第8話

「・・・・・ん、なさ・・・・っ!!」


自分の寝言で目が覚めた私は、ガバッと上体を起こした。


・・・夢を見た。

どんな夢かは覚えていない。

だけど、ライオネル王が出てきた事だけは覚えている。


私は荒い息を整えるように呼吸をしながら、ベッドの左隣を見た。


ライオネル王・・いない。

布団も冷たくなっているということは、私よりもはるかに早く起きたのだろう。


王は今、何をしているのかしら。

もう執務を始めている時間?

まさか、ラワーレ王国へ襲撃をしに・・・!


自分で行き着いたその考えにぞっとしながら、私は急いでベッドから下りた。

動いた途端、体の奥が痛んで、つい顔をしかめてしまう。


あぁ。昨夜はライオネル王と・・・。


ついさっきまで、重く、そして速く響いていた鼓動が、昨夜体験した、初めてのを思い出してしまったおかげで、より速くなったような気がする。


カアッと火照った頬に両手を当てながら、ふと下を見たとき、自分が寝着を着ていることに、今気がついた。


ゆったりと私を覆う白い寝着は、一回り程大きい。

しかも、着慣らされている感じがする上、ボタンが左側についている。

これは男性用の寝着・・・もしかしてこれは、ライオネル王の?!


恐らくライオネル王が、これを私に着せてくれたのだろう。

大きく武骨な手で、小さなボタンを留めている王の姿を想像した私の頬は、また熱くなり、鼓動がまた、ドキドキと速くなった。


ライオネル王は、屈強で大柄な体躯に似つかわしく、私を激しく、そして情熱的に抱いた。

でもその時でさえ、私を気遣う優しさを感じて・・・より王と親密になってしまったような気がする。


私が胸元のボタン部分を左手でギュッと抑えたとき、コンコンというノック音が、ドアから聞こえた。


「は、はいっ!」

「ニメットでございます。入ってもよろしゅうございますでしょうか」

「あぁはいっ、どうぞ」


ふくよかな体格ながら、軽やかに歩いてきたニメットは、ニコニコ笑顔で「おはようございます!ジョセフィーヌ様」と私に挨拶をした。

続けて、他の侍女3人も、ニメットと同じ挨拶を私にした。

その中には、ラワーレから侍女としてついて来た、本当は私の監視役である術者・サーシャもいる。

ということは、少なくとも私がジョセフィーヌ姫ではないと、侍女たちには知られていないのか。


「あ・・おはよう」

「王妃様は心身ともに疲れているから、今日は遅くまで寝かせておくようにと、ライオネル様から言づかっておりました」

「あぁ、そう。あのぅ、ライオネル王は・・・」

「ライオネル様は執務中でございますよ。ジョセフィーヌ様」

「そぅ」


その時、サーシャの咎めるような視線を強く感じた。

言いたい事は山ほどあるけど、今ここで言えないのは、お互い分かっている。


私は、怯みそうになるのをグッとこらえて、顔に笑顔を貼りつけた。


「さて!ジョセフィーヌ様。今から湯浴みをいたしましょうか」

「え?あぁそうね」







私が意識を失った間に、ライオネル王は私の体を丁寧に拭いてくれたのだろう。

王が解き放った証は、私に残っていなかった事、そして湯船に浸かったおかげで、体の痛みと強張りがだいぶ和らいだのは助かった。

それに、侍女たちも心得ているのか、皆手際良く動いてくれたので、私もそれほど恥じらいを感じずに済んだ。

侍女たちの心遣いが、とてもありがたい。




その後、長く大きなテーブル席で、私はひとり、朝食を摂った。

搾りたてのオレンジジュースから漂う、甘く新鮮な香りと、淹れたてのコーヒーから漂う芳醇な香りが、私をシャキッと目覚めさせる。

丸いパンは焼きたてなのか、そっと手で触れてみると、まだ温かい。

真ん中で割ってバターを乗せると、程良い感じで溶けていく。

パリッとした外生地に対して、中はモッチリしていて、一口噛むことに美味しさが増していく!

これは何と言うパンなのだろう。後でニメットか料理人シェフに聞いてみよう。


鮮やかな黄色に輝くフワフワしたオムレツにの上には、細かく刻んだ数種類のハーブが、アクセントのように乗せられている。

あぁこれも・・・チャイブの味が効いてて、とても美味しい。


真っ白なお皿に乗せられた数々のご馳走に、テーブル正面には、ピンクのバラが、お皿と同じ白くて小さな花瓶に、一輪活けられている。

朝食とは「急いで流し込むように食べるもの」でしかなかった私にとって、目の前にあるこれらは、簡素な食材を使っているにも関わらず、とても豪華で、見た目も麗しい。


実際、どれもとても美味しかったけれど、フィリップがいつも私に作ってくれていたオートミールの味が、「メリッサ、もっとゆっくり食べなさい!」というフィリップの小言が、私やフィリップの傍をちょこまかと行き来しながら、時にキャンキャンと鳴くシーザーの温もりが、無性に恋しかった。












朝食後、サーシャの「案内」で、王宮内にある庭園の一角に、私たちは来ていた。


できればサーシャと二人きりにはなりたくないけれど、私もサーシャに聞きたい事があるし。

どのみち避けられない事なのだからと自分に言いきかせながら、意を決してサーシャを見た。


「ちょっとあなた、何やってんのよっ!まだ魔王生きてるじゃないの!」

「え、えぇ。見事に失敗しちゃって・・」


周囲に誰もいないとはいえ、油断は禁物だとお互い心得ているから、私たちは、笑顔を貼りつけて、小声でしゃべっているものの、サーシャは、苛立ちと咎める気持ちを、口調だけでなく視線でも私に伝えてきている。


「全く。昨夜が一番成功する確率高かったのに。ヘマやらかした上に、ちゃっかり魔王に抱かれちゃって」

「あっ、そ、それは・・・っ。初夜だったし、拒否したら余計怪しまれるかと・・・それでですね、あれ、フォルテンシアじゃなくて、蜂蜜でした」

「・・・え?なんで・・・あぁ、あいつか。フィリップ・ドゥクラ。元斬込隊長のじじいめ」

「え。いや、でも、フィリップがすり替えたとは限らないでしょう?」


確かに私もフィリップが小瓶をすり替えていたと思う。

私を人殺しにさせないために。

でも・・・。


「確証はないんだから、この事はドレンテルト王には報告しないでください」と私が懇願すると、サーシャはフーッとため息をついた。


「まぁ、まだ猶予まで時間はあるし。少しの間は黙っててあげる」

「ありがと・・」

「でもあっちに感づかれる前に、早いとこ始末しないと。魔王って、そういう点抜け目ないっていうか、鋭いと思うから、もしかしたらあなたが偽ジョセフィーヌ様だと、もう疑い始めてるかもしれない」

「あ・・・」

「何」

「あの・・・ドレンテルト王は、なぜ昨夜、祝宴の途中で帰られたのですか?“家族の緊急事態”って、一体何でしょう」

「あれ?あなた、聞いてないの?」

「聞いてません」

「あぁ、ドレンテルト王・・・」とサーシャは呟くと、嘆きの表情で顔を左右にふった。


「それだけ気が急いてたのかもね。気持ちは分かるけど」とサーシャは言うと、周囲を見て、誰もいない事を再確認した。


そして私に囁くように、「実はジョセフィーヌ様がね、駆け落ちしたの」と言った。


・・・なんか・・・目が点になったような気がする。

と思いながら、私はサーシャを見ながら、先のセリフを自分の頭に落とし込んだ。


「な、か、駆け落ちって、一体誰と!?」

「アキリス」

「あ・・・ジョセフィーヌ姫の護衛をしていた?」と私が聞くと、サーシャは頷いて肯定した。


「姫様は途中で私たち一行と別れて、ドレンテルト王が用意していた隠れ家へ向かったはずなんだけど・・・どうやら隠れ家へは行かずに、そのまま行方をくらましたみたい。自分の身分を偽るために、護衛はアキリス一人だけで良いと姫様が言い張っていたのは、それだけの理由じゃなかったのね」

「でもそれじゃあ、二人が駆け落ちしたとは限らないんじゃないですか?もしかしたら、途中で賊に襲われたのかも」

「ううん。それはない。途中二人が泊まった宿に、姫様が書かれた手紙が発見されたんですって。そこには、これからは一庶民として、アキリスの妻に、そして生まれ来る赤ん坊の母親になり、家族仲睦まじく暮らすと書いてあったそうよ」

「えっ!?と言うことは、ジョセフィーヌ姫は妊娠してるの?!」

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