見ていると恐らく学校ではリア充に分類されるのだろう。学年が違うと校内で接触することがあまりないので分からないが。
制服も多少着崩していて、シャツのボタンは二つ空けているし、ブレザーの前は開けて下に着ているピンク色のカーデガンは丈が余っていて萌え袖になっている。
最近は同年代の仲間がいなくなり、内海がこのショップで出会う唯一の高校生だった。そのため自然と俺たちはライバルのような関係になり、週に二、三日はこうして火花を散らしているのである。やっぱり中学生や小学生と本気でやるのは大人げないからな。
「……くそ、負けたか」
結局このデュエルは重要なカードを全て無効にされた俺が敗北した。通算対戦成績は多分俺の方が勝っているが、ここ最近だけで言えば負けることの方が多いような気もする。
「どうしました? 今日の先輩はどこかキレがないというか、心ここにあらずに見えますが」
内海が心配そうに俺を見上げてくる。そうか、俺たちぐらいの関係になるとデュエルをしているだけで相手の心の変化が分かってしまうのか。確かに俺もたまに内海が本調子でないな、とか逆に今日はいいことがあったのかな、と思う日もある。
仕方がないので俺は今日あった事を素直に話すことにする。
「よく分かったな。実は俺、今日一目ぼれしたんだ」
「え」
内海の手からシャッフルしていたカードがバサバサと落ちていく。まるで時を止める魔法にでも掛かったかのように、内海は全ての動きを止めていた。いくら何でもそこまで驚かれるのは不本意である。
「おいおい、俺が一目ぼれするのってそんなに驚くようなことか?」
「そそそりゃ驚きますよ! 放課後、小中学生ばかりのカードショップで三重スリーブかけてカードをパチパチしながらデュエルしてる先輩が学校では普通の青春してるなんて!」
「……ひどい言いようだがお前も大体同じだからな?」
内海だって思考中に手札をやたらシャカシャカする癖がある。というか動き出したと思ったら今絶賛カードをシャカシャカしている。一体何を考えているんだ。
「ま、まあいいでしょう。それで相手はどなたですか? もしかしてわたs」
「三年の北野先輩だ」
「……」
俺が答えると内海の手元からカードがはじけ飛び、床に散らばる。普段人一倍カードの取り扱いには繊細な彼女にしては珍しい。
「大丈夫か?」
仕方がないので俺はカードを拾い集めるのを手伝うが、当の本人の動きがぎこちない。
「今日たまたま廊下ですれ違ったんだけど、あの長い黒髪、凛としたたたずまい、ミステリアスなクールビューティーって感じがいいよな」
あとこれは口に出さないが、ついでに胸もでかい。一目見てぐっときてしまった。今まで新発売のカードと制限改訂ぐらいにしか興味のなかった俺だが、初めて女子に心をときめかせてしまった。
内海? こいつは異性というよりは遊び友達や悪友に近い存在だな。
ちなみに俺が調べたところ、北野深雪先輩は成績も学年トップでこれまで受けた告白を全部断って来たという絵に描いたような高嶺の花である。そんな存在が同じ学校にいるものなんだな、と感心してしまった。
「はい」
俺は落ちていたカードを拾って内海に手渡す。内海はうつろな表情でそれを受け取った。そしておもむろに店内のガラスケースに自分の顔を映しては落ち込んでいる。ちなみに内海は胸もあまりないのであらゆる意味で北野先輩とは対照的と言える。あまりに内海が無言だったので俺は一度トイレに立った。
「ねえ、先輩のことだから当然好きになっただけで告白なんてまだですよね?」
「そうだな」
戻ってくるなり内海は俺に確認してくる。しかも聞き方がかなり真剣だ。やけにこの話に食いついてくるな。確かに女子は恋バナが好きな生き物とはよく言われるが。今まで内海との話題は九割がカードの話で、残り一割が学校の愚痴だったので正直困惑している。
「そもそも俺が勝手に一目ぼれしただけで多分認知すらされてないからな」
俺の言葉に心なしか内海は少しほっとしたように見えた。
「分かりました。それでは私が先輩に女子に対するアプローチの仕方というものを教えてあげますっ!」
内海はきっぱりと宣言した。まあ、俺も女子に対するアプローチなどしたことないので教えてくれるのならば助かるのは助かるが。だからといって疑問がなくなるわけではない。
「……何で?」
内海がそうしようと思うに至った流れがさっぱり分からない。
「そ、それはほら、あれですよ。私の唯一のライバルである先輩が集中力を欠いていると勝ってももやもやするからです!」
なぜか内海は顔を赤くして動揺しているし、やたらどもるし、無駄に手をわちゃわちゃさせるしで、すごくとってつけた理由っぽく聞こえる。だからといって真の理由が分かる訳でもないが。
「そ、それに女子の世界にだってトップメタとか禁止カードとかあるんです! 先輩が何も知らずに禁止カードを使って怒られないか心配ですし!」
「何だよ禁止カードって。デートの最中に他の女子の話題を出すとか?」
「確かにそれは一発アウトですね。そのまま追い返されても文句は言えません」
内海は急に神妙な顔つきになる。そんなにやばいのか。しかし、確かに今の例は極端だから分かったが、世の中には他にも色々な禁止カードがあるに違いない。そういうポイントを教えてもらえるのは素直にありがたかった。カードゲームだって一人で勉強するのと、ある程度触りだけ教えてもらってからやるのとでは全然違うからな。
「分かった。じゃあよろしく頼む」
「では実践あるのみです。早速週末にで、デートの練習をしましょう!」
「で、デート!?」
俺は思わず声を上げてしまうが、内海は内海で顔を真っ赤にしていた。もしかして言い出したはいいものの本人も緊張しているのか?
「そ、それはもしかして内海と一緒にどこかに出かけるということか!?」
「そそ、そういうことです!」
「カードショップではなく?」
「……どこの世界にカードショップにデートに行くカップルがいるんですか! そんなの許されるのは私だけですよ! ん? ということはそれでもいいのか? いや、良くないですよ! 今回はあくまで練習なんですから」
めっちゃ自問自答してるんだが大丈夫か? 確かに内海とカードショップに行ってもカード見てデュエルして帰るだけになるだろう。それでは場所が変わるだけで普段の放課後と何も変わり映えはしない。
「それでどこに行くんだ?」
が、内海は無慈悲に答えた。
「先輩、デッキを組むところからすでにデュエルは始まってるんですよ」
「自分で考えないといけないのかよ……」
こうして俺はよく分からない成り行きで人生初のデート(練習)をするはめになったのである。
「あ、それならラインも交換しておかないとですね」
内海の方は何が楽しいのか、急にハイテンションになってスマホを操作している。それと入れ替わるように俺は緊張に包まれるのであった。
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