第19話

でも、さっき聞こえた「魔王様」という言い方は、ライオネル王の事を恐れているように感じなかった。

むしろ親しみを込めてそう呼んでいるような・・・だから王本人に聞かれても平気!といった風で。


それに、ガンザの民も・・・少なくとも、さっき私たちを歓迎すべく、馬車の周りを囲んでくれた人たちや、畑にいる人たちは皆、王のことを恐れてはいないし、王自身、恐怖心を表出して統治しているようにも全く見えない。


静かに流れ始めた不穏な空気を変えるように、ライオネル王は私に向かってフッと微笑みかけた。


「申し訳ありません。今のは失言でした」

「良い。おまえは知らないのだろう?父上は―――俺もだが―――領土を拡張する事に興味はない故、領土が増えたり減ったりする事に、いちいち一喜一憂しない。だがそれは、その地に暮らす者達が引き続き平穏無事ならばの話。不当に扱われていると分かれば、双方合意か否かは関係なく領土は還してもらう。ガンザは元々ロドムーンの統治下にあったが、5年前、リアージュ公爵に統治権を譲渡した。双方合意の上で争う事もなく、穏便にな。そして食料危機を救ってほしいと頼まれ、代わりに栽培できそうな作物を持ち込んだ結果、向こうから領土を還すと言われたのが、3月みつき程前の話だ」

「あ・・・そうでしたか」


狩猟系のグルド族は争い好きだというイメージが強いけれど・・・ライオネル王が嘘をついているとは、とても思えない。

それを裏づけるように、ここにいる民たちは、ウンウンと頷いて肯定しているし。


「それでも、ここの統治は引き続き公爵に任せているが、統治者を統治する者、つまり頂点に立つ統治者は勿論、この俺だ。国土が広いと俺一人で全てを把握することは難しいからな。俺は時折視察に来て、現状を把握する程度の事しかしていないが、民が暮らしに困っているという声を聞けば、俺も手を貸す。故におまえの意見は大方正しいが、厳密には少し違う」


オムツを干しながら、いとも簡単な事だろう?といった口調で、淡々と話すライオネル王だけれど、実際にそれを行い、なお且つ実際に成し遂げる事は、とても大変で・・・偉大な事だと思う。


「・・・ごめんなさい」

「何故謝る」

「それは・・・貴方を怒らせてしまったようだから・・・」

「俺は、おまえにあれこれと言い訳を並べ立てている自分に腹が立っているだけだ。全く。何故俺は、おまえにだけは誤解されたくないと思うのか・・・ここは終わったな。行くぞ」

「えっ?あ・・・はぃ」


ライオネル王は私の手をパッと掴むと、ズンズン歩き出した。


「あのっ・・今からどこへ行くのですか?」

「公爵の館だ。今夜はそこに泊まる」

「あ・・・そう、ですか」

「作物の件で公爵と話す必要がある上、明日行くウィンチェスター卿の農地へは、ここから行く方が近いからな」

「なるほど。分かりました。あのぅ・・ライオネル様?」

「なんだ、マイ・クイーン」

「・・・先ほどの・・・あれは、言い訳ではないと思いますよ」と私が言うと、ライオネル王はフンと鼻で笑った。


そして、私の手を少しだけ強くギュッと握るとパッと手を離し、「おまえの好きなように解釈をしろ」と言って、馬車までズンズン歩いた。


「ライ・・・」


私は、ついさっきまで繋がれていた左手を、ライオネル王の方へ伸ばしたけれど、それは王に触れる事もなく・・・パタリと下におろされた。


一体私は・・・何をしようと・・・そして言おうとしたのだろう・・・。


その場に数秒立ちつくした私は、ライオネル王の広い背中を追いかけるように、そこへ向かって早足で歩き出した。










「これは・・・ミントとローズマリーのソースですね・・・うん、美味しい。ラムチョップに良く合ってるわ・・・」


けれど骨がついているから、フォークとナイフを使うより、手に持ってかぶりついた方が食べ易いし、綺麗に食べれると思う。

そして食べた後の骨は、ギータにあげれば喜ぶんじゃないかしら。

・・・ここにはギータ、いないけど。

と頭の中で考えていた矢先、「おまえは薬草に詳しいな、マイ・クイーン」とライオネル王に言われた。


「えっ?」

「もしかして、王妃様って術師だったのですか?なら納得だわ」

「はい?何が?」

「碧眼にプラチナブロンドの髪。王妃様は使のベリア族でしょ?」

「え・・え、そうらしいわね。私もつい最近聞いて知ったのだけれど」

ガンザここには今、術師はいないけれど、ベリア族ってが使えるから術師になる人が多いんでしょ?」

「それは・・・ラワーレにはベリア族・・私のような外見をした術師っていなかったから・・少なくとも私の知る限りでは」

「まあそうなんですかぁ?!驚いたぁ!ここには、見るだけでどの臓器が悪いのか当てたり、作物の収穫期を占ったり・・・そうそう、後は他人の思考が分かる魔術使いもいるんですよ。みんな、恐ろしい位にピタリと当たって。王妃様は一体どんな魔術が使えるのですか?他人の思考が分かる、何て言わないでくださいね!すっごく気味悪いから」

「パトリシアッ!」と小声でたしなめる公爵夫人に、私は視線で「大丈夫です」と言った。


「実は・・・と言いたいところだけれど、私はそういった特別なを持っていません。まして“魔術”なんて。ベリア族ではなくても使える人はいないんじゃないかしら」と私が言うと、ライオネル王がフッと笑った。


「あらそうなんだ。期待外れだわぁ。ねぇライオネル様。万が一、貴方様が何を考えていらっしゃるのか、王妃様には手に取るように分かっていたら・・・どうします?」

「パトリシアッ!」


今度はライオネル王が、視線で公爵を黙らせた。


「別に良い」

「しかし・・」

「やましい想いを抱いていなければ、心の内を覗かれても構わぬと俺は思うが。おまえはどう思う?マイ・クイーン」

「私は・・・ええ、私もそう思います」


と答えたものの、私はすでにライオネル王を・・・私に関わる多くの人々を騙しているんだ・・・。


罪の意識にさいなまれた私は、顔を背けて目を伏せた。


その時、「パトリシアッ!王妃様に向かってなんて無礼な口の利き方を・・・!まったく・・申し訳ございません王妃様」「どうぞ娘の不作法をお許しくださいませ」と言う公爵夫妻の声で、ハッと我に返った。


テーブルにくっつきそうなくらい頭を下げて、必死に謝る公爵夫妻とは裏腹に、言ったパトリシア本人は、のほほんとした感じで、ミニニンジンのグラッセを食べている。

ライオネル王も、素知らぬ顔でラムチョップに舌鼓を打ち、食事を楽しんでいるようだ。


とにかく、この場を丸く収めなければと思った私は、まず「いいんですよ公爵。そして夫人」と言って、頭を上げさせた。

そして、私は怒っていないから安堵してほしいという想いを込めて、二人に微笑みかけた。

何も口出ししてこない所を見ると、もしかしたらライオネル王も、私がどんな「魔術」を使えるのか、知りたいのかもしれない。


「・・・亡き母が、花や植物、そして薬草を少々栽培し、それらを店や学校等に卸販売をする事業を運営していたんです」


ナイフとフォークの手を止めて、「ほう?」と言ったライオネル王を見た私は、「貴方も知らない事でしたよね?」と言うと、ニコッと微笑んだ。

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