第36話 手がかりを求めて

 アンナは、エスラティオ王国の王城の書庫で、勇者に関する文献を読み漁っていた。

 聖なる国と呼ばれているだけあって、勇者関連の書物は、ウィンダルス王国よりも多かった。アンナは、その中の一つを手に取り読んでいく。


「勇者は、聖なる光の力を使い、数々のことができる……」


 文献のそれらしい所を、声に出して読んでみる。そうすることで、頭に入れることができるからだ。


「聖剣とは、聖なる光そのものであり、これこそが勇者の証である」


 それはアンナも理解していた。今までも、聖なる光を変化させ、剣以外の形にも変形させて戦ってきた。そのため、これは新たなる情報ではなかった。


「外れか……」


 アンナはその書物を戻し、違う書物を手に取る。次の書物にも、勇者の力に関することが書いてあった。


「聖なる光は、闘気や魔法と組み合わせることができる……」


 それも覚えがあった。ガルスとの戦いの中で使った技が、それにあたるだろう。しかし、文にはまだ続きがあった。


「聖なる光と闘気を組み合わせた力、聖闘気?」


 そこには、ある単語が書き記されていた。どうやら、聖闘気というのが正式名称らしい。さらに、そこにはアンナが知らなかった情報があった。


「聖闘気は、聖なる光と闘気を混ぜ合わせた力である。その力は、聖剣とは独立して扱うことができる?」


 聖剣を聖なる光だと思っていたアンナにとって、その情報はわからなかった。大前提として、聖なる光は別にあるのだろうか。


「別の書物を見てみよう」


 アンナは、一旦その書物を置いて、他の書物を調べていった。そして、色々な書物を読んでいく内に、あることがわかってきた。


「聖なる光って、体力が続く限り出せるんだ」


 書物を読んで、まとまった考えはこれだった。どうやら聖なる光を出せる量は、勇者の実力に比例しているらしい。

 アンナがこれまで一度に出せる限界が、現在の聖剣の質量のようだ。つまり、アンナが強くなれば、聖なる光もさらに使えるようになるということだ。


「なるほど、でも強くなるってどうするんだろう?」


 アンナはさらに書物を熟読していく。


「勇者の強さとは、その人間の度量に由来するといわれている。その勇気、技術、鍛錬、全てが勇者の強さなのだ。はあ、よくわからないな」


 恐らくは、普通に戦って、様々な経験を積んでいけば、勇者としても強くなれるということだろうか。


「聖なる光は、扱えば扱う程、その出力を上げられる」


 別の書物には、そんなことも書いてあった。様々な記述があり、どれが真実かわからないが、覚えておくことで強くなるためのヒントにはなるはずだ。

 そう思いながら、アンナはさらに書物を読み進めるのだった。





 ティリアは、王城内の医務室で、傷ついた兵士の治療にあたっていた。

 ティリアの回復魔法は、常人よりも効力が強く、回復速度も早い。そのため、医務室での治療効率は、格段に上がっていた。


「ありがとうございます。本当に助かってます」

「いえ、私は当然のことをしているまでですから」


 ティリアの他にも、回復魔法で治療にあたっている者達も、ティリアの助力に感謝していた。現在は、傷ついた兵士が多すぎて、手が回らない状態だった。そんな時に、強力な回復魔法の使い手が現れてくれるのは非常にありがたかった。


「さて……」

「おや、今日はそなたがいたのか」

「えっ!?」


 ティリアが治療を続けていると、意外な人物が来訪した。


「じょ、女王様!?」

「そんなに驚かなくてもよいだろう。妾が、ここに来るのがそんなにおかしいか?」


 そこには、この国の女王が立っていた。ティリアは驚きで目を丸くしたが、周囲の者達は頭を下げているが、驚きはそこまでではないように見えた。


「ああ、時々こうして皆の様子を見に来るのだ。皆も楽にしてくれ」


 レミレアの一声で、周囲の人々の様子は女王が来る前に戻っていた。その中で、ティリアだけが取り残されていた。すると、レミレアはティリアの側に寄ってきた。


「ウィンダルス王国には聖女がいると聞いていたが、まさか勇者一行に加わっているとは、思ってもみなかったぞ」

「え? 私のことを知っていたんですか?」

「妾の元には、色々な情報が入ってくるのだ」


 レミレアは笑顔でそう答えた。ティリアは、その様子に一つ違和感を覚えた。今のレミレアは、王座で会った時よりも柔らかい雰囲気な気がしたのだ。


「ふふ、何やら考えておるようだな。一つ言わせてもらえるなら、玉座でくらいは威張らんと格好がつかんということだ」

「え? どうして、私の考えていることを?」

「まあ、大方の予想はつくのでな」

「す、すごいんですね……」


 レミレアの考えを見抜く力に、ティリアは驚いた。やはり、一国の女王ともなると、そのくらいできなければ務まらないのだろう。


「ところで、そなた……どこかで見た顔をしておるな。妾とどこかで会ったか?」

「えっ!?」


 レミレアの言葉に、ティリアは驚いた。自分の顔を見たことあるということは、もしかしたら、自分の手がかりを知っているのかもしれない。


「女王様、私、実はエスラティオ王国の出身らしいんです」

「む、そうなのか」

「それで、多分、王都にゆかりのある人物の娘らしいんです。もしかして、女王様が見たのは、私の母なのではないでしょうか?」

「……ふむ、エスラティオ王国の出身、まさか……」


 そこで、レミレアの表情は少し変わった。何やら深刻な表情をしていたため、ティリアは不安を感じた。


「女王様……」

「妾は、そなたの母かもしれん人物を知っておる」

「ほ、本当ですか?」

「ただし、これはそなたにとっていい知らせにはなりえん。それでも良いか?」


 やはり、レミレアの知っていることは、ティリアにとっていいものではないらしかった。しかし、それでもティリアは知りたかった。自分のルーツを。


「……はい、お願いします」

「……よかろう」


 そう言って、レミレアは語り始めた。


「もう二十年ほど前の話になるか。そなたの母かどうかはわからんが、この国にはかつて、高名な女兵士がいたのだ。その名前は、フォステア」

「フォステア……」

「妾は数回会った程度故、顔をそこまでよくは覚えておらんが、そなたに似ているから、妾も会ったことがあると思ったのかもしれん」


 レミレアは、ティリアの顔をよく観察しながら話を続けた。


「フォステアは、数々の武勲をあげる程の者だったのだが、突如行方不明になったのだ」

「行方不明に?」

「うむ。それから数年後、赤子を連れたフォステアを見たという者がいてな。それが、確かウィンダルス王国との国境付近で目撃されたという話だ」

「それが……私ということですか?」

「そう考えられるだろう?」


 確かに、レミレアの言った通り、それがティリアであると考えることができる。しかし、それが真実でも、母は何故自分をウィンダルス王国に預けたのだろうか。理解できないことは、まだたくさんあるのだった。


「ありがとうございます。自分のことが少しだけわかった気がします」

「ふむ、もっとよく知る者おるだろう。もし、知りたければ、その者達に聞くしかなかろうな」

「はい、色々な人に聞いてみることにします」

「そうか。さて、妾はそろそろ戻るとするか」

「あ、お時間をとらせてしまって、申し訳ありません」

「よい。妾が好きでやったことだ」


 そう言って、レミレアは去っていた。

 ティリアは、自分の母の身に何があったのかを考えそうになったが、今は兵士の治療に専念することにした。

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