人間とアンドロイド
河野章
人間とアンドロイド
「好きなんだ」
有間清一は目の前の青年へ、ありったけの思いを込めて告白した。
真夏日だった。
公園の木陰の下、拭っても拭っても汗が吹き出てくる。
青年は大きな目をぱちっと瞬きさせて驚きの表情をした。
青年はアンドロイドだった。
人と同じで汗腺もあり涙も流す。
けれど人の気持ちには無頓着に、目の前の有間を眺めていた。
アンドロイドは言った。
「私と性交したいという意味でしょうか」
アンドロイドが直接的な言葉で聞いてきた。有間は暑さだけでなく、顔を真っ赤にした。
「そ、そういう……意味じゃ、……なくも、ないけど」
2人は同じ工場で働く、同僚だった。同じラインでも、監督が有間でアンドロイドが作業工だった。
アンドロイドに名前はなかった。寮代わりの格納庫から出社し、工場のラインに並び作業し、また格納庫へと帰っていく毎日。
黒髪に青い目、スラリとした長身の同じモデルは50体以上いた。
その中から有間は、彼を選んだ。指に傷を負っている彼。ほんの少し不器用そうに、丁寧に箱詰め作業をする彼を。
有間は自分でもなぜ彼に告白しているのか分からなかった。けれど、思いは溢れてしまった。
「私とは、性交できませんよ?」
アンドロイドが涼やかな声で答えた。首を傾げると、サラリと髪が揺れる。
人間じゃないと知っていても、有間の心はドキリと鳴った。
「分かってる、けど……好きなんだ」
有間はもう一度必死に伝えた。
付き合ってほしいと、喉まで言葉が出かける。けれど、毎日同じ時間に格納庫から出てくる彼と付き合うとは、一体なんだろう。
「……私に人権がないのはご存知ですか?」
アンドロイドが心なしか悲しそうに訊ねた。
「人権がない私は、会社の所有物になります。もしあなたが、私に無理やり性行為をし、私に傷でも負わせたら、あなたは会社と裁判になります」
分かりますか、とアンドロイドは続けた。
有間は唇を噛んだ。そういう話ではないと伝えたかった。けれど、それが伝わらないのだとも分かった。
そういう相手に、自分は恋をした。
「分かってる」
有間は答えた。彼の目を見て、手をそっと握る。
「……嫌でなければ、毎日この時間に会ってくれるだけで良いんだ」
アンドロイドは不思議そうにまた首を傾げた。
「規律違反ではないので……可能ですが」
戸惑いを含んだ声だった。それだけで、有間は嬉しかった。
「じゃあ、明日もここで」
有間は言った。
アンドロイドはなぜだか微笑んで、ええ、と答えた。
【end】
人間とアンドロイド 河野章 @konoakira
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