第18話
こうして、ライオネル王と私は、畑の主と農民たちから、新たに栽培を始めた作物の話を聞いたり、作物の収穫具合を実際見ながら意見を交わしつつ、民たちが作ってくれたたくさんのご馳走を、皆と共に食べて過ごした。
そこで知ったのは、一昨年と昨年、ガンザは不作が続き、あわや食料危機に陥りそうになった所をライオネル王が救いの手を差し伸べた、という事。
当時、ガンザはロドムーンの統治下ではなかったにも関わらず、何故ライオネル王は助けたのだろう。
いや。逆に助ける事を引き換え条件に、ガンザを我が物にしたのだろうか・・・そうに違いない。
それでも、ここにいる民は皆、ライオネル王の事を恐れてはいない。
それに王は、作物に関する知識が豊富だ。
もちろん知らない事もあるようだけれど、知らない事は、知っている者に聞く。
そして実際、その作物を栽培している者の意見もちゃんと聞いた上で助言を与えているし、何よりその者の仕方を尊重している。
だから皆、王を慕っているのだろうと容易に察しがついてしまう・・・。
「マーシー!」
「お?おぅ!」
「久しぶりぃ!元気?この様子じゃあ、相変わらず元気そうね」
「あぁ。まーな」
「ねぇ。あんたの仕事が終わった後、また酒場で飲みましょうよ。そして朝まで・・・ね?マーシー?」
「おう、もちろんだ。えーっと・・・・・・ノーラ」
「・・・やっぱり。私の事覚えてないのねっ?!私はナオミよっ!!」
ナオミの叫び声と共に、パチンと頬を叩く音が響くと、周囲に笑いが起こった。
「いってぇ!あぁ待てっ!ノーじゃねえ、ナオミぃ・・・あーあー。今夜の飲み仲間が一人減ったぜ。ったくよぉ。近かったが惜しかったよなあ?アダム・・・ス。どうした」
「別に」
「おいおい、何怒ってんだよおまえは。いつもなら俺に肘鉄喰らわして、“アホ!”で締めくくるのに」
「私は怒ってない。ただ・・・」
「何だよレイチェル。これはいつもの冗談・・」
「こんな時に私の名前を呼ぶなっ!」
「ぅおいっ!なんでそこが怒るポイントになるんだ?!ったく」
ブツブツ言ってるマーシャルを残してズンズン歩くレイチェルの後姿からは、怒っていると言うよりも、むしろ、今にも泣きそうな程の悲しさを感じる・・・のは、私だけなのだろうか。
「・・・・・・・・の?王妃様?」
「えっ?あぁごめんなさい」と私は謝ると、何か聞いてきた女の子を抱き上げて、目線を合わせた。
「もう一度言ってくれる?」
「うん!王妃様は雪のくにからきた姫様なの?」
「雪の国?どうして?」
「王妃様の髪。雪みたいな色でとってもキレイだから」
「まあ嬉しい。でも・・いいえ。ラワーレは雪が降らない国なのよ」
「そう。じゃあ、王妃様は雪、みたことないの?」
「実はないのよ。あなたは雪を見たことがある?」
「あるよ!いちどだけ。すごーくさむい冬にね、ふったの!白くてキレイで、おくちに入れるとつめたいの!」
「まあ、そうなの」
「王妃様!冬、雪がふったら、またガンザにきて!」
今年、雪が降るかは分からないけど・・・とにかく冬が来るのは、数ヶ月先の話。
その時まで私はロドムーンの王妃として・・・いや、それ以前に生きているか否か。大いなる疑問だ。
それでも今は、私が心から想う願望を言う事くらい・・どうか許してほしい。
という気持ちを込めてニコッと微笑むと、「ええ、ぜひ」と答えて、女の子を地面におろした。
「深くて大きなお鍋、ありますか?今から洗濯をするので」
「じゃあこれを」
「ありがとう。それからクールーはある?」
「もちろんですとも」
「これを持っていない家庭なんてないでしょ」
「そうね・・・・・これで良し、と。この子のオムツも洗いましょうか?」
「え!で、でも・・・」
「ついでだから遠慮しないで」と私は言うと、布オムツを取ってクールーをふりかけ、ゴシゴシとこすった。
すると、あっという間に汚れが落ちていく。
横で見ていたライオネル王は、「ほぉ。これはすごいな」と言った。
素直に感心している様子から察するに、知らないようだ。
まぁ王族であるライオネル様は、自ら洗濯をした事や、洗濯をしている所を見たのは、恐らく一度もないでしょうから・・・。
「クールーという植物には漂白作用があるんです。葉より花びらのほうが、より効果的で」
「そうなんですかー」
「だから花びらの粉末の方が高いんだねぇ」
簡易洗いを終えた私は、水を入れて火にかけた鍋の中に、土で汚れていた自分のブラウスと、鍋を貸してくれた婦人宅にあったオムツを数枚その中へ入れた後、さらに大きなスプーン一杯分のクールーも中に入れた。
そして婦人が「洗濯用に使っている」という木杓子で、中をゆっくりかき回す。
「もう少し火を弱く・・・ありがとう。後20分程、こうしてかき混ぜます。洗濯は―――特に乳児がいる家庭は―――大変だと思います」
「ホント。洗濯ってのは女性にとって面倒な一仕事ですよ」
「意外と体力も消耗するし」
「特に服を絞る時は・・そうね」
「慣れた手つきだな」とライオネル王に言われた私は、ドキッとした。
それはそうだろう。
だって・・・子どもの頃から母を手伝って洗濯をしていたし。
フィリップが病気になってから、洗濯は完全に私担当になった。
洗濯桶に両足を入れてドンドン踏みながら服の汚れを取りつつ、本を読んで文字や計算を覚えたあの頃が懐かしい・・・いや、それより!
本物のジョセフィーヌ姫が洗濯をしていた、なんて事、まずないはず。
姫が洗濯をしている姿すら、想像もつかないし。
でも、護衛のアキリスと駆け落ちをして、一庶民になった今なら・・・。
「そ、そうですか?実は時々洗濯をしていたので・・」
「時々、か」
「ラワーレではそういう風習なんですよ!それに、洗濯は大変な重労働だけれど、同時に楽しくもあります。綺麗になった洗濯物を干す時とか」
と私が“弁明”したからか。
それとも、初めて見る洗濯の光景が、ライオネル王の好奇心を刺激したのか。
ただいま私は、桶に入れた水で冷ました洗濯物を絞って干す作業を、王と一緒にしているところだ。
「こうか?」
「あぁ!そんなに力を入れると布地が破れてしまいますよ!」
「成程・・・」
「貴方の場合、私とは逆に、どれくらい力を抑えるかという加減が難しいようですね」
「そうだな」
「ダメッ!」
「今度は何だ」
「絞った後はしわを伸ばすように何度かはたくんです。その方が早く乾くし、あまりアイロンをかける必要もないでしょう?」
私の説明を聞きながら、実際にはたいて干すところを見たライオネル王は、ギュウギュウに絞って広げたオムツをパンパンとはたくと、私の横に並び、干し始めた。
屈強で大柄な体躯をした王がオムツを干す姿は、なかなか・・・興味深い。
他の女性たちは、年齢を問わず、とてもウットリとした表情で王に見入っている。
「さすがライオネル様。何をやっても格好良いねぇ」
「あの“魔王様”が洗濯を干してる御姿なんて、滅多に見れるもんじゃないよ」という声が、風と共に運ばれる。
「・・・“マ王”の本当の由来を知ったら、皆驚くでしょうね」と呟いた私を、ライオネル王は片眉を上げて「ほぅ?」と言った表情で見た。
「エイリークから聞きました」
「そうか。俺はそこまで毛深いとは思わぬが」
真剣な顔で自分の両腕を見るライオネル王を見た私は、ついプッとふき出してしまった。
「私は誰にも言いませんから、どうぞ御安心なさって・・」
「別に言っても構わぬ。エイリークの他にも真相を知ってる者はいるからな。だが、人間というのは聞いた事を自分なりに解釈する生きもの故、自分がすでに構築しているイメージを覆すのは、なかなか受け入れ難い事だろう」
「確かに・・・。その心理を逆に利用して、貴方は次々と領土を支配下に治めているのですか?」
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