第5話 デイケアスタッフ間のやり取り
今は昼食の時間。カレーライスだ。スタッフの上原が利用者に指示を出す。
「恵、こぼさないようにカレーかけるんだよ」
返事がない。かなり集中しているからなのか。りあは、
「あたし、少なめにして」
と、言うと上原は、
「りあ、多かったら残してね」
言った。
「はーい」
りあは俯いてしまった。言われてショックを受けたのかな。りあは特に打たれ弱い。上原をかばう訳ではないが、ショックを受けるほどキツイ口調ではなかったと思うが。
全員分、カレーライスと野菜サラダを皆で配り終え、今日の日直のりあが、周囲を見渡してから、
「いただきまーす!」
と、いつもの明るい笑顔はないが、声は大きかった。まあ、大丈夫だろう。一応、上原には昼食の準備の経緯をスタッフルームにいるとき話しておこう。
全員、食事を終え、食器も洗い各々パソコンをやったり昼寝をしたり様々だ。
今日の昼休みの間に残るスタッフは、笹田だ。彼女は、優しく明るく、よく気がつく優秀なスタッフだと山崎は思っている。三十四歳で既婚者、子どもは二人居て小学生と聞いている。どうやら、一姫二太郎のようだ。山崎は子どもが好きで、保育士になろうかとも考えているので、保育士の資格もとろうかと考え中だ。
今日のデイケアを終え、先程、上原に伝えようとしていたことを、丁度、スタッフルームに彼と高木主任と山崎の三人で居たので、伝えた。高木主任は、
「りあちゃんはデイケアに来て約一年くらいかしら。なかなか慣れないわね。言ったこともきちんと聞いてるのか分からないし。だから、同じ質問を何度もするのよね、きっと」
そう言った。上原は、
「確かにそうですね。たまに、ぼーっとして上の空の時もあるし。一年通っているけど、何を考えているか分からない時があります」
山崎は二人の話を聞いて黙っている。そして、
「上の空というのは、病気の症状なのか、薬の副作用か、元々そういう子なのかどれでしょうかね?」
そういう質問を二人にぶつけてみた。すると、高木主任が最初に答えた。
「三つともじゃないかしら」
上原は、
「そうだと俺も思います」
と、言った。上原は山崎の方を向いた。
「山崎君はどう思う?」
質問だ。山崎も他に考えられなく、
「お二人と同じ意見です。因みに、主治医は何て言ってるんですかね?」
質問を質問で返した。
「うーん……」
上原は唸っている。
「あなた、なかなかいいところに気付くじゃない」
笑顔を浮かべながら高木主任は言った。
「ありがとうございます!」
山崎はそう言われて嬉しいようだ。
「私ですら思い付かなかった」
上原はこちらを見ている。睨んでるようにも感じる。山崎が高木主任に褒められたのが気に食わないのか。そんなんで怒るようじゃ、彼は器の小さな人じゃないかと思う。そんなこと、言えやしないが。
上原は喋り出した。
「お盆休みに、デイケアのスタッフ集まって焼肉でもしませんか?」
驚いたのか、高木主任は言い出した。
「皆、それぞれ用事があるんじゃないの? 実家に帰るスタッフもいるだろうし」
「ですよね、残念」
上原は俯いた。
「でも、上原君がそういうこと言うの珍しいじゃない」
「確かに珍しいですね」
上原は照れくさそうに言った。
「たまにはいいかな、と思って」
山崎は、
「僕はもっとデイケアのスタッフと交流を深めたいと思っているので、出来たら焼肉したいですね!」
言いながら日報を書いている。
「じゃあ、集まれるスタッフだけ集まる? 私は、旦那の実家に行くから参加できないけれど」
「あら、肝心かなめの高木主任が来れないとは」
山崎は言った。
「私が居ない方が自由に喋れていいんじゃないの?」
高木主任は苦笑いを浮かべていた。
「そんなことはないですよ。そういう場は無礼講ですよ!」
上原は言った。
「おっ! 上原君、随分強気じゃない」
彼はニヤリと笑みを浮かべ、
「そういう時もあります」
と言った。
「他のスタッフにも声掛けてごらん? いい、交流の場になると思うよ、
息抜きにもなると思うし」
高木主任は笑顔だ。
「ですよね、分かりました。山崎君、参加する?」
「はい! 是非!」
山崎は力強くいった。よっぽど参加したいのだろう。
「他は、笹田さんと上田さんか。後で集まった時、訊いてみるかな」
上原は独り言のように言った。
時刻は午後四時過ぎ。利用者の送迎を終えて笹田と上田は戻って来た。
「お疲れ様です。笹田さんと上田さんに訊きたいことがあるんですが、今いいですか?」
笹田は、
「何?」
と、忙しそうにしている様子。
上田は、
「なあに?」
相変わらずのんびりしている。
「お盆休みにデイケアのスタッフで焼肉しませんか? 今のところ、俺と山崎君が参加します。高木主任は旦那さんの実家に行くらしく、不参加です」
笹田が話し出した。
「どこで焼肉するの?」
上原は、
「俺の実家でしようかと思ってます。俺が住んでいるところはアパートだから出来なくて」
そう言った。上田は、
「それなら、あたしの家でやらない? 旦那と子どもしかいないから。一軒家だし」
笹田も、
「出来れば上田さんの家がいいなぁ、旦那さんやお子さんにも会ったことあるから」
上原は、確かに皆、親には会ったことないから気を遣うかもなぁ、と思った。
「それじゃあ、上田さんの家でお願いします」
上田は笑顔で、
「家族には言っておくから」
そう言ったあと、会議が始まった。会議のテーマは、
会議は午後五時過ぎに終わった。今日も一日ご苦労様、と山崎は自らを労った。誰も褒めてくれないので、自分で自分のことを褒めるということを意識してやっている。
退勤時間は午後五時三十分。これから帰宅し、風呂に入ってゆっくりしよう。そう思い、病院を後にした。
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