破滅

猫田芳仁

埋める人

 食堂で、いつものメンツで飯を食う。

 毎度毎度の、ありふれた風景だ。

 メニューも食堂のおばちゃんも、居るメンツにしたって大して変わり映え、しない。

 そんな中で大いに「代わり映え」しているシノハラにあなたは声をかける。


「どうした?」


 それだけで、びくり、とシノハラの方が震える。普段から良いとは言えない顔色が、もっとずっと青白くなる。今まで以上にもそもそ、そわそわしながら、「俺、変か?」と聞いてくる。


「凄く変」


 端的にあなたは答える。あなたの前にも、何人かに言われているのだろう。ついでに自覚もあるのだろう。もともと引っ込み思案で気弱なシノハラはますます縮こまった。


「まあ、まあ、アキヤマ。あんまり虐めちゃ可哀想だよ。強引に肝試しに連れていかれて、怖いの見ちゃったんだってぇ」


 大方自家用車を足代わりに要求されたのだろう。嫌なら断れよ、と思うが、シノハラにはそれができないらしい。この性格では仕方ないか、とあなたはひとりごちる。


「そのうえアキヤマにも嫌な顔されて、シノハラ怖かったねぇ」


 シノハラにしなだれかかるグラマーな、というかちと肥りすぎな女は、ヤナイ。腹もだらしなければ股もだらしなく、不自然に甘えた声と舌足らずな喋りで多くの男に組み敷かれてきたらしい。

 なおシノハラに一切、気はないそうだ。いつもの習慣なのでどうしようもないのだとか。


「で? なんかあったの?」


 すでにメモを用意して、ニコニコ笑顔のタケモト。仮にも友達がひどい目に遭ったっていうのにもかからわず、面白ければこの女はどうだっていいのだ。嫌なやつ。そんな嫌な奴と交流を続けているあなたは、たまに自分も相当嫌な奴かなと自己嫌悪に陥ることがある。

 タケモトにせっつかれて、シノハラはぼそぼそと、その日のことをつっかえつっかえ話し始めた。


 ***


 メンツは運転手のシノハラを含め六人。うち二人はシノハラの知り合いで、残り三人は知り合いの知り合い……ま、ほとんど知らない相手だったそうだ。

 行先は県境に近い廃病院。個人経営の精神科だったらしい。乗り気な面々が大はしゃぎで病院内を探検している間、シノハラは車で待っていた。彼は生来、こういうのが好きではないのだ。車内で煙草を吸おうと思ったが、参加者のうち二人が極端な煙草嫌いであることを思い出し、いやいやながら外に出て、気に入りの銘柄に火をつけた。

 一服すると気分もやや落ち着いて、周りを観察する余裕も出てきた。車にもたれかかりながら、シノハラはあたりをぐるっと見回した。他意があったわけじゃない。ただ電車の窓から景色を眺めるような、気楽な気分で見まわした、らしい。

 その時、変なものが見えた。

 見間違えようもない”人間”が、何かやっているように見えたのだそうだ。

 シノハラは興味を引かれてふらふらと外に出て、その人影に近寄った。彼の名誉のために言っておくが、歩数にして二、三歩、車から離れただけである。

 それだけでくだんの人物は彼に気づいたようだ。

 どうも何かを、今まさに埋め終わったところらしく、彼(彼女?)は少し盛り上がった地面をスコップの背中で数度叩いた。そして――そしてシノハラに向かって、宣戦布告のごとくスコップの切っ先を向けたのであった。

 シノハラが当惑と恐怖で金縛りにあっている間に、その「スコップの人」はさっさとその場を離れて行ってしまった。シノハラは自分の煙草がほとんど灰になっているのに気付き、すごすごと車内に戻ると、言い知れぬ寒気を感じてほかのメンツが戻ってくるのを待った。


 ***


 と、いうことらしい。

 心霊スポットに行って、(心霊現象かはともかく)非現実的な体験をしたってことではないかとあなたは考える。願ったり、叶ったりじゃないのか。

 しかしシノハラは足として強引に連れていかれたわけで、そのあたりに同情の余地があるといえばある。だがシノハラとあなたを放りっぱなしにして、周囲の盛り上がりはさらにヒートアップしているらしかった。


「えーっ、すごぉい。それ幽霊じゃなかったら、幽霊よりヤバすぎみたいな」

「そのスコップの奴だけど、詳しく聞かせて。容姿とか。男女については”それっぽかった”だけでもわかんないかなぁ。どう?」


 シノハラは相当に混乱しているようで、「えっと」「待って」を過剰に挟みながら、ぎこちない説明をとぎれとぎれにした。それによるとこうだ。

・スコップの人は多分女性である

 (遠目だが、体格は良くなく、髪も長かった)

・埋めたものは一つではない

 (そのあたりの地面は妙にぼこぼこしており、複数掘って埋めてした可能性大)

・自分の顔を見られたかもしれない

 (ライトつけっぱなしの車のそばにいたし)

 しゃべるごとにシノハラの顔色は悪くなっていく。悪いほうに、悪いほうに考えているのだろう。あなたはだんだん可哀想になってきて、これも友人の務めとばかり助け舟を出した。


「シノハラだって、変な目に遭ってびっくりしてんだからさー。そっとしといてやれよ。な、シノハラ」

「あ……うん」


 なんのかんのあって、それ以上シノハラに質問は飛ばず、怖い憶測も各自胸にしまって、この昼休みはお開きとなった。


 ***


 それから十日ほどたって、昼休みにシノハラを見かけなくなった。タケモトとヤナイにも聞いてはみたが、お互い、知らないとのことだ。証言を総合すると、シノハラが最後に見られているのは二日前。とはいってもシノハラ本人ではない。シノハラの車が公道を走っているのを見たという証言が、ヤナイの後輩から得られたきりだ。


「案外さ。ただほんとに、逃げただけかもよ」


 ヤナイが気だるげに言う。


「ガッコ、嫌になってさ……今頃、地元に帰ってるかもよ」


 そうであったら、どんなにいいだろう。 

 実を言うと、すでにその辺は連絡済みだったりするのだ。何の拍子に聞いたのかは忘れたが、あなたはシノハラの実家の電話番号を知っている。無論、シノハラがいなくなってすぐかけてみた。

 結果は惨敗。

 向こうもシノハラの行方を知らず、方々で探しているという。何か情報があったら伝えると約束することしか、あなたにはできなかった。

 他にも構内で、聞き込みの真似事などしてみたが、成果は上がらずじまいだ。噂話に強いヤナイも、まだシノハラ関連のそれは補足できていないらしい。タケモトはタケモトで、ヤナイとは違うネットワークでシノハラの行方を探しているようだが、それらしい情報は上がってきていない。

 そろそろ噂にもなってきていた。

 初心に返ろう。

 そう思ってあなたは、シノハラの同行者から件の場所を聞き出した。

 あなた一人でも、行ってみるつもりだった。

 シノハラが消えた原因に、おそらくなった場所に。


 ***


 自動車免許を取っていて、これほどよかったと思える日はなかった。さすがに自家用車までは持っていなかったので、レンタカーを借りて、あなたはシノハラから聞いた場所に向かった。

 いろいろと個人的な事情があって出発が遅れてしまい、現場につくころにはすっかり外が暗くなってしまっていた。さすが肝試しスポットだけあって、夜に見ると圧巻の気持ち悪さだ。あなたは後悔した。どうして予定を少々いじくってでも、日中来るようにしなかったのだろう?

 あなたはとりあえず車から出ると、大ぶりの懐中電灯を携えて、目的地もなくうろうろしてみた。確かにここでシノハラは何か見たのだろうが、ここのどこかと言われれば全く見当もつかない。ライトセイバーのようにぶんぶん懐中電灯を振り回しながら、あなたは相変わらずうろうろしていた。

 もう帰ろうかと思いだしたころ、懐中電灯の光線になにやら不自然な影が浮かび上がった。

 人影だった。

 あなたの心拍数が跳ね上がる。

 あなたはゆっくりと、その人影に近づいた。絶対に気取られないよう、細心の注意を払って。

 近づくにつれ、相手の風貌がだんだんにわかってきた。

 男だ。

 シノハラが言っていた外見とは似ても似つかない。猫背の痩せた男だ。髪も別段、長くない。服装も地味で、外見だけなら変なところは特にない。

 男はスコップを持ち、何かを埋めている最中のようだった。

 男の足元に転がっている、リュックサックが視界に入る。

 見てはいけない。

 見たらだめだ。

 見たら「気づいて」しまうから。

 そのリュックサックはシノハラのものだ。

 彼は先月バイト代をはたいて、ナントカという海外ブランドのリュックサックを通販で買ったのだった。あなたから見ればただの派手なリュックサックだが、シノハラにリュックのことで声をかけるといつまでもしゃべっている位お気に入りのようだった。そしてシノハラはそのお気に入りのリュックサックに、お気に入りのバンドのロゴが入った缶バッジをいっぱいつけていた。そのバンドも売れないこと甚だしく、この間解散したんだとシノハラは肩を落としていて、それでも律儀に缶バッジをつけ続けていた。

 だから――だから今ここにあるあのリュックは、シノハラのものに違いないのだ。だけれどそれを認めてしまったら、あれも認めてしまうことになる。

 目の前で何かを埋め終えて、スコップの背で地面をならすこの男が、シノハラ本人であることを。

 そこであなたは、あなたにとって恐るべき事実に気づく。

 懐中電灯をつけっぱなしだったのだ。

 背後から気配を殺して歩み寄ったとしても、気付かないわけがない。

 今からでも消そうとスイッチに指をあてたその時。

 シノハラが振り返った。

 俯いていて、顔は見えない。

「しの、はら」

 我ながら情けないと思えるくらい、あなたの声には力がなかった。無意識に、すがるような声音になっていた。

 シノハラが顔を上げる。

 顔も確かにシノハラだった。だけれど、シノハラが絶対にしない表情をしていた。

 シノハラにそっくりな「彼」は、凄惨な笑みとともにスコップの先端をあなたに突きつけた。

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