第5話 13歳の覚悟

 レナの卒業は無事に決まった。

 しかし、同級生の中には成績不足で卒業出来ず『終了』、という形で学校を離れる者もいた。座学及び運動実技の両方をクリアして卒業となる。

 しかし、レオンは座学は全てクリアしたものの、運動実決が苦手で後少し卒業には成績が足りず「終了」となってしまった。

 レナには、諦めずに後一年頑張るように説得された。


 でも。


「もぅ、卒業にこだわるのは止めようと思ってさ。後一年残ったところで、運動実技をクリアする自信ないし。終了で十分だよ」

 自信が無い。

 本当にそうだった。

「学校を終了で離れるヤツも多いし、何も悲観するような事じゃない」

 心配する父にはそう言ったものの、本心では卒業したかった。

 しかし、レオンにとって卒業自体、意味のない事なのだ。

 卒業すれば希望の仕事に向けた訓練校に進める。もちろん、終了でも希望の仕事に付くことは可能である。


 しかし、終了では専門校に進めず、専門教育を受けていないと言う理由で、昇進昇給は望めない。

 レオンには、母が居ない。

 難産の末亡くなったのだ。レオンは生まれたのと同時に母を亡くした。

 家事にレオンの世話、仕事と無理をしたせいか最近は体調が思わしくない父。レオンは、一刻も早く働きに出たかった。

「僕が働き始めたら、父さんは楽な仕事に変わりなよ」

 父にそう言った翌日、レオンは役場に求職票を出した。

「きっとレオンの成績なら、とっても良い仕事になるわ」

 レナが励ましてくれたが、あまり希望は持っていない。

「そうだと良いな」

 そもそもレオンにとって、どんな仕事が良い仕事なのかは分からなかった。

 でも、大好きなレナが真剣にそう言ってくれたのは嬉しかった。

 レオンにとってレナは幼馴染であり、初恋の相手だった。


 レナはレオンが求職票を役場に出したと聞いて、何か力になれないかと思案していた。

「聞いていますか、レナ様!」

 ベルの話を上の空で聞いていた。

「ごめんなさい、何だっけ?」

「アンドレ様が、レナ様は卒業後どうするつもりだったのか、お聞きになりたがっていました、と申し上げたのです」

「ごめんなさい、考え事してて」

「明日はこちらへ来られますから、アンドレ様に直接お話下さいね」

「はい…」

 レナもレオン同様、卒業後は役場に求職票を出すつもりだった。

 1年ほど前から母の容体は悪化し続け、レナが働かなければ、と思っていたのだが、随分と状況が変わってしまった。

 もし母が生きていたら、なんと言っただろうか。

 母との約束は卒業する事だけで、それ以後の事は何も言っていなかった。

 こうなる事を予見していたのかもしれない。昔から勘の良い母だったのだ。


「そうかも知れないね」

 アンドレは静かにそう言った。

「アミラ様は、昔から物事を見通す事に長てらしたからな」

 二人きりで話がしたかったのに、なぜかジャメルが同席していた。

「姫君はどんな仕事に就きたかったのか、気になりますね」

 ジャメルに姫君と呼ばれると、何故かバカにされているように思えてしまう。

「その呼び方やめてください」

「姫君は姫君ですがね」

 どうしてジャメルが、ここに居るのよ。


「私もレナがどんな仕事をしようと思っていたのか、是非聞きたいな」

 娘の将来の夢に興味津々のアンドレに言われては、答えないわけにはいかない。

「お針子か料理人を…」

「なんと!」

 声をあげたのはジャメルだった。

「たしか家政の成績はギリギリだったはず!」

 だからジャメルの前では言いたくなかったのに……。

 レナのふくれっ面にアンドレが気付いた。

「まだ13歳だ。可能性はあるだろう。それに、人の成績を簡単にバラすなんて教員として失格だ」

 娘をけなされた父親は苦情を申し立てた。

「おや失礼」

 流石の毒舌ジャメルも、アンドレにたしなめられると大人しくなる。

「レナは家政が好きなのかな」

「えぇ、まぁ…」

 何か言いたそうなジャメルを睨み付けた瞬間、レナには妙案が浮かんだ。

「あの、実は……」

 今度はジャメルがレナを睨み付ける番だった。

「そのような事は、お願いするべきではないですぞ姫君。そもそもレオンは既に求職票を役場に出している。今更どうする事も出来ない」

 この人は、他人の心が読めるの?

 レナがアンドレにお願いしようとしていたのは、まさにレオンの事だった。

「姫君は、全て顔に出ております」

 アンドレには、二人が何の話をしているのかさっぱり分からなかった。

「何の話だい。レオンとは誰だい、レナ」

「学校の友達なんですけど」

「姫君!」

「ジャメルは少し黙っててくれないか」

 アンドレに言われてしまっては、黙るしかない。

「友達のレオンが、どうかしたのかい」

 レナは、レオンの現状、本当は何とか卒業して欲しい、それが無理なら少しでも良い仕事に就いて欲しいと思っている事をアンドレに告げた。

「レナは友達思いなんだね」

「姫君は、あのレオンが好きなのかな」

 ジャメルが話しを混ぜ返そうとする。

「違います!」


「ジャメルの言うように、既に求職票を出してしまっているのなら、時既に遅しだよレナ。力になれなくて申し訳ないね」

 当たり前だ。国王が娘の為に国が決めた手続きを変更してしまうようでは、国の中がとんでもない事になってしまう。

「そうですよね」

 レナは思わず肩を落とした。

「今姫君に出来る事は、星に祈る事くらいですね」

 ジャメルは、完全に茶化している。

「じゃぁ、一生懸命祈ります!」

 レナは拗ねて部屋に篭ってしまった。


「ジャメル、あまりレナを刺激しないでくれ」

 アンドレは拗ねてしまった娘の扱いにはなれていないので、慌ててしまっている。

「申し訳ない、つい楽しくてね」

「へそを曲げて、城には来ないと言い出したらどうするんだ」

「それは国王がお寂しい事になりますな」

「お前と言うやつは……」

「似ておられますな」

「え?」

「姫君はアンドレ、君に良く似ている」

「いや、レナはアミラにそっくりだよ」

 昔同じ人を愛した男二人が、今は亡き人を思い夜は更けていった。


 レナは、怒りに任せて荷物の整理をしていた。

 この家で過ごすのも後少し。

「本当にジャメルって嫌なやつ!」

 夜空には星が輝いている。

 この地を離れるレナがレオンに出来る事は、ジャメルの言うとおり祈る事だけだ。ジャメルへの怒りも忘れてレオンの幸せを星に祈った。


 その祈りに気が付いたのはジャメル。

「おや、姫君は本当にレオンの将来を案じておられるのですな」

 少女の小さな祈りを託された星は、夜空に輝き続けていた。


「レナ、僕あと1年学校に残るよ!」

 翌朝、興奮したレオンが教室に駆け込んできた。

「どう言う事。求職票出しに行ったじゃない」

「それが、出したつもりで持って帰ってたみたいなんだ」

「え?」


「朝、鞄の中に入れっぱなしだったのを父さんが見つけたんだ!」

 いつもは冷静なレオンが興奮で大声になっている。

「これは何かの運命だと思うんだ!」

 話を聞きつけたエヴァも、駆け寄ってきた。

「じゃぁ、卒業目指してがんばるのね?」

「意地でも卒業して見せるよ!」

 レナには信じがたい話だった。

 役場まで出しに言った求職票を、提出せず帰ってくる事などあるのだろうか。

 もしかしてアンドレが何か手を回してくれたのかもしれない。


「だとすれば娘の頼みで国の決まり事を覆す、とんでもなく親ばかで愚かな国王ですな」

 ジャメルは鼻で笑う。

「でも、おかしいのよね……」

「星の仕業でしょう」

 ジャメルは誤魔化したが、レナがまもなく城で生活をする事に安堵していた。

 今回のレオンの件は、間違いなくレナの力だ。 うっかり、星に祈れ、と言ってしまったことを後悔していた。

 数日後には城に移る。

 城の中であれば、なんとかなるだろう。



「レナ、絶対手紙書いてね」

 卒業の日、エヴァがレナの両手を握りしめて離せなくなっていた。

 エヴァは、小さい頃から一緒だったレナと離れるのが不安で不安で仕方が無いのだ。

 それはレナも同じである。

「もちろん書くわ。エヴァも書いてね」

 そう言ったものの、手紙を書いて出す事が許されるのか、まだ分からない生活が待っている。

 昨夜は、城で暮らす約束をした事を後悔していた。この家で、一人で働きながら暮らしてはいけないのだろうか。

 ベルに相談するも、

「ダメですよ」

 の一言で終わってしまった。

 なるようにしかならない、やっとそう諦められたのは今朝だった。

「レオン、がんばって絶対卒業してね」

「うん、レナも頑張れよ」

「レナ、私には頑張れって言ってくれないの?」

 拗ねるエヴァの顔を見てを、レナとレオンが笑った。

 レナは迎えの馬車に乗り込んだ。

 このまま13年暮らした家に戻ること無く、城へ向かう。

「エヴァ! レオン! 手紙書くから!」

 馬車の間だから身を乗り出して二人に手を振るレナ。おそらく、二度と二人に会うことは叶わないだろう、覚悟の旅立ちだった。

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