魔術師アカデミーの赤狐

彩樽

第◯話 クローディア・ホルゲート

太陽は天頂から街を照らす。空も素晴らしいぐらい青くて、雲が一面に見当たらない。


このような素敵な天気は本来友達とワイワイして楽しむべきだが、この街だとそうにはいかない。


友達がいないのもあるけど、それでもこの街は少し違うんだ。


参考にできる街は学校のパソコンを通して見たことしかないけど、わかる。


通りの真ん中を歩くと真上の太陽が暑くて、パーカーの中は苦しくて、道の両端の影を歩きたいけれど歩けない。


影にはヤツらがいる。


両端の影は自分よりも不幸なヤツらに満ちている。


溢れそうなところには喧嘩して居場所を譲り合っているヤツもいると、弱くて仕返しできないヤツが道端で仰向けになって倒れている。年々の苦労を通して影で知名度をある程度得たヤツは比較的キレイなシャツを着て堂々と座っている姿だって見える。


私はヤツらが嫌いだ。


自分の不幸を人のせいにして諦めたり、長引いた苦労に怒って暴力を振るったり、ヤツらはみんな痛みで痺れた目で私のことを見ている。


ヤツらも私のことが嫌いだろう。


私も同じような目をしていると違いないのに、私は太陽の下に穴が二つしか開いていないパーカーを着て歩けるんだ。色のついた靴だって履いているし、日の焼けた皮膚に傷跡が見当たらない。


不公平、だとヤツらは冷たい目で私のことを見つめて思っているのだろう。


私が学校の裕福なクラスメイトを見つめている目も同じように冷たいだろう。


親を見つめる目とは一味違うかな。不公平だと責める目に憎悪が含まれているほどヤツらは私のことが嫌いじゃないんで。




通りをやや大きい交差点が横切って、私は左に曲がる。ヤツらを避けるため車道を歩いているけど、問題ない。車が通るのは滅多にないから。


この街は概ね二つに分けられている。ヤツらが集まる北町とカレらが暮らす南町はマイン川により北と南に隔てるようになった。


私は南町の病院に生まれてすぐこの醜い北町に連れて来られた。南町に育つことができてたら、と向こう側の学生のキレイな制服を見て想像するときがある。


私はヤツらを嫌うように、北町のことも嫌い。




交差点を左に曲がって少し歩いたところで影でうずくまっているヤツらの数が減っていくような気がする。前方には大通りがあって、北町唯一の郵便局とモールがある。銀行なら南町に行くしかほかない。この辺だと建物も少しずつ高くなってくる。


通りの右側に青い看板のコンビニがある。店の前に置かれた看板を更新したのは昨年が最後な気がする。清潔感のある好青年の作り笑いはバイト募集を自信満々に告げる。


コンビニに入ってみると誰もいない。どこからか、ほんのり生臭い匂いが漂う。


「おーい。客が来たよー」と私は店の奥に進む。臭いが強くなっていくと同時に店員専用のドアがバタンと開く。


「誰が客だ、あ?遅いぞ、ホルゲート。さっさと着替えて仕事しろ」


私を迎えたのは店長のサム。長老で低身長で頑固な性格で仲良くできない人だ。強ち悪い人ではないが、機会さえあれば文句を本一冊分余裕で言える。私のことを親の名前『ホルゲート』で呼んでるのは文句その1。


「先月の給料をくれよ。まだ貰ってないの。それとも、昨日辞めるから用意してくれって言ったの忘れたのか?」


「お前ようその上からのこと言えるな。自分の位置を考えたことあるのか?」


払えなさそうで、一歩近づく。


「私がここでどれぐらいの年月を働いてると思うの?店長室で何やってんのか、バレバレよ。ここ南町交番に結構近いよ?頑張って走ったら、5分?7分?」


「は…何言ってんだよ、お前。…仕事しろと言っただろう」


「往復10分。長くても15分以内。その時間で店長の体で部屋のぶつを片付けるとでも言うのか?未成年の女の子を何回も何回も深夜まで働かせた記録も残して置いてるの。いいの?」


店長から湧き出ていた怒りのオーラが目にわかるぐらいすんなりと治る。このコンビニの裏で働いてた違法行為から目を逸らしたのを当たり前に取ってた店長は何も言い返せない。


脅すのは趣味じゃないし最近だとお客さんが少なくて、店長もお金に困ってるのわかってるから余計に頑固になってたのもわかる。でも、今日はどうしても給料貰わないと困る。


店長は無言でレジからお金を出して、私に渡す。


手の中でどれぐらいなのか計算する。


学校を週2休むお陰で、毎週4日働くことができた。朝の8時に入って、18時に帰る。10時まで残ったのが先月で8回、零時は3回。1ヶ月でなんと220時間。時給2パウンドで既に安い。


440パウンドのはずが、なんで200になるの?


「全然足りてないじゃん!残りも欲しいんだけど」


私の訴えに店長は難しい顔をした。初めて見たかもしれない顔に私まで動揺しちゃう。


「オレは…色々あって。とにかくこのレジに入ってる金しかないねん」


今度なにも言い返せないのは私の方だ。


「すまん、ホルゲート。だからあと1ヶ月間働いて欲しかった」


「え、いや、すまんて…何してレジん中しか残んないの?は?なにそれ?」


「お前に知る必要はねえよ。すまないことをしたのわかってるから。お前の状況だってわかる。ホルゲート…クローディア。もう出てて。明日来なくてええから」


時給が笑い出してしまうほど少ないこのコンビニでなぜ働こうと思ったのは、店長のことある程度信用できると思ったからだ。まだ10歳だった私に居場所をくれたんだ。私が店長の事情から目を逸らしたら、店長も私の事情を気にしない。店長の目はいつだって自分に正直だった。この北町で私が唯一好印象を持てるのは店長だ。


そして今の店長の目は真っ直ぐ私の方を見つめている。『オレはもうすぐやられるだろう。お前はまだまだ若い。』と語りかけているようにも見える。


私はどこかおかしくなってるのかな。


手元の200パウンドを見て、半分をカウンターに置いた。


「お世話になりました」


店長の顔は見れない。すごく驚いてて困惑してるだろうから見てはいけない気がする。正直不本意だけど店長は私を救ってくれたので、恩返しだ。


コンビニを出て戻った道を帰る。店長がショックから戻ったらしく、後ろから「おい!ホルゲート!」って呼んでるけど、振り向けない。店長は歳を老いてるけど、北町で生き残った店長はいつだって少しかっこよく見えた。


今は顔を合わせないぐらい哀れな店長がこころの中で何かのスイッチを入れた気がする。


もう元通りにはなれない、と実感させるスイッチ。

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