第16話
「・・・これ以上、おまえの故国についてあれこれ言う必要はないな。非礼を詫びる、マイ・クイーン」
「え?いえっ!いいんです、そんな・・・ところであの、稲というのは、どんな作物なのでしょうか」
「穀物の一種でございまして、主食としていただく家庭が多いんでございます、王妃様」
「あぁなるほど。つまり、小麦のような存在なのですね。収穫期はいつですか?」
「私どもの土地では、9月の終わりごろがピークでございます」
ウィンチェスター卿の答えに頷きながら、「そこに植えているのは稲だけですか?」と私は聞いた。
「はい」
「1万㎡に稲だけって。なんか・・・もったいない」
「・・・は?」
「例えばですが、1万㎡を4分割して、稲の他にも作物を――ジャガイモとか――植えるのはどうでしょう。稲の収穫量は減りますが、たとえ稲が不作でも、他の作物は収穫できるというメリットが生まれるんじゃないかと・・」
「・・・成程。ウィンチェスター卿が稲作を独占する理由も無いしな。ウィンチェスター卿」
「はいっ国王様!」
「稲の他に栽培に適した作物があるか、調べてほしい」
「分かりました、国王様」
「明日、ガンザに視察へ行くから、そうだな・・・明後日、其方の土地へ寄っても良いか?」
「そりゃあもう是非喜んで!国王様と王妃様でしたら、いつでも大歓迎でございます!」
「・・・私も?」
困り顔で見る私に、ライオネル王はニッコリと微笑むと、「おまえが王妃だろう?」と言うだけだった・・・。
今日は、自分がベリア族と知ったことから始まって、ライオネル王と共に、王妃として、様々な意見を聞いては話し、を繰り返して。
なかなか・・・怒涛の一日だったわ・・・。
ライオネル王は、ほぼ毎日ああやって、民の意見を聞いては助言を与えたり、実際その地に視察へ行くということをやっているそうだ。
まぁそれは統治者としての仕事の一つだから、と言われればそれまでなんだけど・・・その土地を統治するという責任感と、一人でも多くの民が豊かに暮らせるようになれば良いという想いを、ライオネル王からひしひしと感じた。
それが、国を統治する国王の、本来の役割なのよね。
と、改めて思いながら、私はため息をついた。
・・・ライオネル王の、仕事に打ち込むあんな・・ひたむきな姿を間近で見ると、またしても気持ちが揺らぐ。
というか、王を殺める事などとてもできないと、すでに私はくじけているのだけど・・・。
湯浴みをサッサと終わらせたし。早く寝よう。
今日はもう、ライオネル王を殺す、といった事は、全く考えないで・・・。
私は意を決して、続き部屋のドアノブを回した。
・・・けど、またしてもドアは開かない。
その時、「ダメだ、ディア」という低く安定したライオネル王の声が、扉の向こうから聞こえた。
「な・・・え?!」
「おまえに殺される隙は与えていないが、おまえが偽者だと分かっている以上、おまえと寝るつもりはない」
「それは、つまり・・・?」
「疑惑が晴れるまで、寝室は別だ」
そうライオネル王から言われて、ドアノブを握っていた私の手が、カクンと揺れた。
それは当たっているのだけれど、改めて王の口から疑われていると言われた事が、ショックで・・・それ以上に悲しいのは、何故だろう。
「泣くな、マイ・ディア」
「なっ、泣いてませんっ!それに私は貴方の事が大っ嫌いですから!一人で寝る方が、返って私にはとても・・・何か」
私が一生懸命言っている最中に、ライオネル王がフンと鼻で笑った声が、扉の向こうから聞こえて。
王の事がますます癪に障る!
「それまはた随分と説得力のない言い分だな」
「はぁ?一体どこがっ!」
「おまえの全てから俺を恋しく思う気持ちが現れているぞ」
「な・・・あなたは一体どこまで自惚れれば気が済むのよ!さっきも言いましたが、あなたが全然分かっていないようだからもう一度言います。私は、あなたが、大っ嫌いですっ!」
2秒ほどの沈黙の後、扉の向こうから、ライオネル王の豪快な笑い声が聞こえてきた。
あの。
これは笑い話ではないのですが・・・。
「ディア」
「・・・何ですか」
「おまえとの戯れは非常に楽しい」
「・・・もう寝ます」
「そうか。俺はもうひと仕事してから寝るとしよう」
・・・ちょっとライオネル王。
あなたは今、何気に「仕事」を強調して言ったわよね?
まったくこの人は・・・!
「そうですか。せいぜいお楽しみくださいませ」
「せいぜいと言わず、何事も存分に楽しむのが俺のモットーだ」
「あぁそうですかっ!じゃあおやすみなさいっ!」
私は一瞬だけドアノブを握っている手に力をこめると、サッと手を離した。
それなのに、なぜか扉に両手と額をくっつけて・・・ライオネル王の部屋の方を見ているし。
「ディア?」
「・・・はい?」
「おやすみ。良い夢を見ろよ」
「・・・だと良いのですが・・」と私は呟くと、ようやく両手と額を扉から離して、ベッドの方へと歩き出した。
ライオネル王が誰を抱こうが・・・たとえ私という妻がいても、それは名ばかりのものだし・・・そもそも私は強く言える立場じゃないんだから・・・気にしない。
と言い聞かせたのに、目にじわっと涙が浮かんでしまったので、私は瞬きを繰り返してそれを撤退させると、ベッドにもぐりこんだ。
今日は疲れてしているから、夢を見ることもなく熟睡できるはず・・・ううん、夢の世界まであの人に会う事なく、ぐっすりと眠りたい・・眠らせてほしい。
今夜一晩だけでも良いから・・・。
という私の願いもむなしく・・・・・・。
『ら・・ライオネル、さま・・・?』
『・・走れ・・・・逃げろ』
『ぃや。嫌です・・・・・・』
「・・・・・・っ!!」
ガバッと上体を起こした私は、叫び声を上げないよう、両手で口を押えていた。
脇腹を抑えていたライオネル王。
王の辺りは血の海で・・・。
そこには剣が落ちていた。
何て夢を・・・これは夢だったのよね?
それにしてはとても・・・まるで私とライオネル王は、その場にいたような、そんな現実味のある夢だった・・・。
もちろんそれは私が見た夢で。
私は血まみれの手ではなく、ライオネル王も脇腹を刺されていなくて、いつもどおり元気そのもの。
そして私はライオネル王と、護衛のマーシャル(王担当)、レイチェル(私担当)と共に、馬車に乗っているのが現実だ。
「あの・・」
「どうした、マイ・クイーン」
「ウィンチェスター卿の所へ行くのは、明日ではなかったのですか?」
「その通りだ、マイ・クイーン。今日はガンザへ行く。視察だ」
「ガンザは
「そう・・」
「何だ、マイ・クイーン」
「それは分かりました。しかし何故、私も同行しなければならないのですか?」
「おまえにロドムーンの領土と民の暮らしぶりをその目で見て、自分が今、どのような国で暮らしているかを知ってほしいからだ。その上で、民の声を直接聞き、助言を与えてほしい」
「それは・・・」
「おまえはロドムーンの王妃だろう?」
「・・・えぇ」
「おまえの父上がどうやって国を統治しているかは知らぬが、俺は王として、王妃であるおまえと共に、国を統治したいと思っている」
「加えて、私を監視するために、貴方の目の届く所へ置いておきたいのでは?」
ズバッと物を申した私は、そのまま隣にいるライオネル王を、挑むように見た。
そんな私の視線を王はしかと受け止める。
「おまえは聡明で頭の回転が速いな。さすがは俺のクイーンだ」
「はぁ?私はあなたのクイーンではありません」
「いやいや。監視っつーよりー、片時も離れたくないってライ王のアレっすよ、アレ。ほら・・なんだっけ?アダムス!」
「男の恋心」
「そーそーそれだ、それっすよ王妃様!」
「ちょっと!ここ狭い馬車内なんだから!座んなさいよマーシャル!」
「マーシー。俺は世界一慈悲深い男、マーシャル・“マーシー”・シュミット・・」
「あんたは一生黙ってなさいっ」
その場の空気を読めない(というより、恐らく読もうとしない)、陽気なマーシャル(本人からは「マーシーと呼んでほしい」と言われた)と、彼をたしなめるレイチェルのおかげで、ピリピリと緊張していた馬車内の雰囲気が、かなり緩和された。
と言うより、私一人だけが勝手に緊張していたのかもしれない・・・。
「昨夜もあまり良く眠れてないようだな」
「え?えぇ・・・」
とてもリアルな夢を何夜も見続けると、さすがに寝不足になってしまう。
でも、夢の内容も含めて、誰にも言うわけにはいかない。
まして隣にいるこの人には絶対・・・。
思わず欠伸をかみ殺した私に、意外にもライオネル王は、穏やかな笑みを向けた。
「ガンザに着くまでまだ時間がある。少しは眠っておけ」
「眠くな・・・」
「寝ろ」
・・・このまま起きていても、王と“議論”するだけだろうし。
馬車の揺れも眠気を誘う・・・。
たぶん今、少しだけ眠っても、あんな・・リアルな夢を見ることはないだろう。
隣にライオネル様がいるから・・・たぶん・・大丈夫・・・。
と自分に言いきかせた私は、ライオネル王の端的な命令に従うことにした。
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