月の使者が来る前に

佐々木実桜

真面目は悪いことではない


「あいつガチで真面目すぎるよな」


幾度と言われた言葉だった。


私は真面目だ。


法律も校則も全て守っているし、宿題の期限を過ぎたこともなければ予習復習を怠ったことも無く、学年でトップを落としたこともない。


授業での先生の質問にも必ず答える。


体育祭で迷惑をかけないようにトレーニングだってしている。ガリ勉だと呼ぶ彼らは何故かスポーツが苦手だと思っているようだが。


「真面目すぎてつまんない」



そう言われたことも数えきれないほど。


一瞬、真面目で何が悪いという考えになった。


しかし、どれもこれも真面目の原点は『怒られたくない』だったものだから、私も大概だ。


真面目なクズ。


それが私、竹光たけみつかぐやだった。


何にしても勉強、成績、そればっかり。


そんな私と話したがる奇人はそうおらず、友人なんてできるわけもなくせいぜい知人止まり。


「かぐやは桃山さん家のあの子みたいにならないでね」


それが母の口癖。


女手一つで私を育てた母は、やたらと私がグレるのを怖がっていた。


近所に住む桃山さんの家の子で同い年の男の子、桃山太輔は優しい両親に育てられた結果少し評判の悪い高校に入って金髪に染めてピアスを開けて、と真っ直ぐに不良と見なされる道へ進んでいった。


「おとなになったらむかえにいくから、かぐやちゃんはたいちゃんとけっこんしてね。それまでおつきさまにはかえらないでね」


幼稚園の頃、昔話のかぐや姫を読んで同じ名前の私が月へ帰ると思ったのか泣きながらそう言った彼はどこに行ったのか今はもう影も見えない。


「かぐやちゃんのかみきれいだねぇ〜、たいちゃんおっきくなったらおとーさんみたいなびよーしさんになるんだ!だから、かぐやちゃんもかみきりにきてね!」


その言葉を頭にちらつかせながら、かぐや姫とからかわれても髪を切れなかった私とは違って。


幼稚園児の言葉を忘れられないでいるなんて馬鹿馬鹿しいにも程があるというのに。



「あの、竹光さん、」


勉強の為に私が断った委員長を押し付けられた大人しい子、名前はたしか、岬ちなが声をかけてきた。


「なんですか」


「こ、今度の日曜日、空いてないかな」


予定を聞かれるのは初めてだ。


正直休みの日も勉強しかしていないので空いているか空いていないかで言えば空いているが、


用件を聞こうと目で催促すると、


「あ、あのね、その、この間の体育祭、私達のクラス優勝したでしょ?だから、打ち上げしようってなって、竹光さん、100m走凄く活躍してたから誘いたいなってなって、それで、みんなの都合が合うのがその日位でね、」


岬ちなは下手くそに笑いながら噛み噛みで詳細を伝えた。


「……」


「だ、ダメだったらまた言って!じゃあね!」


そして言い逃げをするように帰っていく。


もしかしたら、私は顔が怖いのかもしれない。



(打ち上げか…)


そのような催し物に誘われたのなんて小学校の時に同じクラスの目立つ女の子の誕生日会に誘われて「勉強したいから」って断って以来だ。


(岬ちな、緊張してたな)


帰り道、そんなことを考えながら歩いていたら沢山の荷物を持った妊婦さんを見つけてしまった。


「あの、良かったら荷物お持ちしますよ」


「あら、ありがとうございます…って、かぐやちゃん?」


「え?」


「かぐやちゃんよね!竹光さんとこの!」


知り合いだっただろうか…?


「ずっと会ってなかったから忘れちゃうのも無理ないわよね…。私、あさひ!桃山あさひ!」


名前を言われて思い出した。


あさひさんは太輔くんの年の離れた姉で、私に絡む太輔くんを止めるふりをしながら一緒に絡んできていたお姉さんだ。


「お久しぶりです、何ヶ月ですか?」


「5ヶ月よ〜、あ、お家ついた。ありがとうねかぐやちゃん、よかったら上がっていかない?」


「いや、私は…」


「まあまあそう言わずに!」


強引なところは変わっていないようだ。


「姉ちゃん、一人で買い物に行くなって母さんが言ってたじゃん!ってあれ?」


「あ。」


あさひさんに引っ張られて玄関に入ると奥からシャツを着崩した男の子がでてきた。


桃山太輔、よく見ると幼い頃の面影が残っている。


「あ、あれ?もしかして、かぐやちゃん、?」


「あ…はい。」


「え、えー!久しぶりだあ!」


そう言ってはしゃいだ太輔くんは走って私に抱きついてきた。


距離感のバグが半端じゃない。


「こら、太ちゃんやめなさい!かぐやちゃんびっくりしてるでしょ!」


「あ、ごめんね!久しぶりで嬉しくて!入って入って!」


あさひさんと似た強引さと、そして懐かしい犬っぽさを感じながら私は桃山家に入っていくのだった。



(お母さんに連絡するべきかな…)

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