第1話
『・・・サ・・・メリッサ・・・』
「ん・・・」
あなたは・・・誰なの・・・?
『・・・来い・・・』
え?「来い」って言われても、ここは・・・。
『はやく・・・おまえに会いたい・・・』
「キャンキャンッ!!」
「う・・・」
なんか・・・耳元が騒がしい・・・。
「うー、しー、ざー・・・」
呟きながらふった右手を、ペロンと舐められた矢先、愛犬シーザーが胸の上にドカッと乗ってきた。
「ぎゃぅっ!・・・もうシーザーッ!そんな起こし方しなくても、私はちゃーんと起きるから・・・って今何時・・・」
「キャンッ!」
「・・・そうよね。今日は茶摘みがあるから、もう起きなきゃいけないのよね」
私が上体を起こしたのと同時に、シーザーが私の胸の上からピョンと降りた。
そして私は眠気を覚ますべく、両手を上げてグーンと伸びをしたあと、あくびをする。
キャンキャン吠えるシーザーに急かされるように、一昨日洗濯をしたばかりの真っ白なコットンのカーテンを開けると、外はまだ暗かった。
その景色を見てなぜか心が和むのは、いつも見慣れた景色だからだろうか。
夜明け前の空を見て心がウキウキと弾むのは、何かが始まる前触れ的な予感がするからか。
私はニッコリと微笑むと、しゃがんで足元にいるシーザーを撫でながら「起こしてくれてありがと、早起きさん」と言った。
・・・早起きしたと思ったけれど、実は時間ギリギリだった!
そうよね。それで見かねたシーザーが起こしに来たのか・・・って結局いつものパターンじゃないのっ!
「メリッサや。朝食は」
「食べる時間ない!」
「朝食を摂らなければ力が出んぞ。オートミールだけでも食べて行きなさい。ワシが用意するから」
「う・・・じゃあ冷たいのにして」
「なぬ?冷たいオートミールじゃと?!さぞかしマズそうなシロモノよのう」
「ラズベリー入れたら美味しくなるから」
「それは想像しただけで余計マズいと思うから、止めておいたほうが良いぞ」
ブツブツ言いながらも、フィリップが手際よくオートミールの用意をしてくれたおかげで、私は朝食を摂ることができた。
「ごちそうさま!じゃあ行ってきまーす!」
「気をつけてな」
「はーい!フィリップはおとなしく寝てるのよ」
「分かっておるわい」
「シーザー、フィリップのお世話、頼んだわよー!」
「キャンッ!」
シーザーの元気良い返事を背中に聞きながら、私は迎えの馬車に飛び乗った。
そして「今日薬もらってくるから。じゃーねー!」と私は言いながら、フィリップとシーザーの姿が見えなくなるまで手をふった。
このときの私は、全てがいつもどおりに流れ進んでいると思っていた。
「今日もギリギリに起きたの?」
「う・・・でも間に合ったし」
「まあまあ。寝る子は育つと言うじゃない」
「これ以上メリッサのやんちゃぶりが育ってもねぇ」
クスクス笑うみんなに、わざとむくれた顔を向けたとき、「はいはい!」と言うシスター・マジュルカの声が周囲に響き渡った。
「みなさん。口を動かすだけじゃなくて、手もちゃんと動かしましょうね。夜明け直前に摘んだ茶葉が一番美味しいと言われていますから」
にこやかな顔をしつつ、威厳のある声でシスターに言われた私たちは、口々に「はい、シスター」と返事をした。
ここには、色とりどりのお花や、緑豊かな植物、そして薬草が、たくさん植えられている。
単に鑑賞をするために植えられているのではない。
お花や植物、そして茶葉は、市場やレストラン、学校に、薬草は、薬局や、術師と呼ばれる優れた術の使い手のところにも卸される。
お花や植物は、人々の生活には欠かせないもの。
つまり、需要は必ずある。
今から20年前にそう考えた私の亡き母が始めたこのビジネスは、当初は規模が小さく、ここで働く人も少なかった。
母が亡くなった15年前に、母の知り合いだと言うフィリップがビジネスの後を引き継ぎ、親がいなくなった私を育ててくれた。
私が成長するのと比例して、ビジネスの規模はどんどん拡大していき、20年経った今では、この村になくてはならないビジネスとしてしっかりと根を張り、確実に人々の信頼を得ている。
特に薬草と茶葉の品質の良さは、術師の間でも名高く、贔屓にしてくれている術師も多い。
薬草と茶葉の品質の良し悪しを見極めることが術師の命運を分けると言われるほど、彼らにとっては非常に大切なこと、且つ、優れた術師であるための基本中の基本だから・・・。
誇らしい気持ちで胸がいっぱいになった私は、顔に穏やかな笑みを浮かべて、また茶葉を摘み始めた。
・・・今から1ヶ月程前からだろうか、あの夢を見始めたのは。
最初はただ、あの男性の姿形があるだけだった。
日を追うごとにその男性は動き始めて、今日は初めて声を聞いた。
こげ茶色のまっすぐな短髪は、まるで針のよう。
そして、髪と同じこげ茶色の瞳は、星のようにキラキラと光って見えて・・・男らしい力が集約しているように感じる。
スッと伸びた鼻の下にある、薄く形良い唇。
端正な顔を覆う少々角ばった輪郭に、衣服を着ていても分かる、ガッシリとした体躯。
太く長い男らしい指・・・確か左の薬指に、金の指輪をつけていて。
その指輪には、獅子と思われる紋章があった。
フィリップみたいに、白いブラウスに黒いパンツという、ごく普通の衣服を着ている恰好と、金の指輪という組み合わせは、何となく不釣合いだと思うけれど、その人が身につけていれば、どんな組み合わせをしていようと自然と似合う、そんな気がした。
「早く来い」言った低い声には、命令口調であることを抜きにしても、威厳を感じた。
いや、声だけじゃない。
恐らく大柄だと思われる屈強な体からも、威厳を発していた。
そんな・・・強い印象を受ける人には会ったことがないと断言できる。
第一、あんなに麗しく整った顔立ちで、男だと言わんばかりの体つきをした男性に一度でも会っていれば、忘れるはずがない!
私はもうすぐ21歳。
世間で言うところの立派な“行き遅れ”だし、恋愛経験も皆無。
フィリップを始め、庭園のオバサンたちは、そんな私を嘆いている時があるけれど、私自身はそれに対して不憫に思ったことは一度もない。
年頃の男性を好きになったり、好かれたことが全くなくても、私は元気に生きている。
ご縁がなくてもしょうがない。
一生独身でも構わない。
でも、と思いながら、私は茶葉をそっと摘んだ。
私は夢に見る程、誰かに恋をしたいと思っているのかしら。
あんな素敵な男性を妄想するなんて・・・まさかあの人が私のタイプの男性?!
確かにあの夢の男性から「メリッサ」と呼ばれただけで、私の胸はドキドキしてしまった・・・ていうかあの人、この世界に実在してないでしょ!
私はきっと、夢の見すぎで寝不足になっているに違いない・・・。
と頭の中でひとりゴチャゴチャと考えていたそのとき、気配を感じた。
急に立ち上がった私に、「どうしたの?メリッサ」と、親友のジュリアが声をかけてきた。
「何か・・・誰か来る」
「え?」とジュリアが言った矢先、森の先からガサガサと音がした。
「メリッサーッ!」
「あの声は・・・」
ジュリアの弟のジャスパーが、私の名を呼びながら、馬に乗ってやって来た。
「ジャスパー!こっち!」
「メリッサ・・・」
「どうしたの?」「何事?」と、口々にオバサンたちがジャスパーに問う中、私も「フィリップに何かあったの?」とジャスパーに詰め寄った。
「ドゥクラさんは大丈夫。だけど、王家の使者が君んちに来ていて・・・今すぐメリッサを連れて来いと」
「分かった。ジャスパー、馬に乗せてくれる?」
「もちろん。そのつもりで来たから」
私は、茶摘みを途中で放り出してごめんなさいとみんなに謝って、馬の背に乗った。
「こっちは気にしないで」
「それより早くお行きなさい。ドゥクラさんのことも気になるでしょう?」
「はい」
「ドゥクラさんのお薬は後で届けるからー!」
「ありがと、ジュリア!」
・・・フィリップは大丈夫なのかしら。
なぜ王家の使者がうちに?
しかも私に用があるみたいだし。
今まで平穏無事に過ごせていた毎日が覆されるような・・・嫌な予感がする。
思わずジャスパーの背にギュッとしがみついた私に、「大丈夫だよメリッサ。ドゥクラさんは無事だから」とジャスパーが言ってくれた。
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