第32話 名誉より大事なもの

 次の患者は大林昌幸32歳である。

渋沢吾郎:どうしましたか?

大林昌幸:私は今、道を求めています。

渋沢吾郎:どんな道ですか?

大林昌幸:人にとって一番大事なものは何かをずっと考え込んでいるうちに答が見つからず、欝になっていきました。いろんな宗教を歩いたのですが、正直どういう人生がいいのかわかりません。ある宗教では名誉を重んじますが、私は名誉よりもっと大切なものがあると思います。

渋沢吾郎:そうですね。私は自分にとって一番いい人生は生きててよかったと思える人生だと思います。

大林昌幸:私もその通りだと思います。ただ、大事なものを踏み潰してまで生きててよかったと思えるのでしょうか?

渋沢吾郎:なるほど。あなたは潰された人ですか?

大林昌幸:いえ、違いますが。全員が一人も漏れなく救える敵である人さえも変えて幸福になる道はないのかと思っているところです。

渋沢吾郎:なるほど。それはスケールがでかすぎますね。それができたら私はその人に手を合わせますよ。

大林昌幸:渋沢先生でも名案は浮かびませんか?

渋沢吾郎:そうですね。順序だって話して見ましょう。まずそうなるためには自分にそれだけの器量と知恵を持ってなければいけません。次に大林さんは敵を変えると言いましたが、大林さんは敵はいますか?

大林昌幸:いえ、私はたいした敵はいませんが、親友が苦しんでいまして。

渋沢吾郎:なるほど。そしてあなたは名誉と口にしましたね。敵である人は名誉を持っているんですか?

大林昌幸:そうです。

渋沢吾郎:そうですか。それならそれは骨のいる作業ですね。

大林昌幸:しかし、私は敵と思っても、親友はその相手を敵と思いたくないらしく苦慮しているところです。

渋沢吾郎:そうですか。私はその敵とやらと対話はできるのですか?

大林昌幸:一般人では無理です。

渋沢吾郎:なるほど。では解決はつきませんね。

大林昌幸:このままやられっぱなしも悔しいです。私は思うのです。名誉よりも一人でも多くの人を大事にすることが人としての最高な生き方なのではないかと。

渋沢吾郎:その通りだと思います。しかしあなたの親友はそれだけでは救われないような気がします。

大林昌幸:そうなんです。彼も、私と同じ結論を持っていますが、彼ばかり攻撃を受けているので、私は正直耐えかねます。

渋沢吾郎:そうですか。私も思うのですが、自分の信念を貫くことは本当に大変なことだと思います。その信念は人にとって大事なものをそして価値のあるものを大事するというものが本物だと私は思います。しかし、道はそうたやすくはありません。相手に受け入れられるようにするには自分の力で、相手を感動させることが最良の手段と思っています。

それは、相手の性格を見て、相手を理解した上で行動しなければいけません。そのことは私よりその親友のほうがよくわかっていると思います。私はその親友を連れて来いとは言いません。ただ、私が必要であれば、いつでも待っています。

大林昌幸:ありがたいお言葉です。親友にもそのことを伝えておきます。

渋沢吾郎:私は思います。悩みに悩みぬいて苦労を重ねて苦しみの中にいるからこそわかる痛みがあります。人を救えるのは、その痛みを知るものしかできないのです。健闘を祈ります。今日はこのくらいしかいえませんが、それでいいですか。

大林昌幸:ありがとうございます。またよろしくお願いします。

 と、大林昌幸は部屋の外へ出て行った。

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