バグの運命に抗わない(後編)

「なんじゃ、お主ら。学園長室に何の用じゃ?」


 私たちは学園長室へとやって来た。そこには髭をたっぷりと蓄えた白髪の年老いた男性が作業をしていた。彼こそはチョーエン学園長。この学園の運営者だ。


「おうおうチョーエン学園長よう、てめぇ何したか分かってんのか? こっちが迷惑被ってるのが分からねぇのか? あ?」


 学園長室に入るなり、アアアア嬢はガラの悪い口調で学園長にメンチを切った。この子はどうやら運営者にはとことん楯突くタイプの子だったようだ。


「アアアアさん、喧嘩腰になるのはおやめなさいな。もっとオブラートに包みなさい」

「完全に不良口調だったぞ……怖……」


 私が軽くなだめると、アアアア嬢は嫌そうな顔を浮かべながら学園長から離れた。キーン王子のアアアア嬢への恐怖度が上がった気もするが、気のせいだろう。


「なんなんだね。こっちは忙しいのだから用が無いのなら教室に戻っていじめし続けんか」

「教育者なら勉強を促せよ。いじめを促すんじゃない」


 学園長は私達にいじめを促した。これは「今いじめのクエストを周回するとお得だからそっちを優先した方が良いよ」と言う意味で言っているのだろうが、キーン王子にはそう受け取れなかったようである。

 私は丁寧な物腰で事情を説明し始める。


「お時間を取らせて申し訳ありませんわ。実はアアアアさんが学園側の不具合を見つけてしまったのでそのご報告に参りましたの」

「なんじゃ、それを早く言わんか。ではこっちで学園の不備を修正したいから、報告してくれんかアアアア嬢」


 学園側の不具合があると分かるや否や、学園長は態度を改め話を聞く姿勢になった。そしてアアアア嬢に詳しい状況を聞く。


「報告も何も、私の声がおかしいし、ソーシャ様の台詞中にうざい言葉も出るし、それにニンキーナ様が邪神の眷属になっちゃうんですよ! 分かったらさっさと直してください!」


 アアアア嬢はまくし立てるように報告をした。確かに間違っていない内容ではあるが、やや分かりづらい説明であった。


「うーむ。そんなにいっぺんに言われてもよく分からん。一つ一つもう少し詳しく教えてくれんかのぅ?」

「いいからさっさと直せこのカス」

「口わっる……」


 チョーエン学園長がもう一度アアアア嬢に尋ねると、アアアア嬢は非常に苛ついた声色でとても汚い言葉を発した。ソーシャルゲームではごくごく稀に口調の悪い不具合報告をする層がいたりするが、アアアア嬢はまさにその層だったようだ。声を漏らしたキーン王子はまたもアアアア嬢にドン引きだ。


 これではだめだ。私がなんとか軌道修正しなければ。


「アアアアさん。確かに不具合はイラっときますから口が悪くなることもありますわね。私も昔、まったく同じ暴言を言ったことがあるので理解できますわ」

「淑女としてまったく同じ暴言は駄目だと思うぞ」

「ですがその暴言では学園長も困ってしまいますわ。不具合の説明はもっと分かりやすく言った方がよろしいのではなくて?」


 私も口調の悪い不具合報告を昔していたことがあったので、アアアア嬢の気持ちは理解できた。キーン王子の言う通り、淑女としては駄目な行為ではある。だがやった事がある人間だからこそ暴言では何も生まれないと理解しているので、私はアアアア嬢に説明の分かりやすさを意識するよう求めた。


「じゃ、じゃあソーシャ様ならこういう時なんて言うつもりなんですか?」


 アアアア嬢が首を傾げながらそう言う。説明を分かりやすく、と言われても具体的にどう説明すればいいのか分からないのだろう。


「そうですわね、私もバグ報告のプロってわけではありませんが……。とりあえず、学園長の言った通り違う不具合は一つ一つ分けて、順番に説明したほうが良いかもしれません」


 ひとまず、先ほどのようなごちゃっとした報告だと伝わりづらいし運営側の情報の整理もしづらい。不具合をいくつか報告する場合はなるべく混ぜて報告せず分割して報告するのが良いのではないか、と提案した。


「そして不具合の内容・再現方法・利用環境などをあわせて報告すればいいのではないでしょうか」

「不具合の内容は分かりますが……再現方法と利用環境ってなんですか?」

「再現方法はこの手順に従って進めると不具合が起きます、という報告ですわ。この報告があると運営側も不具合の特定がしやすくなるらしいんですの。それと不具合の起きた利用環境も伝えると環境に依存する不具合を特定するのに役立つと聞いたことがあります」


 そして不具合報告は不具合が発生した状況も併せて記載すると修正がやりやすいと聞いたことがある。そのため、「不具合はどのような手順を通ると発生するのか」や「不具合はどのような環境で起こるのか」などの情報も一緒に報告すると良いそうだ。

 まぁプレイヤー側がそこまでガチガチな報告をする必要はないかもしれないが、心構えとして覚えておくと良い知識だと思う。


「うーん。じゃあ私の声がおかしくなる不具合もキーン王子が教室にいる時だけに発生するみたいだから、その事を書いたりした方が良いのかなー」

「なんで俺がいると声がおかしくなるの……?」


 ……そしてアアアア嬢は私の提案を聞いて、情報の整理をし始めた。「キーン王子が教室にいる時だけに発生する」などの初めて聞いた不具合の条件も聞けたので私の提案も無駄ではなかったと思いたい。キーン王子は「自分のせいで声がバグった」と言う新情報を聞いて、苦い顔をしている。


***


「……と、いう訳でこれが私の見つけた不具合です」


 アアアア嬢は少しばかり情報を整理して、学園長に不具合をすべて報告した。完璧な報告かどうかは分からないが、学園長の表情を見るにある程度不具合の内容は伝わったようだ。


「ふむ、なるほど。深刻な不具合もあるようだし、手を打たねばならんの。詫び石も配布せねば」

「おっしゃあ!! 不具合最高~~~~~!!」

「何故喜ぶ、アアアア嬢」


 学園長は不具合を聞き終えると、詫び石の配布を決定した。それを聞いたアアアア嬢はキーン王子も困惑するほど大喜びである。

 ちなみに詫び石とは、不具合修正の際やメンテナンスが終わった後などに運営が配布するゲーム内通貨の総称である。理由としては一時的に快適なゲームプレーができず不満を溜めたプレイヤーの機嫌を取るためであろう。プレイヤーの機嫌を悪くしたままだと最悪の場合引退されてしまうので、それを防ぐのだ。

 中にはこの詫び石を受け取ると大喜びして「また不具合起こして欲しいなー!」と言う強者もいるとかいないとか。アアアア嬢もそのタイプかもしれない。


「……それで学園長。しばらくはこのままの状態でいじめを続けなければならないんですの? 私としては即急な対応をして貰わなければ、いじめがしにくくてたまりませんわ」

「そもそもいじめをするなっての、ソーシャ。いじめしやすさを追求するな」


 不具合が無事報告されたのは良かったが、それですぐ問題が解決する訳でもない。こういう不具合は、修正されるには報告されてから数日かかる場合もあるのだ。つまりしばらくは今の状態でいじめを続けなければならないので、こちらとしては非常にストレスが溜まってしまう。なので私は学園長に迅速な修正を求めた。キーン王子はいじめ自体をするなって言ってるけど。


 すると、学園長はしばらく手元の資料を眺めた後、私の意見に応えた。


「ふむ。その件じゃが、応急処置の方法が一つある。この後全校生徒にもお知らせを出す予定じゃからやってみるとよかろう」

「応急処置?」

「この不具合はそもそも、学内の情報量が増えすぎたために起きた可能性が高いのじゃ。じゃからそれを直せばある程度改善する可能性はある」


 なるほど。ソーシャルゲームでもデータ量が増えすぎた事で情報の一部が破損してしまい、そこから不具合が誘発されると言う事はよくある。この世界でも、情報量が増大してしまったが故に今日のような不具合が発生してしまったのであろう。


「なのでトップ画面……つまりこの学園の正門に『キャッシュ削除』と書かれたボタンがあるから、それを押しに行くといい」

「そうすれば、症状が改善するのですね?」

「おそらくな。副作用として全校生徒が消えてしまうがな」


 なるほど、なるほど……。




「…………。っておい、今なんつったっ!? 最悪の副作用を言わなかったか!?」


 キーン王子が慌てて叫んだ。確かに最悪の副作用のようにも聞こえる事態だ。


 ソーシャルゲームでは『キャッシュ削除』という、内部データを一時的に削除する機能がある場合が多い。これは主に前述のデータ量が増えすぎたことで起きた不具合を、一旦内部データを消してそれを再ダウンロードする事によって直る効果が期待できるのだ。

 この世界では全校生徒が内部データ扱いのようなので、キャッシュ削除すると本当にみんな消えてしまうのだろう。でもどうせ再ダウンロードするし、データを修正するためならやっといた方がいいよなぁと私は思っている。キーン王子は再ダウンロードの概念を知らないから慌てているのかもしれない。


「分かりました! それじゃあ私、すぐ全校生徒を消し去ってきますね!」

「待て待て待てぇっ! アアアア嬢、お前またとんでもない事やらかす気かぁ!? 夢だと思ってたけど、前も世界崩壊とかさせてただろっ!?」


 アアアア嬢もキャッシュ削除をやった方がいいと思ったようで、すぐさま全校生徒を消し去るために部屋を出て行った。それを聞いたキーン王子は、大声でアアアア嬢を制止しようとする。


 だがここでキャッシュ削除を邪魔されるとこっちも困るので、私はキーン王子の腕を掴んで拘束した。


「キーン王子。全校生徒の削除をしなければアアアアさんと私の声が上手く動作しないままなんですわよ。おとなしく消されてくださいまし」

「声を直したいからって消え去ったら本末転倒だろ! 母上の変な状態を治すためにここまで命かける気か!?」

「いや、ニンキーナ王妃の不具合は別の原因だと判明しているから今消しても元に戻らんぞい」

「というかニンキーナ王妃も生徒として登録されてますから、今回の削除で一緒に消えますわよ?」

「なおさら駄目じゃねーかっ!? 症状治したい当事者全員消えたらメリット無いだろうがっ!」


 私と学園長は慌てふためくキーン王子をなだめようと優しく声をかける。しかしキャッシュ削除の有用性が伝わらなかったためか、キーン王子の慌て方はどんどん激しくなっていった。


 やがて、私とキーン王子の体がだんだんと透明になっていく。アアアア嬢が無事キャッシュ削除のボタンを押してくれたのだろう。


「は、放せっ! 令嬢らしからぬ怪力で拘束するなー! 俺はこんな事で死にたくないー!」

「心配ご無用です。五分ほどで消された生徒が復元されて完全に元に戻りますから特に問題はありませんわ。多分」

「『多分』ってなんだ『多分』ってーーーーーー!」


 ……そしてキーン王子の叫びと共に、私たちは消滅した。






 その後、消し去られた生徒たちは全員復元されたのだが。


「という訳で私とアアアアさんの不具合は治りましたものの……」

「代わりにキーン様が『SR 邪神の眷属令嬢』と同じ姿になっちゃったんですよー」

「まさかすぐさま別の不具合が出てくるとは予想外じゃの」

「蜉ゥ縺代※縺上l繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ繝シ!」(訳:助けてくれーーーーーー!)


 完全には元に戻ってなかったとさ。

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