ジュン喫茶でコーヒーを飲もう
naka-motoo
第1話 レジ打ちから始めよう
ジュン、というのが彼女の名前。
大学の文学部で二回目の春を迎えた。
大学生になって最初の一年はただただ忙しく過ごした。なぜなら彼女の大学のその学部は一年生の時からすぐに専攻科の授業が始まるので出欠には非常に厳しく、しかも自宅生であるジュンが1限目の講義に出席するためには朝6:00に家を出ないと絶対に間に合わないからだ。
「高校みたい」
それが入学直後の彼女の本音だった。
朝、自宅を出て途中までは本当に母校の高校へ通うのと同じ私鉄のルートを辿り、そこからは東京の郊外へと向かう路線に乗り換える。
たっぷり二時間かけてたどり着いたキャンパスは朝から学生で賑わっていてありがたい事に一時限目に出席する学生のためにカフェテリアももう開店していた。
ジュンはコーヒーを愛している。
と言っても豆や味や淹れ方にこだわりがある訳ではない。
コンビニのコーヒーでもカフェのコーヒーでもインスタントコーヒーでさえもその香りを吸い込み、口から喉へと温もりが流れていくと、ほうっ、とココロが和らいだ。
「そろそろアルバイトでもして欲しいわ」
それはジュンの母の言葉だった。
これに対しジュンは、
「えー。なんか、心細い」
二年生になってもうじき20歳になろうとする女子の、彼女はとても奥手の部類の女子だった。
「あの。オモテの募集のポスターを見たんですけど」
「え。ほんとに?」
その喫茶店のマスターはまさか3年も前に貼ったままなんとなくそのままにしてあったアルバイト募集の手書きポスターに反応する子がいるとは思っていなかったので正直戸惑い気味に訊いた。ジュンが困惑した表情を見せるとマスターはこう言った。
「いいよいいよ。これも何かの縁だよ」
縁でもってジュンが採用されたのは大学の最寄り駅の、駅舎の脇に並んで立つ個店の喫茶店だった。制服はなく、ゴールデン・ウィークの少し前の金曜日、学校帰りに即採用が決まったジュンは、早速着ていた春用のセーターを脱いでその下の白いブラウスの上からコーヒー色のエプロンをつけた。
「うん。いいね。『ウィエトレス』って感じで」
「は・・・い。ありがとうございます」
ウェイトレス、と呼ぶのが褒め言葉なのかどうか判別できずにいたジュンにマスターが改めて自己紹介した。
「一応ここのオーナー兼店長の
「はい。あの、まずは何を・・・?」
「じゃあ、レジ打ちを説明するよ」
店の入り口に置かれた、手で金額を入力するタイプの古典的なレジスターの前でふたり並んで立ち、唐沢が自分で打って見せる。
「簡単だよ。こうやって伝票を見て金額を入力する。そうしたらがちゃん、とレジが開く。あとはお釣りを渡すだけ」
「あれ・・・?レジは計算は?」
「ああごめん。そんな器用なレジじゃなくてね。暗算でお願いします」
「暗算、ですか?」
「そう。よっぽど大人数のテーブルで金額が大きかったらここに電卓が置いてあるから、それで」
「はい」
でもシンプルなので、その説明だけでジュンはレジが打てるようになった。
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