第10話

途方に暮れた顔をしている私を見たライオネル王は、不意に笑うのを止めると、同時にアイザックも笑うのを止めた。

あたりはシーンとなった中、王は親指と人さし指で、私の顎を優しく持ち上げた。

そして、「おまえは意外と威勢が良いな。気に入った」と言うと、またニッコリ笑ったので、私の碧眼が驚きと戸惑いで、瞬きを繰り返す。


「・・は」

「いやいや!キングが初心な女性と戯れる様を、私は初めて見ましたぞ!」


え?これが・・・「戯れ」、と言うの?

ますます分からない!!


「異性にそこまで熱心なご様子を見せたのは、初めてではございませんか?」

「これはクイーンだからな」

「結婚する程仲がよろしいということですなっ!いやぁ、めでたいめでたい!早く二人ご一緒の画を描きたいですっ!」

「筆の進行具合は」

「あ、あの・・」

「クイーンのデッサンはもうすぐ・・・ええっとそうですねぇ、後15分もあれば出来上がります」

「そうか。今日はそこまでだ」


さっきから私の存在を無視して、ライオネル王は、アイザックと会話をしているのに、王は何故か私から視線を外さないし。

それに王は、アイザックと話しながら、何故か私の顎を、親指でさりげなく撫でるようになぞって・・・。

そういうことを平然とされると、私の鼓動は激しくドキドキと打ちっぱなしなってしまう!


そんな私の「状態」が分かっているという感じで、ライオネル王はニヤッと笑うと、やっと手を離してくれた。


あ。さっきの王の目線、「斜め5度下」だった。

さすがライオネル王。

自然とあの目線ができる上に、バッチリ決まっている。


「お色は?」

「クイーンの髪を地毛色に戻した後、続きに取りかかれ」

「あっ、あの・・・」

「プラチナブロンドの方が、おまえも好きなのだろう?マイ・クイーン?」

「えっ?っと・・・そうです、ね。えぇ」


向かいに立っているライオネル王を、思わず仰ぎ見た私の視線を、王はしかと受け止めた上、ニコッと笑ったように見えて・・・私の心臓がドキンと跳ね上がった・・・ような気がした。


「なぁるほどぉ。クリーム色の御肌と紺碧色の眼・・・うむっ。確かにプラチナブロンドの方がクイーンのお顔立ちには似合っておりますな」


アイザックはうんうんと頷きながら、金色に染めている私の長い髪を一束手に取って見ている。

それはまさしく、画家がモデルを品定めしている図、そのものだ。


「それでは、クイーンのデッサン終了後、お二人のデッサンを描く、ということでよろしいのでしょうか」

「ああ」

「えっ」

「何だ」

「あの・・まだ、あるのですか」

「俺たちの婚姻の記念にな」

「あぁ・・・」


決められたポーズを保ったまま、じーっとしている「仕事」がもうすぐ終わると密かに喜んでいたのに。

この後まだあるって・・・しかも、ライオネル王と一緒に「じーっ」としなきゃいけないの?!


私の中で膨らんでいた喜びは瞬く間に消え、代わりに緊張感がドッと押し寄せてきた。








昨夜この御方は、私が偽ジョセフィーヌ姫だと疑っていたけれど(実際偽者なんだけど!)、どうやらその疑念は晴れたようだ。

ライオネル王が自分の妻として、ジョセフィーヌ王妃として接してくれていることに、私は心から安堵していた。


「クイーンッ」

「え?はい?」

「また。視線が左にそれ過ぎです!」

「あ・・すみません」とアイザックに謝ったとき、ライオネル王が立ち上がった。


そして、見ため重そうな椅子を、左手だけで軽々と持ち上げながら、右に移動している様子を見た私は、やはりライオネル王は、計り知れない怪力の持ち主なのではないかと思ってしまった。


「俺がこの位置に座れば、おまえは心おきなく俺に見惚れる事ができる」

「・・・はいっ?み、見惚れる、ってそんな・・・っ!」

「そしてアイザックは心おきなくマイ・クイーンを描く事ができる」

「然様でございます、マイ・キングッ!はいはいっ、クイーン!もう少し上半身を右に・・・そうそうそうそう!では私はスパートかけさせていただきます!」


・・・私はただ、王の存在が気になって、ついそちらを見てしまっていただけなのに。

そりゃあ、何度か見たことは認める・・けれど、見惚れる程、王のことを見ていないはず!

それなのに、今度はアイザックが「指定」した目線の位置に移動したから・・・。


頼りなくチラッと視線を移すと、こげ茶色のライオネル王の瞳に、ガシッと捉えられてしまった。


なっ、何?その唇の片側だけ上向けた不敵な笑みは!

「分かっているぞ、マイ・クイーン」と、ニヤけている顔だけで言われているような気が・・・。

これも王流の「戯れ」なの?!


あぁ。やっぱり王は、とても端正な顔立ちをして・・・じゃなくって!

だから王と目線が合い続けていると、私の鼓動が早まってしまうから・・・一刻も早く、この緊張感から解放されたい!







アイザックがスパートをかけてくれたおかげか。

それからすぐに、私のデッサンは終わった。

これでもう、ライオネル王の視線に絡め取られる事はないと、緊張しつつも安堵していたのに・・・。


今度は私の隣に立っているし!


王は私をいたぶりたくて、私の肩に“さりげなく”手を置いたに違いない!

アイザックは「ノンノンッ!」どころか、「ベリーグーッ!」なんて言うし・・・。

あぁ、王の大きな手から・・いや、全身から、熱を感じる。

まるで昨夜と同じ・・・。


「どうした、マイ・クイーン」

「ひっ」

「おまえの体から緊張が伝わってくるぞ」

「そ、そう、ですか?」


それは貴方様がすぐそばにいらっしゃるから・・・と言ってもいいのだろうかと思案した挙句、言うのは止めた。

代わりに「肖像画のモデルになるのははじ・・久しぶりなので。なかなか慣れなくて、えぇ」と言ったのだけれど・・・肖像画のモデルになるのは、人生20年目にして初めての事。


でも王家の方たちは多分、御生誕の時とか、社交界デビュー時いった、人生の節目や記念日に肖像画を描いてもらっているはずだ。

いけないいけない!

危うく「私は庶民です」と、自ら暴露するところだった!


「確かに、長時間同じポーズでいるのは何度やっても慣れないものだな」

「あ、やっぱり?!そうですよね・・・と言うことは、ライオネル様は、前回いつ肖像画を?」

「王位を継承した時だ。あれから3年経ったが、やはりモデルは疲れるな」

「申し訳ございませーん!なるべく手早く終わらせますのでー!」

「前回もアイザックが描かれたのですか?」と私が聞くと、アイザックが「はいっ!」と元気よく返事をした。


もちろん、手は器用に動かしたままだ。


「アイザックは、我がクレイン家専属の肖像画家でもある」

「まぁ。そうでしたか」

「クレイン家の肖像画を見たいか?マイ・クイーン?」

「え・・・あ、はいっ!ぜひ」

「ではこれが終わった後で案内しよう」と王が、「クイーンッ!目線上過ぎ!キングと見つめ合うのは後にしてくださいっ!」とアイザックが言ったのは、同時だった。






そうして、どうにか肖像画のモデルを終えた私は、ライオネル王と一緒にクレイン家の肖像画がある一角に来ていた。


「わぁ・・・!」


何十メートルはあろうかという長い廊下の、右側の壁一面には、ロドムーン王国の王家であるクレイン家の肖像画が、ずらりと並び掛けられている。


「それは先代王であり、俺の父上でもあるレオナルドだ」

「あ・・ライオネル様のお顔立ちは、レオナルド様に似ていますね」

「そうだな。体格共々似ていると、よく言われたものだ」


ライオネル王の低い声と、私たちの靴音が、周囲に静かに響き渡る。


「この赤ん坊は俺だ」

「まぁ!なんて愛らしい・・・こんな小さな赤ちゃんが、ここまで大きくなるなんて」


あ。しまった!また失言を・・・!

と思ったけれど、ライオネル王は不機嫌になるどころか、また心の底から面白いと言った風に笑っているので、私はひとまず安堵した。


「誰も想像できなかっただろうが、父上が大柄だからな。それに、グルド族の男は背が高く大柄な体格の者が多い。俺や父上のようにな」

「なるほど・・そう言えば、グルド族の成人男性は、世界一平均身長が高い種族と聞いたことがあります」

「その通り。そしてグルドの男は世界一屈強だと言われている。狩猟系故、短気。よって下手に怒らせると、手がつけられない暴れ者に成り易い。俺が魔王と呼ばれているのも、この大柄な体躯故」


・・・怖い、いや違う、怖くはない。

でも私は無意識のうちに、ライオネル王から一歩後ずさっていた。

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