夢追い本屋
空
僕の家の近所には本屋がある。
1.
「またか、加藤」
「・・・・すいません。すいません。
本当に何て言えばいいか・・・・」
「角皮さんは、うちの大事な取引相手
なんだぞ!?お前が犯したミスの
せいで今回の件が水の泡じゃないか....!!!
これだから奥さんと子供に逃げられるんだ......」
まただ。また失敗してしまった。
僕は駄目な人間だ。と自分でも流石に
実感している。
目の前に座っている上司の背後には、
会社員全員の個人成績。つまり個人で稼いだ
グラフが載っている。恐らく自分の立ち位置を理解させてモチベーションupを目指して
いるのだろうが、僕には逆効果だった。
上司にバレないようにチラッと見ると、
加藤孝明。その名の上に記されてる
某グラフの柱は会社内で1番下という事を
示している。最早最下位だと惨めを
通り越して、思考を放棄したくなるものだ。
僕は上司の説教を耐えて取り敢えず、
取引相手に謝罪しに行った。
行く前に上司に一言告げられたことがある。
次ミスしたらお前クビだからな。
ハハッ、45のおっさんが無職か。
僕の心は荒んでいた。
2.
帰り道。スマホを見ると
時刻は夜の1時を示していた。
溜まっていた仕事を片付けるのに
なかなか手間取ってしまった。
(終電は逃したな......)
仕方がないので、僕は24時間営業の
牛丼屋に入り、牛丼を五分で掻き込む。
食べ終わり、会計を支払った。
「ありがとうございました。またの御来店を
お待ちしております」
「あ、ああ。美味しかったです」
そう言って店を後にする。
なんだかホッとした。
理解し難いかもしれないが、毎日
自分を哀れだと思って生きてると、
彼が業務で言っていると分かっていても、
自分は要る人間だと自己催眠でしかないが、
心に少し余裕が生まれて嬉しくなった。
家に向かって歩く。
ここから自宅まで歩けば15分で着く。
タクシーを使うまでもない。
一歩一歩。歩を進める。
やはりこんな時間だと、人も居ないし、
建物の光すら殆どついていない。
牛丼屋で味わった温かさも少しずつ
削りとられていくように、冷たい冬風が
強く頬を叩いた。
(本当にもう、いいかな.....生きること)
ここまで自分でも良くやったと
思う。今の自分とは想像できないが、
これでも県内でトップの高校、一流大学。
そこそこ有名な企業でかなりの成績を
残していたんだ。奥さんに逃げられた
あの日までは.......疲れた。もう僕の心には
その単語しかなかった。今まで
なんだかんだで勇気がなかったのだ。
でも、崖っ淵に来てよく分かる。人間
何も背負うことがなければ、簡単に
去なくってしまえるものだと。
そんな時だった。このタイミングだからこそ思考が止まりソレに視線がいったのかも
しれない。大通りを挟んだ向かい側に
一軒だけ光がついていた。
『夢追い本屋』
(なんだ.....あれ、本屋か?)
本屋にしてはやけに派手な風貌は
五色のスポットライトで店を照らし、
店の前にはブランコなどの遊具が並び
遊園地なんかで走ってそうなカラフルな
列車が店の周りを走っていた。
(そう言えば、子供の頃本屋によく
行ってたなぁ.......)
自然と身体がその店に
引っ張られた。横断歩道を渡り、
その店の前へと立つ。透明な自動ドアの
前には一枚の貼り紙があり、
『一般人立ち入り禁止!!!』
と記されていた。一般人という曖昧な
表現。会員制ということなのだろうか?
まぁ、そんなことはどうでも良い。
断られたら外に出れば良いだけの話
なのだ。一歩進み自動ドアが開く。
中に入ると、外とは対照的にかなり
地味で、普通の古本屋というイメージを
受けた。レジらしき台座には金髪で
黒いパーカーを着ている少女が座っていた。
「あっ、いらっしゃい!!!うっそーやだ
お客さん?」
「え?あっ、はい。何か良い本があれば
良いと...」
「いやぁー、御免なさいね。ここら辺の人は最近ここに来ないもんでして、
でもお客さん。貴方運がいいですよ。
内装はそんなですが、本に関してはどれも
一級品に面白いものばかりですからねー」
軽く会釈して、適当に会話を切り上げ、
久しぶりに本を選ぶ。
そうして五分が経ち、ある一角に
辿り着く。そこには垂れ幕があり、
『成人男子専用書』と書いてある。
「あっ、それは別にエロ本とか
そういう意味じゃないですからね」
え?と咄嗟に声が出てしまった。
何故かというと先程まで
座っていた少女がいつのまにか、
横にいたのだ。しかし、何というか
こうして近くで見ると、
両眼が緑眼で、人形みたく形が整った顔。
モデルでもやっていけそうな美人だった。
「私の顔に何か?」
「いえいえ、そんなことは」
どうやら魅入ってしまったらしい。
「ここから先は私の案内無しには
入れないので、もし見たければ、
言ってください」
「じゃあお願いします」
「わかりました」
言うと少女は幕を手でどかして潜り入る。
それに続くように後を追った。
入るとそこは、異空間が広がっていた。
「うっそ.....何だ、これ!!?」
「ふふっ、当店にいらしてここを見た
お客様は全員貴方のような反応を示します。
いやまぁ、当然だと思いますけど」
見渡す限り緑。芝生が地平線まで続き、
空がある。見せかけではない。本当に
本物の空が広がっているのだ。
「まだまだですよ、お客様。ここからが
本番です」
言うと少女は親指と中指を擦り合わせ、
パチンっ!!と鳴らした。
更に摩訶不思議な現象を目撃する。
同時、空間から無数の本が出現して
浮いていた。
「これは全て貴方の本でございます」
「僕の本?」
「読めば分かります」
少女は浮いてある薄い本の一冊を手に取り
僕に渡す。正直理解が追いついてないが、
取り敢えず読むことにする。
1ページ1ページと読み進めていくほど、
僕は何故か既視感を覚えた。
「目を瞑って詠んでください」
十数ページ読んでから彼女からの
指示が届く。
目をつぶれとはどう言うことなのか。
そう聞き返したが、上手くはぐらかされて、
結局目を瞑らされた。
すると、段々と
黒かった視界が段々白くなっていき──
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