土木系女子(ドボジョ)のアンビバレントな日常

八家民人

第1話 プロローグ

R大学理工学部のキャンパスでは、やっと梅雨が明けて、猛暑が続いていた。一週間ほど晴天が続いて学生たちも汗だくでキャンパス内を歩いている光景が見られた。

こういった日は生協や学内に設置しているコンビニのアイスが良く売れるのである。

学生の中ではR大学周辺は都心よりも夏は気温が二度高く、冬は二度低いということが定説として囁かれているがその真偽は定かではない。

理工学部のキャンパス内に置かれている建物には番号が付けられており、キャンパスの案内板にもその番号が記載されている。

土木工学科の建物は五号館と呼ばれており、正門から最も遠いところにある建物である。五号館は四階建ての建物で四階と三階に教員の個人研究室と学生の研究室が集まっている。二階に学生部屋がある研究室もあるが、基本的には事務室や学生の掲示板があるのみである。

五号館の一階にはゼミ室が二部屋と環境工学研究室の実験棟がある。そして一階に一部屋だけあるのがコンクリート工学研究室の学生部屋である。他の研究室から見れば一階に追いやられている形になっているコンクリ研の学生は不憫に思われているが、コンクリ研の内部の学生からは絶妙な配置であるという認識だった。それは四階にある方が研究室に行きにくいという意味ではない。五号館にはエレベータがあるので少ない労力で四階に向かうことが出来る。

コンクリ研が一階にあることが絶妙な理由というのは、彼らの研究対象であるコンクリートに原因がある。

研究内容が実験系であるために、ほぼ全員がコンクリートを作製することになる。その実験中に忘れ物を取りに帰るなどの理由で研究室に戻ったりすると、どうしても砂埃やセメントが付いた作業着で、ということになる。その度に着替えて取りに行くのも面倒臭く、研究室内にいる人間に持ってきてもらうには申し訳なかったり、誰もいなかったりということもあって作業着のまま研究室に戻るわけである。

四階や三階に研究室があると、汚れが建物内部で目立つことから、この配置が最も適切だと全員が考えていた。

研究室内部は扉を入るとすぐに学生の机が五台ずつ向かい合うようにして十台集まっているのが見える。その奥にパーティションで区切られて助教の机がある。部屋の中央にはホワイトボードとソファが二つ、そして打ち合わせ用の長テーブルが置かれている。

向かい合うように置かれた二つのソファの間には簡単なテーブルクロスが掛けられたステンレス製のローテーブルがあり、さらに右側には四台ずつ机が向かい合った八台の机群と二台ずつ向かい合った四台の机群がある。その奥の壁にはキャビネットがあり、論文集や学会誌が並べられている。入口脇には流しがありガスコンロが設置されている。ここに大学院生が六人、四年生が八人在籍している。学生の数と机の数が合致していないのは、配属される学生が毎年異なっているためである。

入ってすぐの机の群は四年生が使うことになっており、今現在机には四人が座っている。もう午前十時を過ぎようとしているのにここにいないのは就職活動をしているか、実験をしているか、ただの遅刻かのいずれかである。

机を使用している四年生も研究をしているわけではなく、これから実施される大学院入試の一般入試のための勉強をしている。図書館に行くよりも周りに気を遣わないで済むという理由で、この研究室を自習室代わりにしていた。

長テーブルを挟んで反対側の机群は大学院生である。二つある群の内、八台の机群は修士一年で、もう一つの四台の机群は修士二年と博士課程の学生が使用している。現在博士課程の学生は在籍していないので実質修士二年だけが使っている。そちらの机群には今修士一年側に二人、修士二年側も二人座っていた。

「なあ、トリチェリ―の定理って何?」四年生の金井信二が机の上の問題集を見ながら言った。

「え?私に言っているの?」

向かいの三枝恵梨香がモニタの脇から金井の顔を見る。眼鏡の奥の瞳は常に眠そうである。

「いや、誰でも良いんだけど」金井は笑いながら言った。

「お前さ、さっきから聞いてばっかりじゃねえかよ。自分で調べるとかやり方あるだろう?」金井の席から二つ離れた席で数学を解いていた後藤昭義が鼻息荒く言った。

「調べてもわからないから聞いてんだよ」

「私もわかってないかもしれないなぁ。ごっちゃん、教えてくれる?」

三枝の席から一つ間を挟んで隣にいる佐々木恵が言った。佐々木の髪が羽織っている水色のサマーニットの肩で揺れた。

「え?うーん、わかった。じゃあ、こっちに来て」

後藤は佐々木から視線を外すように言うと、二人を自分の席に呼んだ。

「おい、ごっちゃん。俺と態度が違うじゃねえかよ」金井は声を張って抗議した。

「そんなことないよ。同じわからないところがあるなら、一度で説明したほうが合理的だろう?」

「いーや、違うな、恵が教えてって言ったからだろう?」

「馬鹿、何言ってんだよ。そんなことねえよ」

後藤の顔が赤いのは怒りの感情だけではないのははっきりとしていた。

「トリチェリ―はわからないけどな、俺は心の機微っていうものはわかるんだよ」

金井は、我が意を得たり、といった表情である。

「お前らうるせぇー」

声と同時に金井に向けてティシュ箱が飛んできた。

金井はかろうじて躱す。

ティッシュ箱の投手は長テーブルを挟んで向かい側で背を向けて座っている合六菜々子だった。

「二十分毎にべらべらと喋りやがって、もう少し集中しろよ」

合六は振り向かずに言った。視線はディスプレイに向かっている。数値やグラフを映し出して実験のデータ整理をしているところだった。

合六は動きやすいという理由で上下ジャージを着用している。キャスタ付きの椅子に胡坐をかくように座ってマウズとキーボードを操作していた。

「合六さん、すみません」後藤が謝る。

「いいじゃないっすか、和気あいあいとやっているんですから」

何が悪いのかという表情で言ったのは金井である。

「あのな、お前らだけじゃないの。この部屋に居るのは。心の機微がわかるんならそういうこともわかるんじゃないのか?」

合六の発言に金井は不貞腐れた顔をしたが、すみませんと誤った。

「真面目に勉強のことで議論するなら、問題ないんだよ。正直その話題、今のお前たちに必要じゃないだろー?」

ダメ押しの怒声で金井と後藤は黙った。

「なんかスゲー懐かしい光景だな」修士二年の塩田隼人が言った。

「ああ、そうね。もう二年前かな?私達もこの時期詰め込んでいたわよね」同じく修士二年の真中ゆかりが懐かしそうに見ている。

「二人もこの時期から勉強だったんですか?」金井が合六から逃れることを期待して先輩二人に尋ねる。

「え?俺たち?二人共推薦入試だよ」

塩田がそう言うと、四年生は四人とも肩を落とした。

「先輩二人はお前たちと違って学部生の頃から頑張ったんだよ」合六がさらに追い打ちをかける。

「合六さんはどうだったんですか?」後藤が尋ねる。

「私はもちろん一般入試だよ。頭良くなかったからね」

「でもこの前の学会で発表賞貰っていましたよね?」三枝が振り返っていった。

合六は先月に行われた学会で発表賞を受賞していた。

「発表賞は頭の良い悪いとは関係ないと思うなー」合六は椅子を回転させて三枝に向かい合った。

「そうなんですか?」

「うん、研究の内容とか、発表時間を正確に守っているかとか、質問にちゃんと答えられたかとか基本的なことがちゃんとできているかっていうことが重要だと思うよ」

コンクリート工学研究室は、大学院生が学会発表する機会が他の研究室よりも多く、また、発表賞を取る大学院生が多いことが学科内で有名である。その裏には練習を何度も重ねてプレゼンテーションの質を上げたり、発表終了後の質疑応答の対応をしたりと見えないところでの努力をしている。それは学会に参加する他の大学も同じである。

「つまり、無駄口叩いていないで、しっかり勉強しろよってことだよ」

合六の向かいに座っていた矢木純一郎が言った。

矢木は坊主頭で細身であるが筋肉質の身体をしているため、計画研の修士二年の小川という筋肉一筋に生きている院生とたまに筋トレをしに出かける。矢木自身はそこまで固執しているわけではなく、体調管理の延長線上の行動だと考えていた。

矢木の発言に四人の四年生が渋々勉強に戻ったあと、研究室の扉をノックする音が聞こえた。

「はい、どうぞ」矢木が声をかけると、恐る恐る扉が開いて女子学生が顔を覗かせた。

「こん・・・にちは」そこには学部三年生の舎人あかねがいた。

室内の全員が自分を見ていることに戸惑いながら声を出していた。学部生が研究室を訪ねるということは緊張することが多い。

「あーあかねちゃんだー」合六が声を上げた。

「合六さん」あかねの顔が明るくなった。合六がいるとは思っていなかったようだった。

「どうしたの?」

「あの、実験のレポートを持ってきたんですけれど」

あかねは胸に抱えるようにして持っていたホチキス留めしたレポート用紙を合六に差し出す。

「オッケー。風邪ひいて遅れた分だよね。東郷先生に診断書見せた?」

「はい。今渡してきました。レポートも下に持って行くようにと」

「りょーかーい。受け取っておくよー」合六はにこにこしながら受け取る。

「合六」

合六が後ろを振り向くと矢木立っており、手を出していた。合六は矢木にレポートを差し出す。

「よろしく」

矢木は軽く頷くとレポートが山積みされている長テーブルに向かった。

あかねは先週の学生実験の授業を欠席したためにレポートの提出が遅れたのでそれを提出に来たのであった。

「お忙しいところ申し訳ありませんでした」あかねは頭を下げる。

「いいのいいの。こっちは受け取るだけだからさ。あぁ、あかねちゃんはかわいいなぁ。食べてしまいたい」

「いや、それはちょっと・・・」

「そういえば、来週だっけ?コミーと研究所行くのって」

「あ、はい、そうです。古見澤さんには無理言ってお願いしました」

コミーとは合六と同期で水理学研究室に所属している古見澤雄也のことである。古見澤が来週に神奈川県の久里浜にある港湾海洋技術研究所に行くことになり、そのことを学生実験中に聞いたあかねが行きたいという意思表示をしたのである。

「いいなぁ、コミーとデートじゃん」

「ああ、でも一応興味ある分野だったんで行きたいなぁと思っていたんです」

「デートは否定しないんだー」

「あ、お忙しいですよね。ごめんなさい、失礼します。また実験で」そう言うとあかねは帰っていった。

「久里浜って海水浴場あるよね」三枝が言った。

「夕闇に包まれた砂浜、幻想的な色に染まった海から寄せては返す波、二人は肩を寄せ合って、そして・・・」金井が目を閉じて顔を上げて言った。

「おい、お前うるせぇよ。鉄筋の代わりにコンクリートに入るか?」合六は近寄りがたい雰囲気を醸し出しながら言った。

「合六さん」金井は目を開けて合六をじっと見る。

「人間の体はコンクリートには沈みません。密度が人間の方が小さいですからね」

「殴る。今日は殴る。お前を殴らせないとここにいる全員殴る」

「なんで巻き添え喰らわなきゃいけないんですかぁ」佐々木が言った。

「合六、お前が一番うるさい」塩田が良く通る声で言った。

「すみません」合六は大人しく引き下がった。

ぶつぶつと文句を言いながら合六が席に戻るのと同じタイミングで研究室のドアが開いた。

「お疲れさーん」

ジーンズとカッターシャツに身を包んだ助教の鹿島博之が入ってきた。

「お前らな、うるさいんだよ。事務室まで声が響いてきたぞ」

手に持った資料をローテーブルに投げるように置いてソファに身体を沈める。

「そんなに煩かったですか?」矢木が入り口脇のコンロの下から鹿島のマグカップを取り出して言った。

「煩かったぞ。打ち合わせの相手が、活気があって良いですね、って言っていたけど、顔はひきつっていたよ」

その間、矢木は電気ポットでお湯を沸かしてインスタントコーヒーを作っていた。自分の分も淹れて二つのマグカップを持ってソファに向かう。

「どうぞ」

鹿島の分と自分の分二つのコーヒーをローテーブルに置いて、自分も鹿島の正面に座る。

「ああ、ありがとう」

鹿島はコーヒーを一口飲む。

「いえ、自分もちょうど飲みたかったので。ちなみに誰の声が一番響いていました?」矢木もコーヒーを一口飲んで尋ねる。

「教員がそんなこと言ったら、パワハラ?アカハラ?まあ、どっちでも同じようなもんだけど訴えられちゃうよ。なあ、合六?」

「それは、もう合六だってことですよね」矢木が笑いながら言う。

「いっつも私だよ。今日はちゃんと四年生にも注意したんですよ?しっかり無駄口叩いていないで入試の勉強しろって」合六は抗議した。

「ああ、合六が言っていることは正しいな。お前らもわかったか?」

四年生は各々返事しながらも勉強に集中している。

「さっきはあれほど煩かったのに・・・」

「合六」鹿島が穏やかな声で呼んだ。

「はい?」合六は目を丸くして鹿島を見る。

「お前、愛されているな」鹿島は穏やかに微笑んだ。

「絶対違うよ・・・これは愛されているって言わないでしょう」合六はぶつぶつ言って頭を抱えた。

「そうだな、愛されているんだよ、お前はさ」塩田が諭すように言った。

合六は完全に沈黙した。

「あ、先生、三年の舎人さんが遅れていたレポート持ってきました」矢木はレポートの山から先程受け取ったあかねのレポートを手渡す。

「ああ、そう。診断書は東郷先生に持って行ったって?」鹿島はあかねのレポートをパラパラ見ながら矢木に言った。

「そう言っていましたけどね」矢木は言った。

「わかった。ありがとう」鹿島はレポートを矢木に返した。

「今日は打ち合わせですか?」矢木はレポートを受け取りながら言った。

「そう、B建設の技研の研究者とね」

「共同研究の話ですか?」

「うん、いや、と言ってもこちらが実験するわけじゃないんだけどね。意見が欲しいって」

その時、勢いよく扉が開いた。

「おはようございます」

学部四年の松崎将兵が鞄を肩にかけて入ってきた。松崎は矢木よりも筋肉質であり、矢木が細身ならば松崎は筋肉の塊という表現がふさわしかった。

机に突っ伏していた合六が松崎に詰め寄る。

「おい、今日は十時集合だったはずだろー?今何時だよ」

「えっと十時半になろうかというところですね」

「何冷静に答えてんだよー」

「えっと・・・聞かれたので」

「そう言うことじゃないって」

矢木と鹿島は顔を伏せているが、肩が震えている。修士二年の二人もニヤニヤしながら二人のやり取りを聞いていた。四年生はもう慣れているのか何も反応はなかった。

「あーなんで遅刻したのかってことですか?」

「そーだよ。さっきからそれを聞きたいんだよ。言い訳ぐらいしてくれなきゃこっちも納得できないよ」合六は松崎の腹を手のひらでパンパン叩きながら言った。

「ああ、それならばちょっと聞いてください。本当に起こった話なんですけど」

松崎のテンションが急に上がったからか、部屋の全員がそれとなく松崎の話に耳を傾けた。

「実は俺、運命的な出会いをしてしまったんですよ」松崎は頬を赤らめて言った。

「はあ?何それ。運命的な出会い?もう私としているでしょう?」

合六は肘で松崎の体を小突いた。

「今日はいつも通り家を出たんですよ」

「頼むから、何かリアクションしてくれないかな。こっちが恥ずかしいじゃん?」

「わ・・・私と・・・運命的な出会い?・・・」矢木が肩どころか体全身を震わせて笑いを堪えている。塩田も机に突っ伏して身体を震わせている。真中は口元に手を当てていた。四年生はもれなく冷めた目で合六を見ていた。

「ほらー研究室全体が変な感じになっちゃったじゃん?」

「夜寝る前にもう一度思い出して笑うな」塩田が小声で言った。

「そこ、うるさいですよ」

「あの、言訳けの続き喋っても良いですか?」松崎が真顔で合六を見る。

「ああ、すみませんね。どうぞ」合六は自棄になっていた。

「それで、いつも通りに朝食を食べて片付けして洗濯して掃除して家を出たんですよ」

「朝から随分余裕がある生活しるんだな」矢木が感心したように言った。

「こういうの自分でしないとダメなんですよ」松崎は鞄を自分の席に置いた。

「そんなに余裕を持って起きたら間に合うはずでしょう?」合六は言った。

「そうなんですよ。本来ならば間に合うはずだったんですけどね。掃除したところまで話しましたよね。それから自転車で大学まで向かったんですよ」

松崎は冷蔵庫まで行って、中を開けてペットボトルのお茶を取り出した。キャップの部分に自分の名前が書いてある。これは共同生活する上で自分の食べ物や飲み物を勝手に消費されないようにするための工夫である。しかし、結局非常時には名前が書いてあろうが飲み食いするためにあまり意味は無い。

「自分の家から大学までの間に市道があって、そこを渡る必要があるんですけど」

だんだんと研究室全体が松崎の話に注目するようになっていた。

「ちょうど横断歩道の手前の角に新しくマンションが建つみたいで今工事中なんですね。工事の敷地に白い囲いが設置されているんです」

「ああ、確かにあそこ今工事中だね先月くらいからじゃないかな」金井が入ってくる。

「そう。そこに俺が差し掛かった時にちょうど前方の角からパンツスーツの女性が飛び出してきてぶつかりそうになったんですよ」

「まるで少女漫画のシチュエーションじゃん」佐々木が目をキラキラさせていった。

「そうなんだよ。でも最初は女性だともわからなくて、実際にかなり危なかったから文句言ってやろうと思って良く見たら、すっごい綺麗な女性だったんですよ」

最後のセリフは合六を見て言った。

「マジで?連絡先は交換した?」後藤が聞いた。

「向こうが急いでいたからすぐに別れたんだけど、そうだな、聞いておけば良かったよ」

「へー、写真くらいとってもらえば良かったのに」矢木はソファから上半身を捻って松崎の話を聞いていた。鹿島は打ち合わせでもらった資料を読みながら微笑んでいた。

「はいはい。それが言訳けなんだな?もっとましな嘘を吐けよ」合六は松崎の腹にパンチした。

「ちょっと、嘘じゃないですよ。本当に運命的な出会いをしたんですよ」

「どうせ急いで向かっている途中に出会った女の子のこと言っているんだろ」合六は全く信じていなかった。

「本当ですよ。曲がり角でぶつかりそうになったところを・・・」

「ほらそこだよ。いいか、今の工事現場の仮囲いはね、昔は違ったけれど今はそう言う曲がり角での事故が起きないように角が一部だけ透明になっているんだよ」

松崎は額に手を当てた。

鹿島、塩田、真中以外は全員が合六を見ていた。

「だからな、曲がり角で出合い頭に衝突しそうになった、っていうシチュエーション自体が今はほとんど起こらないんだよ」

「先生わかっていたんですか?」矢木が鹿島に聞いた。

「そうね。変だなぁくらい」鹿島はコーヒーを飲んでいた。

塩田と真中が立ち上がり実験棟に行くと言ってドアの方に向かう。その途中で塩田が松崎の肩に手を置いた。

「もっと良く見ていれば、そんなこと嘘だって簡単にわかるんだよ。勉強不足だな」

そう言うと部屋を出て行った。

「あいつ・・・俺のセリフ取りやがった」鹿島が小声で言った。

「学生が育っていて良いじゃないですか」矢木がコーヒーを飲んで言った。

「あ、そんなことより合六メール見たか?」鹿島が言った。

「見てないっす」

「自信満々だな。潔いけどちゃんとメール見ろ。そろそろ土木技術研究所に行くんじゃないのか?準備進んでいる?」

合六は壁のカレンダーを見る。

「ああ、そうでした。乙川さんに連絡取ります」

「よろしく頼むよ」

「はい。よし、松崎準備するぞ」

「あ、なんか実験ですか?」

「そう、外部で実験設備を貸してもらうから試験体を発送したり、いろいろあるんだよ」

「力仕事は任せて下さい」

「力仕事以外もしてなー。じゃあ実験室に行くぞ」

合六は早速部屋を出て行った。

「待ってください」松崎も後に続く。

「なんだかんだ名コンビなんだよな」矢木が呟く。

「トラブルメーカーの間違いじゃないか?」

鹿島はコーヒーを飲み干した。

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